『ドラゴン・イン・ナ・シティ』

segakiyui

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第1章 『竜は街に居る』

8.ドクターを呼んで下さい 「昔考えたことがあった。でも、それはありえないって思ってた」(2)

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「…禄?」
 台詞がいきなり飛んだ。
「まだ早い………雷牙!」
 寺戸が止めかけた瞬間、目を閉じた禄が崩れ落ちて、舜は慌てた。急いで駆け寄り、体に触ってぎょっとする。とんでもなく熱い。
「ワニさん、禄、熱出してる!」
「知恵熱か?」
「…かも。急に化けたね、別人みたいだった」
「あんまり良い化け方じゃなかったな」
 寺戸が唸って、いつの誰のことを思い出したかすぐにわかった。
「ああ……そういう、奴?」
「今日は休ませてやる。一人暮らしだろう、家に連れてって看病でもしてやれ」
「…ありがと」
 答えながら、この前の痴態を見られていたような気がして、少し顔が熱くなった。
「禄? おい…禄、大丈夫?」
「ん……」
 くたりとのしかかってくる体はいつかの熱と気配が重なる。首を振って記憶を追い出して、舜はよいしょと禄を引きずり上げる。
「…手伝うよ」
「ん、ごめん」
 陸斗が肩を貸してくれて、何とかタクシーを呼んで、2人乗り込む。
「舜、あの」
「ごめんね、稽古進めててくれていいから」
「あ、うん…」
 覗き込みながら何かを言おうとした陸斗はちょっと赤くなって黙り込み、じゃあ、と頷いた。
「…お医者さん行った方が良いかな」
 悩んだものの、呼吸は早いながらも規則的、それ以外は特に苦しそうでもない。ただただ疲れ切った顔で眠っている禄の頭を膝に、流れる景色を眺める。
 まず辿り着いた先は『あいおい』だった。そこから女将さんに禄の住所を聞いて、小さなアパートに着いた。鍵はバッグの中、ごめんねと謝ってから取り出し、教えられた部屋のドアを開ける。
「あー…」
 これは送り届けて正解だったな。
 壁際に折りたたまれたミニテーブル、畳敷きの一間、ベッドはなくて、恐らく押入れに布団が入っている類、家具類がほとんどないし、狭いキッチンにやかんと鍋があるぐらい、きっと風邪薬とか氷枕とかもないだろう。
「って言うか、むしろ俺の所に連れ帰った方が良かった?」
 いや、駄目だ、今は両親がいるし、話がややこしくなりそうだし。
「禄? ねえ、大丈夫?」
「ん…」
 反応は薄い。くたりと仰け反る顔が苦しげに眉を寄せている。眼鏡はタクシーの中で外していたから、本当に素顔で……どきりとした。
「傷…」
 額に結構大きな傷がある。よく見ないとわからないほど薄いから、これまで気づかなかったんだ。
「こんなところを、こんなに大きく切る…かな」
 抱えたまま視線で辿る。薄いから随分昔だ。けれども残っているから浅い傷ではなかったはずだ。ついでに、そんなに昔にこんな大きさなら。
「っ」
 ぞくりとした。とんでもないものを想像しそうになって、慌てて顔を背け、壁際に凭れさせて、押入れを開ける。
「……わー……」
 思わず頼りない声が漏れた。がらんとした押入れの上の段に薄い布団が入っている。隅に毛布一枚。部屋にまともな暖房器具はなさそうなのに、どうやって冬場を凌ぐのか。もう一度部屋を見る。軽そうな窓、カーテンってのは、あの横でくしゃくしゃとまとまった布だろうか。サボテンが置いてある、洗濯バサミのかご、それだけだ。PCがマックなのは少し異色か。
 押入れ下段には半透明の衣装ケースが2個あった。多分片方が夏物で、片方が冬物。半分も入ってない。
「…何で…」
 自分の声はなおあやふやだった。
「何で、こんな状態で、芝居なんか」
 プロでもない、素人演劇には金が掛かる。舞台を仕上げるならもっと掛かる。『あいおい』での稼ぎはそれほど多くないのだろう。他にバイトもしていないと聞いた。生活に余裕なんかない、絶対、全く。
「ん…ふ」
「っ」
 小さな吐息に我に返って、舜は布団を敷いた。薄くて軽い。片手で振り回せそうな気さえする。着替えはどうしたらいいかわからないし、とにかく薄い枕に頭を乗せてやって寝かせて布団を掛ける。熱そうだし、毛布は今はいいかも知れない。けれど夜になったら冷えてくるだろうし、目を覚ましたら寒いかも知れないし、ああそれに何か食べるものとか飲み物とか。
「……あー…」
 部屋の隅の冷蔵庫を開けて、予想はしていたが、白々と明るいのに情けない声が出る。
「何食べてんだ……ってか……食べて、ない……?」
 またどきりとして、今度は胸苦しくなった。
 うろたえて布団の禄を見る。最近小綺麗な格好にはなった。髪も少し整えるようになった。『竜夢』もタダじゃない、月会費のようなものは集めている。宣伝と練習場所の確保と公演に使われるもので必要不可欠のものだけど、チケットの売り上げが伸びない中ではほとんど持ち出しだ。禄が滞納したとは聞いていない、それらの金はどこから払っているのだろう、元からこんな生活をしているのに。
「……ちょっと待っててね」
 起きたら怒るかも知れない。余計なことをしたと詰るかも知れない。それでも舜には我慢できない、こんな状況で芝居を続ける男を放っておけない。
 部屋を出て鍵を掛けて、手持ちを確かめながらコンビニに向かう。
「……鍋はあったな」
 レトルトの五目がゆ、インスタントラーメン、インスタント鍋焼きうどん、スープ数種、おにぎりとパン、野菜サラダ、ベーコンと卵。落ち着くまで、禄が嫌がらなければ部屋にいようと決めたから、下着の替えも。風呂は近くの銭湯だろうか。ちらりと視界を掠めた箱はスルーした。そういうことを考える場合じゃないし。
 隣り合った薬局で風邪薬と解熱剤と栄養ドリンク、それに氷枕を買った。冷蔵庫に入れておけば繰り返し使えるし。
「…医者に行けるお金、あるのかな」
 またぞっとする。もっと調子を崩したら連れてかなくちゃ。往診とかしてくれるところはあったっけ。
 考えて、いくらかカードでお金を下ろしておく。
「もし…あれと同じなら…」
 思い出したのは舜が経験した『良くない化け方』だ。
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