『ドラゴン・イン・ナ・シティ』

segakiyui

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第1章 『竜は街に居る』

8.ドクターを呼んで下さい 「昔考えたことがあった。でも、それはありえないって思ってた」(3)

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 役者は『取り憑かれる』ことがある。
 自分とは全く違う役柄を演じている時も、自分とそっくりな役柄を演じている時もある。繰り返し演じているうちに、少しずつ少しずつ、その役柄に浸潤されていく。もちろん、そうでなければ演じられない役者も居るし、そうなって初めて『役者』になったと言われる時もある。
 けれど寺戸が言う『良くない化け方』は、役柄に取り込まれて役者が消え失せてしまうことだ。舞台の上だと言うことも、自分が演じていることも忘れ、その世界で呼吸し、その世界で残りの人生を生きる。
 舞台はいつかは終わるし、人生はそれよりうんと広くて長い。
 それが、わからなくなる。
 舜は唇を噛みながら、禄の部屋に戻った。鍵を開けて部屋に入ると、禄はまだ寝息を立てている。疲れ切っていたんだとわかる、目の下の薄黒い皮膚。
「…禄…」
 囁いて、そっと覗き込む。
「オウライカに……なるな」
 目を閉じる。
「そこは、あなたの世界じゃないよ」
 真っ暗な視界に蘇る妹の顔。
『何してんの?!  ねえ、何してんのよ、お兄ちゃん!』
 泣き喚く藍奈が居なければ、舜はこの世界に戻ってきたかどうか。
 『青い雨』の千秋楽。
 寺戸は前日にも凄く褒めてくれた。これまでにない仕上がりだ、お前の一つの頂点になるな、と。
 サービストークだけではなくて、舜も実感していた。日に日に自分が仕上がっていくのがわかる。スープとして飲み食いし、スープとして事件に向かい、スープとしてシーンと愛し合う。
『お兄ちゃん、ほんと別人みたいに見えるけど?』
 藍奈がいつもと違ってちょっと距離を取った話し方をしても違和感を感じなかった。スープなのだから当たり前だ、彼には妹なんか居ない。シャワーに入れば、自分の腕や足の付け根に触れ、新しい手足はとても良くできていて、ほとんど繋ぎ目がわからないなと普通に考え、シーンと次にベッドに入る時間を思って反応する体に照れた。
 『芝居』が崩壊したのは幸いに舞台が終わった後だった。
 千秋楽の後、軽い打ち上げがあって、舜は役柄から離れたつもりだった。繁華街を自宅へ向かい、その途中でチンピラ2人に絡まれた。他愛ないからかいだった。
 えらく細っこいな、寂しそうだから抱っこしてやろうか。
 かちんとスイッチが入って、誰がシーン以外に、と吐き捨てたとたん、酒臭い顔を寄せた相手の首を掴んでいた。イメージでは体ごと吊るし上げて投げ捨てる場面、けれど現実には、もう片方の男に顔面を叩き込まれ、倒れたところを蹴り込まれ、それでもまだ覚め切らず、離れかけた2人に反撃を仕掛けてなお殴られた。
 無事だったのは通行人が警察を呼んでくれたからで、それでも駆けつけた寺戸を訝り、彼らは別管轄でしたか、と尋ねた。同じく駆けつけた藍奈は『青い雨』を知っていた、から、舜がどうなったかを一瞬で察した。
『「青い雨」は終わったのよ、お兄ちゃん』
『え?』
『もう、終わったの、スープは居ないの』
『…何の、意味か、わから…』
 その途端溢れた大量の涙で、舜は理解した。
 ここまで演っちゃいけないんだ。でないと、舜は死ななくてはならなくなる。
 役の中で生きて死ぬ。演じ始めたときに考えたことがあった、それは役者冥利に尽きる境地、けれど現実に生きている以上あり得ない。
 違った。
 舜は全てを捨ててしまえる、演じることで。
『医者を…呼んでくれる……?』
 舜は頼んだ。
『俺……壊れてる、みたいだし……』
『……大丈夫だよお』
 藍奈も泣いていた。
『仕方ないよ……お兄ちゃん………それしか、できないんだもの……』
 瞬きする。
 禄の寝顔を見ている自分に戻る。
 あれから両親は舜を止めない。25歳でアルバイトしかしてなくて、『竜夢』に没頭していても、誰とも深い関わりが持てなくても、当たらず障らずで見守ってくれている。
「……あなたは、俺とは違うよ」
 視界がいつの間にか濡れていた。
「あなたは…壊れちゃいけないよ」
 苦笑いする。
「俺……禄と関わっちゃいけなかったのかな」
 舜は深く項垂れた。
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