『ドラゴン・イン・ナ・シティ』

segakiyui

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第1章 『竜は街に居る』

6.ドキュメント方式で「聞こえないふり、していて」(3)

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『腹は減っているか』
 何を言ってるのさ。
『長旅で疲れたろう。部屋を用意させるから少し一緒に待て』
 むかつく。そんなことを頼んでるんじゃない。
『………殺してやる』
『ん?』
 禄の声が甘く聞こえる。甘く聞こえるのは舜の思い入れのせいだと感じる。だから台詞がさっきより苦しく辛くなった。
『……馬鹿にしやがって』
 ああそうなんだ、カザル。お前って、この時点でオウライカにベタベタに惚れちゃってるんだね。だから単に命令で殺してやりたいんじゃなくて、ここは本気で殺してやりたいんだ、おもちゃにはするのに、気持ちを込めて見つめることはしないと言われたんだから。
『……じゃあ、俺のことなんか、始めっからわかってたんじゃん』
 けれど、甘えている。
『じゃあ、俺に聞くまでもなく、俺が敵だって知ってたはずだ! なのに、知らんふりして、俺が必死に嘘ついてんの、黙って見てて、腹の底で笑ってやがったんだ』
 わかってるんでしょ、俺があんたに惚れちゃってることなんて。
 なのに。
 なのに。
『……そんなつもりはない』
 禄がまっすぐ舜を見た。
 その瞬間、感じ取った。
 禄は舜を見ていない。
 禄はオウライカにはなっていない。禄の中にオウライカは居ない。
 その禄が見ているのは、カザルだ。
 舜の中に出現した、じりじりと舜に重なり始めた、『塔京』の刺客、カザル・シュン。
 俺じゃ、ない。
『じゃあ、どんなつもりさ! 俺をこんなとこまで引きずり込んで! よっぽど自信があるんだろうけどさ、ああ、ちぇっ、馬鹿見た、俺、もう少しであんたが凄くいいやつだって思っちゃうところだった!』
 いきなり視界が潤んで舜は驚いた。
 こんなことをやってて、何になるの。
 他に何の仕事もできない、1人で生きていくこともできない、命じられた仕事はオウライカを誘惑して殺すことなのに、その視界に入ることもできない。積み重ねてきた経験も磨いてきたはずの能力も、役に立たない、どこにも生きていく場所が見つからない。
 そんな俺の想いなんて、絵空事だよね、聞こえないふり、していてくれていいから。
 胸の中にカザルのものとしか聞こえない声が次々と弾ける。
 まるでそれを聞き取ったように、禄が静かに読み上げた。
『何処に行く』
『帰んのっ。あんたにむかついてんの! 顔も見たくねえの!』
 溢れたことばに舜は焦った。いつもならぴたりと嵌っていく台詞が落ち着かない。間違っていない、カザルの台詞としては正しい、けれど、それだけではない、そのことばが寸分違わず、舜の現実とそっくりだと気づいてしまった。
 押し込められる、詰め込まれる、カザルの中にかき消されていく。
『カザル』
 その名前じゃない。
 叫ぶのは、演じて育てているカザルではない、胸の中に拳を握りしめた風柳舜だ。
 俺の名前は、それじゃない。
 逆転している、中身と外面が。
 舜の存在は無視されていく、別人の中で。
 それは……苦痛だ。
『あんたなんか、最低なんだからっ。力づくでも出てくからねっ!』
 ひび割れた舜の声に、陸斗が目を見開いている。伊谷も瞬きもせず、舜を眺めている。
 けれど寺戸は、ひんやりとした視線をハンチングの下から送ってきていた。面白がってさえいない。
 それがカザルか?
 冷たい確認が伝わってくる。
 さっきとは種類が違うが、それがお前のカザルでいいのか?
 ふ、と息を吐いて目を閉じる寺戸の仕草の意味は知っている。
 素人芝居は止めてくれ、ここは便所でも風呂場でもない、お前がよがる姿に興味はない。
 違う、違う、俺は、俺は。
 俺は、誰だ…?
『…………じゃあ、力づくでも止めるか』
 禄だけが素知らぬ顔で台詞を受けた、と次の瞬間、片手を上げて立ち上がる。
「あー、すみません!」
 舜は開きかけた口を閉じた。
「あの、すみません、止めちゃって。ずっと考えてたんですが」
 禄が眉を寄せて、脚本を指差す。
「この、次の、『カークがどんな男か知ってるだろう』って内容が、まだよく分かっていなくて」
 首を捻る。
「これ、オウライカは知ってるのに、ぼく、知りません。もう少し考えてから、この先進めてもいいですか?」
 素人、怖っ。
 伊谷がぼそっと呟いた。当たり前だ、寺戸は自分の進め方を遮られるのを嫌がる。
 どうなるんだと周囲が寺戸を見やると、ハンチングを引き下ろした寺戸が低く唸った。
「『力づく』か」
「はい?」
 禄は訝しげに寺戸を見る。芝居とは思えないが、天然とはなお思えない。
「良いだろう。一休みしよう」
「ありがとうございます!」
 これ、誰だろう。
 にっこり笑って頭を下げた禄を、舜は呆然と見上げた。
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