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第2章 『竜夢』
1.楽な生き方 「計算尽くなんで心配しないで下さい」(3)
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禄が脱ぎだした辺りで、陸斗の腰にぞわりと痺れが走った。
足路技はどこまでも「動き」に拘るカメラマンだ。その人物が、どんな動きをした時に一番綺麗に見えるのか、中身を語って見えるのか、よく心得ている。
カザルが「動」ならオウライカは「静」だ。動かない人間を「写真」にしたところで、綺麗なスチルで終わってしまう。けれど、オウライカの中身は実はそう言うところになく、動かないまま人の意識を支配して行くような圧倒的な『何か』が本質だ。
一体どうやってオウライカを撮る気なのか。
興味を持って見ていて、照明の中をただ単に歩く、振り向く、振り返る、それだけの動きで、陸斗は「何もかも整った配置」と言うものを初めて目にした。これで十分だ。そう思う。他に何も要らない、これで全てが満たされている、と。
本人の努力なのか、それとも準備したミコトの腕か、スーツ姿の禄は紛れもなくオウライカの気配を醸し出している。
けれど、それを写真と言う止め絵で、どう切り取るつもりなのか。
足路技が服を脱げと命じた時に、ああそうかと気づいた気がした。
ヌードでは止め絵になる。脱いで行く過程を追うことで、性的な興味で集中させ、その先の期待へ引き摺り込む。本能を転用した支配力の表現。どの部分を切り取る、指か、首筋か、それとも俯いた時に垂れ落ちる毛先に焦点を当てて、少し開いた薄い色の唇を遠景に入れ込むか。
自分が足路技のカメラになったつもりになっていた。その視界を追っていた。そうして気づいた。
禄は、危うい。
このオウライカは、足路技の計算尽くの視線に晒されると、あっさり主導権を渡してしまう。自分を傷つけ暴き砕かせるのも受け入れるような、どこまでも深く入り込みどこまでも深く抉れるような、見ている者に奇妙な万能感を味合わせる。
オウライカなのに。
いや、オウライカだからこそか。
元々オウライカは本心を見せない。何を考えているのか、どの人物の視点からも明らかにならない。あけっぴろげに自分を語り、思いを口にするように見えて、その実、心の奥底での決断も苦渋も逡巡も見せない。
この世ならぬ場所に居る。
オウライカの印象はそれに尽きる。そこに生身を重ねていくと、こんな風に無防備になってしまうのか。これほど容易く蹂躙を許すように見えてしまうのか。
これは性質の悪い誘惑だ。向き合う者を偽りの全能感に落とし込み、過大な夢を見させてしまう。
この禄に、惚れない人間が果たして存在するのか? 弱い人間であればあるほど、禄を手元におけば世界が手に入るような気がするのではないか?
実は、それが、オウライカの本質か?
あまりにも際どくて、見ていられないと目を背けると、同じように伊谷が視線を天井に逸らしていてほっとした。ちらりとこちらへ視線を流して、伊谷は微かに目を細める。
やばいですね、と唇が無音で動いた。
頷き返す。こんなものを動画で流されては堪ったものじゃない。『竜夢』としての宣伝は桁違いだが、禄を踏み躙りたいだけの有象無象も寄ってくる。
「舜ちゃん、やめてや」
声が響いてはっとした。
「だって…っ」
視界の端で禄が体を震わせて我に返る。
思わず陸斗は苦笑してしまった。さすが舜、理屈はわからなくとも本能で遮るか。
「舜ちゃあん?」
「邪魔せんといて」
「やだ…っ」
「あのなあ」
「何考えてんの、足路技さんっ! それ以上、禄のストリップ撮るなら、俺にも考えがあるからねっっ!」
ぶはっと吹いたのは伊谷の方だ。計算も何もぶっ壊して、自分を無意識に貫く舜は、足路技が禄のオウライカに纒わせようとした気配にきっちり反応した。
そんなものは要らない。
明確ではっきりとした宣言、さっきのカザルのスチルのように。
あるいはこうか。
俺の相棒を勝手に弄るな。
「わ!」
慌てて服を着直す禄にずんずん歩み寄った舜が、足路技の前に立ちはだかる。
「何やる気だったんだよ、お前」
思わず陸斗は振り向いた。
「俺らの芝居に、何突っ込む気だった?」
珍しい。舜が本気で怒っている。
「あー」
足路技が視線を泳がせた。
「ひょっとして、わて、読み間違えた?」
「鳩尾蹴り飛ばしていい?」
軽く流そうとしたのに舜は応じなかった。
「それとも顔面?」
薄笑みを浮かべている。けれど激怒している。慌てて寺戸を見回す。一旦離れたのか、スタジオに居ない。舜にカザルのカラーが入っているから、余計にまずい。
ここは一発喰らうつもりで間に入る、そう決めて踏み出そうとした陸斗を、伊谷が腕を掴んで引き止めた。
「大丈夫ですよ」
見ろと促されて息を呑んだ。一触即発の足路技と舜の間に、差し出された一本の腕、掌を舜の顔に向け、視界を遮った禄が一言、
「落ち着け、カザル」
『舜』ではなくて、『カザル』と呼んで止めた禄も見事だが、瞬間、足路技がパシャパシャパシャパシャと真っ青な顔のままシャッターを切ったのには感嘆した。陸斗に気づいて親指を立てて見せる。計算尽くなんで心配しんといて下さい。そういう顔だなと思った途端、舜の拳が足路技の頬にヒットした。
足路技はどこまでも「動き」に拘るカメラマンだ。その人物が、どんな動きをした時に一番綺麗に見えるのか、中身を語って見えるのか、よく心得ている。
カザルが「動」ならオウライカは「静」だ。動かない人間を「写真」にしたところで、綺麗なスチルで終わってしまう。けれど、オウライカの中身は実はそう言うところになく、動かないまま人の意識を支配して行くような圧倒的な『何か』が本質だ。
一体どうやってオウライカを撮る気なのか。
興味を持って見ていて、照明の中をただ単に歩く、振り向く、振り返る、それだけの動きで、陸斗は「何もかも整った配置」と言うものを初めて目にした。これで十分だ。そう思う。他に何も要らない、これで全てが満たされている、と。
本人の努力なのか、それとも準備したミコトの腕か、スーツ姿の禄は紛れもなくオウライカの気配を醸し出している。
けれど、それを写真と言う止め絵で、どう切り取るつもりなのか。
足路技が服を脱げと命じた時に、ああそうかと気づいた気がした。
ヌードでは止め絵になる。脱いで行く過程を追うことで、性的な興味で集中させ、その先の期待へ引き摺り込む。本能を転用した支配力の表現。どの部分を切り取る、指か、首筋か、それとも俯いた時に垂れ落ちる毛先に焦点を当てて、少し開いた薄い色の唇を遠景に入れ込むか。
自分が足路技のカメラになったつもりになっていた。その視界を追っていた。そうして気づいた。
禄は、危うい。
このオウライカは、足路技の計算尽くの視線に晒されると、あっさり主導権を渡してしまう。自分を傷つけ暴き砕かせるのも受け入れるような、どこまでも深く入り込みどこまでも深く抉れるような、見ている者に奇妙な万能感を味合わせる。
オウライカなのに。
いや、オウライカだからこそか。
元々オウライカは本心を見せない。何を考えているのか、どの人物の視点からも明らかにならない。あけっぴろげに自分を語り、思いを口にするように見えて、その実、心の奥底での決断も苦渋も逡巡も見せない。
この世ならぬ場所に居る。
オウライカの印象はそれに尽きる。そこに生身を重ねていくと、こんな風に無防備になってしまうのか。これほど容易く蹂躙を許すように見えてしまうのか。
これは性質の悪い誘惑だ。向き合う者を偽りの全能感に落とし込み、過大な夢を見させてしまう。
この禄に、惚れない人間が果たして存在するのか? 弱い人間であればあるほど、禄を手元におけば世界が手に入るような気がするのではないか?
実は、それが、オウライカの本質か?
あまりにも際どくて、見ていられないと目を背けると、同じように伊谷が視線を天井に逸らしていてほっとした。ちらりとこちらへ視線を流して、伊谷は微かに目を細める。
やばいですね、と唇が無音で動いた。
頷き返す。こんなものを動画で流されては堪ったものじゃない。『竜夢』としての宣伝は桁違いだが、禄を踏み躙りたいだけの有象無象も寄ってくる。
「舜ちゃん、やめてや」
声が響いてはっとした。
「だって…っ」
視界の端で禄が体を震わせて我に返る。
思わず陸斗は苦笑してしまった。さすが舜、理屈はわからなくとも本能で遮るか。
「舜ちゃあん?」
「邪魔せんといて」
「やだ…っ」
「あのなあ」
「何考えてんの、足路技さんっ! それ以上、禄のストリップ撮るなら、俺にも考えがあるからねっっ!」
ぶはっと吹いたのは伊谷の方だ。計算も何もぶっ壊して、自分を無意識に貫く舜は、足路技が禄のオウライカに纒わせようとした気配にきっちり反応した。
そんなものは要らない。
明確ではっきりとした宣言、さっきのカザルのスチルのように。
あるいはこうか。
俺の相棒を勝手に弄るな。
「わ!」
慌てて服を着直す禄にずんずん歩み寄った舜が、足路技の前に立ちはだかる。
「何やる気だったんだよ、お前」
思わず陸斗は振り向いた。
「俺らの芝居に、何突っ込む気だった?」
珍しい。舜が本気で怒っている。
「あー」
足路技が視線を泳がせた。
「ひょっとして、わて、読み間違えた?」
「鳩尾蹴り飛ばしていい?」
軽く流そうとしたのに舜は応じなかった。
「それとも顔面?」
薄笑みを浮かべている。けれど激怒している。慌てて寺戸を見回す。一旦離れたのか、スタジオに居ない。舜にカザルのカラーが入っているから、余計にまずい。
ここは一発喰らうつもりで間に入る、そう決めて踏み出そうとした陸斗を、伊谷が腕を掴んで引き止めた。
「大丈夫ですよ」
見ろと促されて息を呑んだ。一触即発の足路技と舜の間に、差し出された一本の腕、掌を舜の顔に向け、視界を遮った禄が一言、
「落ち着け、カザル」
『舜』ではなくて、『カザル』と呼んで止めた禄も見事だが、瞬間、足路技がパシャパシャパシャパシャと真っ青な顔のままシャッターを切ったのには感嘆した。陸斗に気づいて親指を立てて見せる。計算尽くなんで心配しんといて下さい。そういう顔だなと思った途端、舜の拳が足路技の頬にヒットした。
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