『ドラゴン・イン・ナ・シティ』

segakiyui

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第1章 『竜は街に居る』

8.ドクターを呼んで下さい 「昔考えたことがあった。でも、それはありえないって思ってた」(5)

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 戻れない。
 貢は考え始めている。
 腕の中で何度も極めた陸斗の甘い喘ぎ声が、淡々と脚本を捲りながら立ち稽古を眺めている貢の頭の中で、どれほど鮮やかに再現されているのかを教えたら、陸斗は恥ずかしがって身悶えるに違いない。ずくりと疼く熱の場所に意識を持っていかれないように、目を上げる。
『…すまない』
 禄が胡座をかいたまま、寝転んだ舜を振り向く。
『すまないって何、すまないって』
 ここでは『カザル』は愛撫に追い上げられた後の疲労で身動きできないほどだ。静かに応じる『オウライカ』が、自分を置屋に置き去りにすると知って、堪えかねた気持ちが溢れて詰り続ける。
『俺を「塔京」から連れてきたの、オウライカさんでしょ? 俺を抱いたの、オウライカさんでしょ? 俺をここに預けたの、オウライカさんでしょ?』
 切なげな罵りを、貢は別の声で聞いた。
『俺をこんなところまで連れてきたのは、君だろう? 俺を抱いたのは君だろう? 俺をここに攫ったのは君だろう?』
 他ならぬ陸斗の声で、カークの口調で耳の奥に響き渡る。
 ふと視界の端に真っ白な顔が飛び込んでひやりとする。同じく芝居を眺めている陸斗だと、視線を動かさなくとも察しがつく。
『俺がどんな気持ちで待ってたと思うの。どんな気持ちで毎日毎日あんたが来ないって表見てたと思うの』
 いっそ、そう詰ってくれればいい。今までの女の子と同じように、面倒臭くなって切り捨てられる。
 けれど、陸斗は詰らないだろう。
 ホテルで過ごしたある夜、真夜中に側から居なくなった寒さに目覚め、探すとリビングの窓からじっと外を眺めていた。細い首筋、華奢な体をシルクガウンに包んだ姿は本当に綺麗で、この人こそカークそのものじゃないかと感嘆したけど、外を眺めているその頬に一筋涙が伝って、頭を殴られたような気がした。
 ああ、本当にこの人は、カークそのものじゃないだろうか。
 カークのように冷酷でも無表情でもない、褒めれば照れ、苛めれば泣きそうになる、それは表情豊かな人だけど、それは本当の気持ちじゃないかもしれない。この人こそ、真性の役者で、今は貢の芝居に合わせ、ライヤーに抱かれて心を開くカークという役柄を演じ続けているのかも知れない。
 抱いている時に、閉じた目を開くと一瞬、どこか虚空を見る時があった。目の前にいる貢ではなくて、誰かを探し求めるような優しい瞳、悔しくて揺さぶる貢の激情に、すぐに涙で曇らせるものの、視線はいつも貢をすり抜けてしまうような。
 おかしなものだ、ずっと全てを相手を操るために、相手の望むまま思うままに演じてきた。相手が貢本人を見ないことなど慣れっこで、いやむしろ、貢本人に気付かず別の夢を見ている、見させているのが自分なのだと万能感に浸れるのに、陸斗相手にはそれが不快で切り刻まれるように辛くてならない。
 リク。
 自分だけの陸斗の呼び名。
 そんなものは子ども騙しだと分かっている。
 ホテルでの逢瀬に湯水のように金を使っても、全ては幻だと分かっている。
 陸斗は貢を見ていない。
 この1週間で思い知らされた。
 なのに、戻れない。
 この関係が断ち切られることを考えると、寒さに体が震えてしまう。
「よし、次ライヤー、カーク」
「はい」「…」
 場面はライヤーがファローズを抱きながら、遠い場所に居るカークと感覚を通わせ『繋がって』しまう部分だ。台詞だけのやり取りにするのか、実際に映像を入れるのかは尺を考えての検討となると聞いていて、それでも立ち稽古では背中合わせに台詞をやり取りする場面を演じようということになった。
「立ち位置を確認しろ。カメラの向きがある」
「照明は?」
「Aプランでやってみる」
 寺戸と礼新の指示出しに頷き、ちらりとこちらを見上げてきた陸斗に微笑み返すと、薄赤く頬を染めた気がして、それだけで身体が泡立つ気がした。
 戻れない。手放せない。もう失いたくない。
 合図が送られ、陸斗の体温を背中に、腕を組んで正面を向く。背後で気配が身じろぐ。
『だ…れ……』
 柔らかで掠れた声。自慰で満たされず、けれども欲望は消えてくれず、求める響きを満たして。
『…』
 僕ですよ、と答えたかった。あなたを満たすのは僕、あなたを満たせるのは僕だけ。
『ああ…』
 甘い吐息。一瞬にしてわかる、これはあの時の声、望んだものが与えられ、満足に目を伏せて吐き出す息。
 もっと聞かせて。伝えたい気持ちを自分の両腕を強く引き寄せ肘を固く握りしめて堪える。
『いや…っ』
『……いいよ』
 貢はようやくの解放に気持ちを緩めて呼びかける。いいよ、いいよ、凄くいい、その声だけで幸せに蕩けそうになる、気持ち良いと伝えてくれるその声を、より強くと促す。
『いって』
「…カット」
 ひんやりとした寺戸の声に我に返った。
「今のは?」
 尋ねられて振り返る。背後の陸斗の気配も硬い。失敗したなと気づいた。
「…駄目ですね」
「理由は?」
「ライヤーはカークを愛撫してるわけじゃない」
 答えはするすると覚めた意識から流れ出た。
「抱いているのはファローズで、しかも眠りに落ちている間の夢です。相手が誰かの認識もなく、心理攻撃の可能性も当然考えているでしょう」
「この台詞の認識と意図は?」
「突然流し込まれてきた快楽を安定させるための許可と、相手への警戒です。要注意、と口にしています」
「ではもう一度」
 寺戸が顎をしゃくる。
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