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第2章 『竜夢』
9.螺旋細工 「大きく息して、私のために」(5)
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伊谷っ。
歯を食いしばった。
計算尽くのように蘇った感覚は下半身を覆う。押し広げられて深くまで入り込まれて、縋るように伸ばした手も押さえつけられてなお抉られて。
こんな時に、こんな場所で、何を仕掛ける、芝居を潰す気か。
それとも、陸斗の無様さを思い知らせるためだけに、こんな手段を取ったのか。
この時のためだけに、伊谷は陸斗を飼い慣らし、愛撫し抱き続けたのか。
前半部の締めをまとめ上げなくてはならない、そうでなければ、禄や舜、寺戸や礼新、離庵、いやそれだけではなく、関わってきた多くのスタッフの労力が全て無駄になる、陸斗の場面一つで。
火照った体から一気に血の気が引いた。
次の台詞は、どんな間合いで、どんな声音で……どんな風に?
思いつかない、考えられない、無能な自分に何ができる、何が。
何も、ない。
捨ててこい。
寺戸の声が耳の奥で響く。
捨ててこい、準備も決断も思惑も全て。
そのままのお前で、放り出されて来い。
『ライヤーの匂いなんて………つくほども手放したことがないくせに』
ことばは無意識に零れ出た。
観客席を見る。
胸の中が、妙に広々と、静かに凪いだ。
大海原にたった一人立つように。
ああ、一人なんだ。
生きようと死のうと、もがこうと焦ろうと、ここには陸斗しかいないのか。
『ライヤ…』
そんな台詞は脚本にはない。
けれど、呼ばずにはおられない。
視界が滲んだ。
芝居ではなく、演技でもなく、この光の中にただ一人立つことが、辛くて寂しくて。
初めて千秋楽の意味を知る。
誰も共には並び立てない。
誰も側で支えてはくれない。
芝居を現実として生きるなら、今ここで陸斗は死なねばならない。
不意に、脳裏を白い面が掠めた。
歌舞伎などで使われる、白い女性の面だ。
俯けば表情は曇り、上向けば笑み綻ぶ。
けれど面は同じ、光と陰で、読み解く客の胸で変わるだけ。
もう一度観客を見る。
見つめる視線があった。
焦がれていると感じた。
舞台の上、愛しい相手に立ち去られ、一人きりで立つこの孤独を、分かってくれている。
その上で、願われている、祈られている、この物語の行く末を。
脳裏の白い女性の面と重なるように目を閉じた。
引き受けて、背中を向ける。携帯を机に置き、歩き始める。
おいで。
無言で呼んだ。
おいで、続く、この物語の先へ、私を追いかけておいで。
背後に落とされる幾枚ものカーテンなどに遮られることのない、視線が背中に絡みつく。
まるで客が自分に乗り移ったみたいだ。
この思いを、成就する、このカークという役柄で。
それなら陸斗にもできるかも知れない。
突然激しい水音が響く。
シャワーの効果音、だが陸斗の耳には轟音唸る滝が現れたように響く。
思わず行き止まりの舞台の壁を見上げた。
機械が動く。
幕が引かれる。
「『竜は街に居る』第一部、全ての公演は終了しました」
アナウンスが響く中、見えない滝に打たれるように、陸斗はじっと暗い天井を見上げて立っていた。
歯を食いしばった。
計算尽くのように蘇った感覚は下半身を覆う。押し広げられて深くまで入り込まれて、縋るように伸ばした手も押さえつけられてなお抉られて。
こんな時に、こんな場所で、何を仕掛ける、芝居を潰す気か。
それとも、陸斗の無様さを思い知らせるためだけに、こんな手段を取ったのか。
この時のためだけに、伊谷は陸斗を飼い慣らし、愛撫し抱き続けたのか。
前半部の締めをまとめ上げなくてはならない、そうでなければ、禄や舜、寺戸や礼新、離庵、いやそれだけではなく、関わってきた多くのスタッフの労力が全て無駄になる、陸斗の場面一つで。
火照った体から一気に血の気が引いた。
次の台詞は、どんな間合いで、どんな声音で……どんな風に?
思いつかない、考えられない、無能な自分に何ができる、何が。
何も、ない。
捨ててこい。
寺戸の声が耳の奥で響く。
捨ててこい、準備も決断も思惑も全て。
そのままのお前で、放り出されて来い。
『ライヤーの匂いなんて………つくほども手放したことがないくせに』
ことばは無意識に零れ出た。
観客席を見る。
胸の中が、妙に広々と、静かに凪いだ。
大海原にたった一人立つように。
ああ、一人なんだ。
生きようと死のうと、もがこうと焦ろうと、ここには陸斗しかいないのか。
『ライヤ…』
そんな台詞は脚本にはない。
けれど、呼ばずにはおられない。
視界が滲んだ。
芝居ではなく、演技でもなく、この光の中にただ一人立つことが、辛くて寂しくて。
初めて千秋楽の意味を知る。
誰も共には並び立てない。
誰も側で支えてはくれない。
芝居を現実として生きるなら、今ここで陸斗は死なねばならない。
不意に、脳裏を白い面が掠めた。
歌舞伎などで使われる、白い女性の面だ。
俯けば表情は曇り、上向けば笑み綻ぶ。
けれど面は同じ、光と陰で、読み解く客の胸で変わるだけ。
もう一度観客を見る。
見つめる視線があった。
焦がれていると感じた。
舞台の上、愛しい相手に立ち去られ、一人きりで立つこの孤独を、分かってくれている。
その上で、願われている、祈られている、この物語の行く末を。
脳裏の白い女性の面と重なるように目を閉じた。
引き受けて、背中を向ける。携帯を机に置き、歩き始める。
おいで。
無言で呼んだ。
おいで、続く、この物語の先へ、私を追いかけておいで。
背後に落とされる幾枚ものカーテンなどに遮られることのない、視線が背中に絡みつく。
まるで客が自分に乗り移ったみたいだ。
この思いを、成就する、このカークという役柄で。
それなら陸斗にもできるかも知れない。
突然激しい水音が響く。
シャワーの効果音、だが陸斗の耳には轟音唸る滝が現れたように響く。
思わず行き止まりの舞台の壁を見上げた。
機械が動く。
幕が引かれる。
「『竜は街に居る』第一部、全ての公演は終了しました」
アナウンスが響く中、見えない滝に打たれるように、陸斗はじっと暗い天井を見上げて立っていた。
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