『ドラゴン・イン・ナ・シティ』

segakiyui

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第1章 『竜は街に居る』

6.ドキュメント方式で「聞こえないふり、していて」(4)

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 舜が壊れた。
 陸斗は思わず体が震えるのを感じた。
 今まで舜が役柄に呑まれることはなかった。むしろ舜のほうが役柄を呑み込み切り開き付け足して、設定された役柄よりうんと鮮やかに艶やかに演じてみせるものだから、『竜夢』以外の客演では正直煙たがれることがあるのを知っている。
『主役しかつけられないしなあ?』
 知り合いの助監が苦り切っていた。
『よそならまだしも、ウチにはあいつを押さえられるだけの役者がいないんだ。監督もわかってるだろうに、どうしてあいつを使おうと思っちまったのかなあ』
 深い溜息。
 舜が出た板は話題になる。けれど、それは『演劇』として、あるいはその『芝居』として話題になるわけじゃない。舜だけが話題を浚う。
 芝居は多くの人間の努力の結晶だ。それぞれの光る部分を持ち込み、擦り合わせ、磨き合って成り立つ部分が多い。舞台に立たない人間は勿論、実際に舞台に立つ役の、どんな台詞でも意味があるし、どんな役柄でも意味がある。
 そのバランスを舜は壊してしまう。
 舜が演じる煌めくような存在に合わせようとしてしまって演じ方がわからなくなったり、そんなもので推し測れない役者の才能なんてものに縛り付けられたり、もっと酷い時には芝居を統率する演出や劇団のトップが呑み込まれて、着地点を見失うことにさえなる。
 舜も気づき出しているのだろう、手控える時が多くなった。ほどほどのところで、ほどほどにバランスを取って演じる。けれどそうすると途端に輝きは失せて行く。
 『竜夢』では幸い寺戸ががっちりポイントを示せるから、舜はある程度安心できる。舜みたいなスター性のある役者がこんな小さな劇団に居るのはそのせいだ。
 その舜が、雷牙の読み稽古にコントロールを崩した。
 伝わってくる、舜の戸惑い。そうじゃない、こうじゃない、いや、そういう風に戸惑っているカザルは確かにこれでいいのだろう、けどこれは。
 演じていない。
 演じることが天性の男に、演じることができなくなるような場所に追い込んだばかりか、その『演じていない』場所が正解だと気づかされて、舜が我を失った。
 何が起こっているのか、今、この場所で。
 ふっと先週の夜のことが蘇った。

「気持ち悪かったら、止めてくれていいから」
「いいえ、全然?」
 ローションに濡らした指を、伊谷が静かに差し入れてくる。
「意外に入っちゃうもんなんですね」
「っん」
「あ、そういう話も好き?」
「…え?」
 背筋を走った感覚に仰け反りそうなのを堪えて振り向くと、腰を掴んだ伊谷が笑みを浮かべながら、引き抜いた指を差し上げて見せた。ぺっとりと光る指が、どこにいたのか思い出して顔が熱くなる。
「だって、さっききゅって咥えてくれたし、今もほら」
「あ…」
 指をそうっと背後に下ろしていくのに体が熱くなるのを、伊谷は嬉しそうに微笑んで見つめてくる。
「肌がね、待ってるみたいにあったかくなって吸い付いてくるから」
「……そう、かも」
 ああきっと、この男は女性とのベッドもすごく上手いんだ。
 陸斗は歪みかけた顔を急いで俯かせる。
「君を、待ってるのかも」
 きっと最初で最後のことだろう。気まぐれに抱いてみた男という話で語られるのだろう。それでも、これほど甘く優しく扱ってくれる掌は気持ちがいい。陸斗は惨めな気持ちを封じる。
「ねえ、陸斗?」
「うん?」
「さっき、よくわからないって言ったでしょ?」
「?」
「僕はノンケだから、男に拘る理由がわからないって」
 一瞬舌打ちしかけた。ここでその話題を持ち出すあたりは減点だ、と少し拗ねる。伊谷が目を細める。
「可愛いな」
「え?」
「どうでもいいから早くちょうだいって腰が動いてる」
「っ」
 まさか。思わず顔が熱くなる。その陸斗の腰にひたりと伊谷が体を寄せてきてぎょっとした。しかも、伊谷は全く反応していない。わけがわからなくて混乱し、不安になってまた振り返る。
「あのね。僕はあの芝居のファローズとのやり取り、カークとの関係の前哨戦だと思ってるんです」
「…」
 何の話だかわからなくて、陸斗は眉を寄せ、一所懸命に思い出そうとした。ファローズの名前は確かにあった。確か、オウライカの命令を受け、『塔京』に忍び込んだライヤーがカーク暗殺を目論んで身を寄せる下町の事務所のトップ、隠してはいるがネコなのをライヤーに見抜かれ、そこにつけ込まれていいように操られる純朴な男だ。
 『竜は街に居る』では、原作でライヤーがファローズを弄び堕としていく場面を舞台の端で回想場面として演じる小カットとなっており、ファローズ役はおらず、袖に向かって伊谷1人がファローズが居る体で演じるはずだ。
「ライヤーはファローズを責めながら、その先に居るカークを見ている」
「…」
 どう答えたらいいものかわからず、陸斗は眉を寄せた。
「あの瞬間まで、ライヤーは男を抱きたいなんて思わなかったんじゃないかな」
「…ああ」
 確かにそうだろう。ライヤーは生きるためにいろいろなことをしてきただろうが、その中に男性を愛する嗜好があったとは思えない。
「けれど、オウライカのためにはカークに近づく必要があって、カークを抱く必要もあると考えていたはずですよね」
「…だから、ファローズで試してみていた、と?」
「たぶんね」
 薄く笑う伊谷に胸が詰まった。
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