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第2章 『竜夢』
1.楽な生き方 「計算尽くなんで心配しないで下さい」(2)
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次は僕だな。
緊張して禄は唇を結ぶ。眼鏡は一応コンタクトにしたけれど、しっくり来なくて落ち着かない。
与えられた三つ揃いスーツは借り物のようだった。肩がきつい感じがするし、腰回りが緩い感じがするし、着たことがないからおたおたした。持っていったシャツはスーツに合わず、下着も靴下も違うと言われた。Tバックはやり過ぎか、と背後からじろじろ眺められた時には体が竦んで、まあいいよ、こっちで全部揃えておくからと言われた。
今日はスタジオに入る前に何から何まで着替えさせられた。その甲斐あってか、それほど着心地は悪くない。悪くないから足りている、と思えない当たりが不安だけれど。
「はい、ほな、オウライカ」
「は、はいっ」
「こっちへどうぞ」
ゆっくりと大仰に片手を回して足を引き、西洋の道化師のように足路技が深々と頭を下げる。
ふいと、何も考えずにするりと体が動いた。足路技の前を通り、ゆっくり奥へ進んで行く。
「そこでちょっと振り返る、訝しく」
背後からの声に左肩を引いて片頬を向けると、いきなりフラッシュが光った。眩しさに眉を寄せる、一瞬頬が強張る。
「ええ顔ですやん、オウライカ」
立て続けに響くシャッター音に気がついた。眩いから目を細めた、それが訝しい表情に繋がっている、それを足路技は十分わかっている。
そうか。任せればいいんだ。
禄の中には何もない、それを自分でよくわかっている。さっき舜が見せたような技も使えないし、華もない、動きの理屈もわからないし、第一思った通りに振る舞えない。
「聞いてもよろしいか、オウライカ」
足路技が尋ねた。
「『塔京』をどう思ってます?」
振り返れと言われなかったし、閃くフラッシュが眩し過ぎたから、まっすぐに向き直って答える。
「かつての住処」
「お嫌いですか、お好きですか」
「大事にしている」
体が動いた時と同じように意識せずにことばが出た。
「潰す言うたら、どうします?」
黙ったまま振り返る。その動きの一瞬さえも逃さないように、シャッター音が鳴り続ける。光の向こうから響く声に目を細めて笑った。
「君はどうする?」
「聞いてんのはこっちでっせ」
「君の出方次第だと言っている」
オウライカのつもりになって答えた、のではなかった。足路技は投げたことばに反応する禄を撮っている。それをオウライカにするのもしないのも足路技の掌の上、計算尽くなら心配いらない、禄は黙って踊ればいい。
「質問変えまひょ。ログ・オウライカ、あんたはそれで十分でっか」
十分、の意味合いがよくわからなかったから、少し首を傾げる。シャッターは落ちない。足路技が求めている表情ではない。それでも、集中するところはそこではない気がした。求められるものを差し出そうと焦るのではない。ならば何を。
「不十分か?」
足りている、足りていないと自縄自縛の罠に繋がる道を切り落とす。足りているなら問題はない、足りていない時の手立てこそ焦点だ。オウライカの思考へ自分を重ねて行く。
「上着、脱いで下さい」
求めに応じて、ボタンを外す。脱ぐ動作の間に激しくシャッターが落ちる。
「ベストも」
1つ1つ繊細な小さなボタンを外す。急がなくていい、脱ぐという状況が必要ならば。
「ネクタイを外す」
動きは止めなかった。容赦なく床に積まれた上着、ベストの上に、ネクタイを抜いて落とす。
「シャツ」
シャッター音だけが鳴り響く。手首のボタンを外し、首元へ指を上げながら気づく。
他の音が全くしない。
そうだな、オウライカの単独の場面は、きっとこんな風に無音だろう。煽り立てるリズムもない、胸迫るドラマチックな曲調もない、静謐で透明で、求めと流れに従っているだけのように見えて、全てをその一挙動に釘付けにする支配力。
シャツのボタンを外しだした辺りで、妙な声が聞こえた。
「う…」
シャッター音に紛れて足路技が唸る。
「舜ちゃん、やめてや」
「だって…っ」
舜?
禄はボタンを外しながら、思わずそちらを振り返った。
舜と目が合う。
なぜだろう、ひどく顔が赤いように見える。握った拳を震わせながら仁王立ちしている。その側で、何か見てはいけないものを見たように顔を背けている輝夜と、気まずそうに天井あたりへ視線を飛ばしている伊谷。
何だ?
「舜ちゃあん?」
もう一度、足路技が唸った。
「邪魔せんといて」
「やだ…っ」
「あのなあ」
「何考えてんの、足路技さんっ!」
耐えかねたように舜が喚いた。
「それ以上、禄のストリップ撮るなら、俺にも考えがあるからねっっ!」
「は?」
ストリップ?
我に返って、禄は開いたシャツに気がついた。カメラのシャッター音が響く中、スラックスから抜き出されたシャツが、素肌の上に揺れている。
「あ!」
そうだ、これはネット配信されるものだった。
「わわ!」
慌ててシャツを搔き合せると、足路技が深く溜息をつきながら、どっこらしょ、と腰を上げた。
「はいはいごめんね悪かった、そのままストレートで使わへんし、安心してや」
そやけど、惜しかったなあ。
薄笑いをして、足路技は急いで服を着直す禄を眺める。
「もう少しで、あんた、男女問わずめろめろにできたで?」
緊張して禄は唇を結ぶ。眼鏡は一応コンタクトにしたけれど、しっくり来なくて落ち着かない。
与えられた三つ揃いスーツは借り物のようだった。肩がきつい感じがするし、腰回りが緩い感じがするし、着たことがないからおたおたした。持っていったシャツはスーツに合わず、下着も靴下も違うと言われた。Tバックはやり過ぎか、と背後からじろじろ眺められた時には体が竦んで、まあいいよ、こっちで全部揃えておくからと言われた。
今日はスタジオに入る前に何から何まで着替えさせられた。その甲斐あってか、それほど着心地は悪くない。悪くないから足りている、と思えない当たりが不安だけれど。
「はい、ほな、オウライカ」
「は、はいっ」
「こっちへどうぞ」
ゆっくりと大仰に片手を回して足を引き、西洋の道化師のように足路技が深々と頭を下げる。
ふいと、何も考えずにするりと体が動いた。足路技の前を通り、ゆっくり奥へ進んで行く。
「そこでちょっと振り返る、訝しく」
背後からの声に左肩を引いて片頬を向けると、いきなりフラッシュが光った。眩しさに眉を寄せる、一瞬頬が強張る。
「ええ顔ですやん、オウライカ」
立て続けに響くシャッター音に気がついた。眩いから目を細めた、それが訝しい表情に繋がっている、それを足路技は十分わかっている。
そうか。任せればいいんだ。
禄の中には何もない、それを自分でよくわかっている。さっき舜が見せたような技も使えないし、華もない、動きの理屈もわからないし、第一思った通りに振る舞えない。
「聞いてもよろしいか、オウライカ」
足路技が尋ねた。
「『塔京』をどう思ってます?」
振り返れと言われなかったし、閃くフラッシュが眩し過ぎたから、まっすぐに向き直って答える。
「かつての住処」
「お嫌いですか、お好きですか」
「大事にしている」
体が動いた時と同じように意識せずにことばが出た。
「潰す言うたら、どうします?」
黙ったまま振り返る。その動きの一瞬さえも逃さないように、シャッター音が鳴り続ける。光の向こうから響く声に目を細めて笑った。
「君はどうする?」
「聞いてんのはこっちでっせ」
「君の出方次第だと言っている」
オウライカのつもりになって答えた、のではなかった。足路技は投げたことばに反応する禄を撮っている。それをオウライカにするのもしないのも足路技の掌の上、計算尽くなら心配いらない、禄は黙って踊ればいい。
「質問変えまひょ。ログ・オウライカ、あんたはそれで十分でっか」
十分、の意味合いがよくわからなかったから、少し首を傾げる。シャッターは落ちない。足路技が求めている表情ではない。それでも、集中するところはそこではない気がした。求められるものを差し出そうと焦るのではない。ならば何を。
「不十分か?」
足りている、足りていないと自縄自縛の罠に繋がる道を切り落とす。足りているなら問題はない、足りていない時の手立てこそ焦点だ。オウライカの思考へ自分を重ねて行く。
「上着、脱いで下さい」
求めに応じて、ボタンを外す。脱ぐ動作の間に激しくシャッターが落ちる。
「ベストも」
1つ1つ繊細な小さなボタンを外す。急がなくていい、脱ぐという状況が必要ならば。
「ネクタイを外す」
動きは止めなかった。容赦なく床に積まれた上着、ベストの上に、ネクタイを抜いて落とす。
「シャツ」
シャッター音だけが鳴り響く。手首のボタンを外し、首元へ指を上げながら気づく。
他の音が全くしない。
そうだな、オウライカの単独の場面は、きっとこんな風に無音だろう。煽り立てるリズムもない、胸迫るドラマチックな曲調もない、静謐で透明で、求めと流れに従っているだけのように見えて、全てをその一挙動に釘付けにする支配力。
シャツのボタンを外しだした辺りで、妙な声が聞こえた。
「う…」
シャッター音に紛れて足路技が唸る。
「舜ちゃん、やめてや」
「だって…っ」
舜?
禄はボタンを外しながら、思わずそちらを振り返った。
舜と目が合う。
なぜだろう、ひどく顔が赤いように見える。握った拳を震わせながら仁王立ちしている。その側で、何か見てはいけないものを見たように顔を背けている輝夜と、気まずそうに天井あたりへ視線を飛ばしている伊谷。
何だ?
「舜ちゃあん?」
もう一度、足路技が唸った。
「邪魔せんといて」
「やだ…っ」
「あのなあ」
「何考えてんの、足路技さんっ!」
耐えかねたように舜が喚いた。
「それ以上、禄のストリップ撮るなら、俺にも考えがあるからねっっ!」
「は?」
ストリップ?
我に返って、禄は開いたシャツに気がついた。カメラのシャッター音が響く中、スラックスから抜き出されたシャツが、素肌の上に揺れている。
「あ!」
そうだ、これはネット配信されるものだった。
「わわ!」
慌ててシャツを搔き合せると、足路技が深く溜息をつきながら、どっこらしょ、と腰を上げた。
「はいはいごめんね悪かった、そのままストレートで使わへんし、安心してや」
そやけど、惜しかったなあ。
薄笑いをして、足路技は急いで服を着直す禄を眺める。
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