『ドラゴン・イン・ナ・シティ』

segakiyui

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第1章 『竜は街に居る』

9.どこかへ行きたい 「優しい声が欲しい」(3)

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『俺を「塔京」から連れてきたの、オウライカさんでしょ? 俺を抱いたの、オウライカさんでしょ? 俺をここに預けたの、オウライカさんでしょ?』
『俺がどんな気持ちで待ってたと思うの。どんな気持ちで毎日毎日あんたが来ないって表見てたと思うの』
『どんな気持ちであの蝶を……っ』
 台詞を口にしながら、舜は自分がこの場所に居ないような気がした。
 わからない。
 わからない。
 カザルの気持ちがわからない。
 理屈ではわかっている。
 『塔京』の刺客として酷くて惨い育ち方をし、自分の命も駒にして扱い、標的を倒すことだけを目的に夜の闇に生きて来た男。
 その男が今全身で甘え詰り苛立っている。
 オウライカへの深くて強い情愛。自分を願って欲しいという激しい衝動。
 待っていたのだから当たり前だ。
 ずっとずっと待っていた。
 ただそれはオウライカではなかった。オウライカを待っていたのではなく、自分をこの境遇から連れ出してくれる何かを無意識に待ち続けていた、それがオウライカに重なっただけで、オウライカには何の責務もなく、約束さえ得られていないことをカザルは知っている。
 自分が詰る事さえ場違いで理不尽で意味のない事だとわかっている。
 この想いは叶うことはない。
 誰でもいい、優しい声が欲しいだけ。
 だから好き放題に無茶なことを訴えられる。
 そう言うやり取りだ。
 いつもならば、すぐにその心情に共感し納得し想像し入り込める。
 なのに今はなぜだと繰り返し考えてしまっている。
 何でこんなこと言っちゃうの、カザル。
 叶わぬ願いを要求している、だから諦めている、だから我儘を言っている、それでいいはずだ、それでいいはずなのに。
 違う、何かがずれてる、うまく入り込めていない、どれほど激しく切なく訴えても、これは違う、なのに寺戸は止めない。
 目の前に黙って自分を見つめている禄が居る。
 ほんの少し前、数日、舜は禄と一緒に過ごした。熱を出して体調を崩した禄、芝居に『当てられて』ハマり込み過ぎて動けなくなったのがわかっていたから、体調が戻り食事が食べられるようになると、そっと静かに『竜夢』から退くことを話してみた。
 詰られるだろうと思っていた。怒って、舜ともう関わらないと言うと。
『…大丈夫だよ、舜』
 けれど禄は静かに首を振った。
『掴めてるんだ、大丈夫、制御できるから』
 その時不意に、禄が見知らぬ人間に見えた。
 オーディションに合格して『竜夢』にやって来た新人の役者志望の人間ではなくて、あの図書館に居た姿のような、いや、禄の中に大きな沢山の本棚があって、それに初めて気づいたような。
 全然足りない。
 舜の胸にことばが響いた。
 このオウライカに対して、舜のカザルは偽物で陽炎で蜃気楼だ。
 今日、稽古に来た禄はいつも通り素朴な優しい笑顔をくれた。看病のお礼と、今度美味しいものを奢る約束と。けれど、そっと体を重ねるように耳元に囁かれた声に身体中の細胞が震えた、『今度はもっと楽しい夜にしよう?』
『カザル?』
「っ、蝶…っ」
 台詞の呼びかけなのに、ぼんやりしている舜に見事に次の台詞を促す響きを重ねられて、皮膚を泡立たせながら、必死に応じる。
『…いっぱい写したんだから…っ、俺…っ……おれ……っ』
 声が上ずった。
 寺戸は止めない。
 理由はわかる、今、禄が乗っている、絶好調だ。
 こんな穏やかそうな静かな気配に、何て圧力だ、本当に1ヶ月ほど前まで素人だったなんて信じられない。良くない『化け方』じゃない、あれは本当に『覚醒』だったんだ。そして舜は知っている、この『覚醒』は禄の中にあった、何か途轍もない経験が成し得たものだ、普通じゃない。
 いずれ虐殺される運命を黙って受け入れて毎日生きて来たオウライカそっくりの胆力なんて、この日本でどうやって育つんだ。
『カザル……もういい』
『もういいって何っ、もういいって。なのにっ、なのに、また…っ』
 置いてかれる、この能力の前では舜の才能なんてお遊びだ、ああ。
 悔しい。
「…っ」
 ぼろ、といきなり涙が溢れた。
 そうだ悔しい、悔しい、凄く悔しい。
 こんな力の前で十分に抵抗もできなくて圧倒されて押さえつけられて、芝居に巻き込んだ? 俺と違う? 壊れちゃいけない? ふざけるな、禄は舜など歯牙にも掛けない。
 オウライカと言う炎を飲み込んで、高熱に倒れながら支配下に置いて、今舜を見る瞳の憐憫が、本当に悔しい、何でそんな目で見るんだ、俺はあなたと対等な場所に居たはずじゃないの?
「…ひ…っっ」
「……舜」
「すみ…ませ…っ」
「…よし、次ライヤー、カーク」
 寺戸は限界だと思ったらしい。顎をしゃくり、合わせを終了し少し離れろ、と目線で命じたから、ぐすぐす泣きながら頷いた。禄が一緒に付き添ってくれる。1人にしておけないだろう、その気配もまた悔しい。
「…ごめ…っ」
「…大丈夫だよ」
 舜に寄り添い、禄が囁く。
 外に出ようかと促されて、2人で屋上に上がった。
「……ふ…ぁあああ…っ」
 屋上は寒かった。11月も末だから当たり前だが、涙で濡れた頬が冷たくて両手で擦ると、くいと両手首を掴まれて離される。
「ふあ?」
「舜。真っ赤になってる」
「うん……んっ」
 柔らかく覗き込んで来た禄が、そのままキスをくれて、ちょっとほっとした。
「……あったかいな」
 禄が目を細めて笑う。再び視界が一気に曇って驚いたが、涙は容赦なく頬を伝う。
「え…何…っ…何…」
「泣き虫」
 甘く詰られて抱きしめられた。唇を奪われる。深くうんと深く重ねられて、蕩けるように目を閉じる。
「…ほんとにカザルみたいだなあ」
「……そ…かな…」
 唇を離されると胸に抱えられる。暖かくて安心して気持ちが緩む。
「…禄こそ……オウライカみたい…だよ」
「ヤバイね」
 くすっと耳元で笑われてぞくぞくする。
「置いてかないでよ……って、」
 俺、何言ってんの?
 舜は口走って固まる。
 置いてかないでって何、そう思った瞬間にまたぼろぼろと涙が零れた。
「お……おかしいよね…? なんでこんなに…泣いちゃうのかな」
 しゃくりあげまいと堪えて続けた。
「あのさ、禄のオウライカ凄いよ、何か図書館みたい、それもすっごく大きいやつ」
「図書館?」
「うん、俺の知らない本がいっぱい入ってて、凄く明るいんだけど、凄く…なんか、怖いんだよ」
「………そうか」
 少し黙った禄は、
「舜はさ、見かけ通りじゃないぼくって、嫌かな」
 声が緊張していた。大事なことを話そうとしてくれていると察した。
「聞いてから決める」
 顔を上げる。じっと見返す眼鏡の奥の黒い瞳に見入った。
「俺が聞いていい話なら、絶対聞く」
「……そうか」
 禄は少し目を閉じて、静かに続けた。
「昔の話なんだけど、ぼくは箪笥の中で暮らしていたことがある」
「……」
「その頃の話をしたいな」
「………聞くよ」
 舜は唾を飲み込んだ。
「全部聞く」
「じゃあ、話そう」
 禄は一つ深く息を吐き出して、話し始めた。
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