『ドラゴン・イン・ナ・シティ』

segakiyui

文字の大きさ
102 / 121
第2章 『竜夢』

9.螺旋細工 「大きく息して、私のために」(5)

しおりを挟む
 伊谷っ。
 歯を食いしばった。
 計算尽くのように蘇った感覚は下半身を覆う。押し広げられて深くまで入り込まれて、縋るように伸ばした手も押さえつけられてなお抉られて。
 こんな時に、こんな場所で、何を仕掛ける、芝居を潰す気か。
 それとも、陸斗の無様さを思い知らせるためだけに、こんな手段を取ったのか。
 この時のためだけに、伊谷は陸斗を飼い慣らし、愛撫し抱き続けたのか。
 前半部の締めをまとめ上げなくてはならない、そうでなければ、禄や舜、寺戸や礼新、離庵、いやそれだけではなく、関わってきた多くのスタッフの労力が全て無駄になる、陸斗の場面一つで。
 火照った体から一気に血の気が引いた。
 次の台詞は、どんな間合いで、どんな声音で……どんな風に?
 思いつかない、考えられない、無能な自分に何ができる、何が。
 何も、ない。
 捨ててこい。
 寺戸の声が耳の奥で響く。
 捨ててこい、準備も決断も思惑も全て。
 そのままのお前で、放り出されて来い。
『ライヤーの匂いなんて………つくほども手放したことがないくせに』
 ことばは無意識に零れ出た。
 観客席を見る。
 胸の中が、妙に広々と、静かに凪いだ。
 大海原にたった一人立つように。
 ああ、一人なんだ。
 生きようと死のうと、もがこうと焦ろうと、ここには陸斗しかいないのか。
『ライヤ…』
 そんな台詞は脚本にはない。
 けれど、呼ばずにはおられない。
 視界が滲んだ。
 芝居ではなく、演技でもなく、この光の中にただ一人立つことが、辛くて寂しくて。
 初めて千秋楽の意味を知る。
 誰も共には並び立てない。
 誰も側で支えてはくれない。
 芝居を現実として生きるなら、今ここで陸斗は死なねばならない。
 不意に、脳裏を白い面が掠めた。
 歌舞伎などで使われる、白い女性の面だ。
 俯けば表情は曇り、上向けば笑み綻ぶ。
 けれど面は同じ、光と陰で、読み解く客の胸で変わるだけ。
 もう一度観客を見る。
 見つめる視線があった。
 焦がれていると感じた。
 舞台の上、愛しい相手に立ち去られ、一人きりで立つこの孤独を、分かってくれている。
 その上で、願われている、祈られている、この物語の行く末を。
 脳裏の白い女性の面と重なるように目を閉じた。
 引き受けて、背中を向ける。携帯を机に置き、歩き始める。
 おいで。
 無言で呼んだ。
 おいで、続く、この物語の先へ、私を追いかけておいで。
 背後に落とされる幾枚ものカーテンなどに遮られることのない、視線が背中に絡みつく。
 まるで客が自分に乗り移ったみたいだ。
 この思いを、成就する、このカークという役柄で。
 それなら陸斗にもできるかも知れない。
 突然激しい水音が響く。
 シャワーの効果音、だが陸斗の耳には轟音唸る滝が現れたように響く。
 思わず行き止まりの舞台の壁を見上げた。
 機械が動く。
 幕が引かれる。
 「『竜は街に居る』第一部、全ての公演は終了しました」
 アナウンスが響く中、見えない滝に打たれるように、陸斗はじっと暗い天井を見上げて立っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【8話完結】いじめられっ子だった俺が、覚醒したら騎士団長に求愛されました

キノア9g
BL
いじめられ続けた僕は、ある日突然、異世界に転移した。 けれど、勇者として歓迎されたのは、僕を苦しめてきた“あいつ”の方。僕は無能と決めつけられ、誰からも相手にされなかった。 そんな僕に手を差し伸べてくれたのは、冷酷と恐れられる騎士団長・ジグルドだった。 なのに、あいつの命令で、僕は彼に嘘の告白をしてしまう――「ジグルドさんのことが、好きなんです」 それが、すべての始まりだった。 あの日から彼は、僕だけをまっすぐ見つめてくる。 僕を守る手は、やさしく、強くて、どこまでも真剣だった。 だけど僕には、まだ知られていない“力”がある。 過去の傷も、偽りの言葉も超えて、彼の隣にいてもいいのだろうか。 これは、いじめられっ子の僕が“愛されること”を知っていく、嘘と覚醒の物語。 全8話。

天の求婚

紅林
BL
太平天帝国では5年ほど前から第一天子と第二天子によって帝位継承争いが勃発していた。 主人公、新田大貴子爵は第二天子派として広く活動していた亡き父の跡を継いで一年前に子爵家を継いだ。しかし、フィラデルフィア合衆国との講和条約を取り付けた第一天子の功績が認められ次期帝位継承者は第一天子となり、派閥争いに負けた第二天子派は継承順位を下げられ、それに付き従った者の中には爵位剥奪のうえ、帝都江流波から追放された華族もいた そして大貴もその例に漏れず、邸宅にて謹慎を申し付けられ現在は華族用の豪華な護送車で大天族の居城へと向かっていた 即位したての政権が安定していない君主と没落寸前の血筋だけは立派な純血華族の複雑な結婚事情を描いた物語

死ぬほど嫌いな上司と付き合いました

三宅スズ
BL
社会人3年目の皆川涼介(みながわりょうすけ)25歳。 皆川涼介の上司、瀧本樹(たきもといつき)28歳。 涼介はとにかく樹のことが苦手だし、嫌いだし、話すのも嫌だし、絶対に自分とは釣り合わないと思っていたが‥‥ 上司×部下BL

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

僕の恋人は、超イケメン!!

八乙女 忍
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

バツイチ上司が、地味な僕を特別扱いしてくる

衣草 薫
BL
理性的でクールなバツイチ上司・桐原恒一は、過去の失敗から、もう誰も必要としないと決めて生きてきた。 男が好きだという事実を隠し、「期待しなければ傷つかない」と思い込んできた部下・葉山直。 すれ違いと誤解の果てに、直が職場を去ろうとしたとき、恒一は初めて“追いかける”ことを選ぶ。 選ばれないと信じてきた直と、逃げないと決めた恒一。 二人の距離が近づくことで、直は「ここにいていい」と思える場所を見つけていく。 元ノンケ上司×自己肯定感低め部下の社会人BL。※ハッピーエンド保証。

【8話完結】帰ってきた勇者様が褒美に私を所望している件について。

キノア9g
BL
異世界召喚されたのは、 ブラック企業で心身ボロボロになった陰キャ勇者。 国王が用意した褒美は、金、地位、そして姫との結婚―― だが、彼が望んだのは「何の能力もない第三王子」だった。 顔だけ王子と蔑まれ、周囲から期待されなかったリュシアン。 過労で倒れた勇者に、ただ優しく手を伸ばしただけの彼は、 気づかぬうちに勇者の心を奪っていた。 「それでも俺は、あなたがいいんです」 だけど――勇者は彼を「姫」だと誤解していた。 切なさとすれ違い、 それでも惹かれ合う二人の、 優しくて不器用な恋の物語。 全8話。

処理中です...