『ドラゴン・イン・ナ・シティ』

segakiyui

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第2章 『竜夢』

9.螺旋細工 「大きく息して、私のために」(6)

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「『竜は街に居る』第一部、全ての公演は終了しました」
 響く声に重なるように拍手が鳴り始める。
 それほど熱狂的なファンなど多くはない。けれどもアンコールを期待して、役者の再来を待ち望む。
 しばらく鳴り続けていた拍手に呼ばれるように、もう一度幕が開く。
 だが、客はそこで思わぬものを見る。
 ただ一人の役者を。
「本日は、私どもの公演にお越し頂き、誠にありがとうございました」
 え? え? え?
 無言のまま顔を見合わせる者、訝しげに眉を寄せる者、そうしてあからさまに怒りを満たして伊谷を見つめる者は、『人心売買』側かそれとも『竜夢』寺戸を贔屓とする客か。
「何れにしても敵ばかりだな」
 小さな呟きをマイクが拾う。
 拍手をしていた客が、手を止めて静まり返った。
「改めまして、お初にお目にかかります。この度の舞台で、ミシェル・ライヤーを演じております、伊谷貢と申します」
 敏感な客は先ほどのアナウンスと伊谷の挨拶で、何が知らされるのかを察したようだ。顔を上げ、忙しく周囲を見回す者もいる。
「お客様の中で、すでにネットで今回のオープニングをご覧になった方もおられると思います。実はこの舞台はネット公開を予定しております」
 忌々しそうに唇を曲げたのは、タダで見られるものに金を払って損をした、と言う客か。
「皆さまのお姿は入らないように収録は済んでおりまして、今回の舞台に加えて、楽屋裏も付け加えた公開となりますが、もちろんフリーではございません。オープニングのように見られる部分もありますが、ある手順を踏んで頂き、登録して頂いた方々のみに公開させていただく予定です」
 伊谷は微笑んで頷いた。
「そうして、既にお気付きの方もおられるでしょう。この舞台は第一部、私は第二部も引き続きライヤーを演じさせて頂きます。ネット公開と致しましたのは、第二部が様々なロケーションを必要とするからでして、今ご覧頂いた役者が日本全国からふさわしい場所を選んで舞台とし、そこで演じて行くのをご覧頂こうと考えております」
 ふふ、と少し妖しげな笑みを零す。
「様々な場面を、舞台の上ではなく日差しのもとで見て頂くのは、こちらにもかなりの覚悟が必要となります。この世にない光景さえ舞台となる第二部を、どのように仕上げて行くか、皆様にはとくとご覧頂ければと願っております」
 客は長口上に少し退屈してきたようだ。
 伊谷もいい加減、一人で舞台を占領するのが飽きてきた。この辺りが役者のふりをした役者、でしかない所以かも知れない。
 さあ、大きく息をしよう、自分のために。
 伊谷はゆっくりと息を吸った。
「第二部展開に当たり、舞台の切り回しを、寺戸から私に変更させて頂きます」
 ひゅ、と微かに息を引いたのを感じて見ると、観客席の一番奥に荒破須加屋と篠崎真琴の姿があるのがわかった。いつもは目立つ風体をできる限り押さえ込んだ装い、伊谷の末路を見にきたはずが、とんでもない宣言を聞かされる羽目になったと言うところか。
 心得たように黒ハンチングのいつもの出で立ちではなく、ブライアン・テッドの姿のままで寺戸が現れる。なるほど、第一部でこの印象を植え付けて、第二部のダグラス・ハイトでひっくり返そうと言うつもりか。相変わらず食えない人だ、と苦笑すると、寺戸はまっすぐ奥の2人を見つめて言い放った。
「満足したか?」
 もちろん、返事は返ってこない。客達は寺戸の視線で、その問いが特定の誰かに投げられたと察して振り返る。
 無理矢理に舞台に引きずり上げた状態だ。
 荒破は沈黙を守り、篠崎が舌打ちを響かせる。
「それは良かった。こんな所で満足してもらっちゃ困る」
 寺戸は朗々と響く声で続ける。
「第二部への出演を望むなら、調整するが」
「…」
 潮時と見たのか、荒破は立ち上がった。篠崎を伴い、悠々と扉から出て行く。
 差し込んだ光は現実の色だ。芝居を壊しかねない冷ややかな光線を、寺戸は喜ばしげに受け止めて目を細める。
「さあ、ここから離れて行こう」
 宣言して、舞台の端から客席に降りた。打ち合わせなどなかったが、伊谷も続く。視線を送らなくても、既に幕の後ろに引っ込んだ役者が次々と舞台に現れ、階段を降り、客席の間を抜けて行き、後ろに開いた扉へ歩くのを、客は呆然と眺めている。
 どこへ行くの? え、どうしたらいいの?
 困惑とざわめき、このままでは客席に自分達だけが残されるとわかった1人2人が慌てて席を立てば、あとは促されるように次々と立ち上がった。
 何これ? これもお芝居? どこからどこまで? 
 囁きながら、それでも思わぬ展開に瞬きし唇を綻ばせ、きょろきょろと互いを見やりながら、かつてハーメルンで笛吹き男が子ども達を誘った物語に飲み込まれたように、客達が自分達の後ろに続くのを見ながら、伊谷は顔を引き締める。
 これだけの吸引力を持つ男が作り上げたこの舞台を、第二部はどこまで越えられるのか。
 竦みそうになる脚を先へ進める脳裏には、舞台で1人立つ陸斗の姿があった。
 違うな、違うんだ。
 胸の中で呟いて苦笑いする。
 僕は『竜夢』を完成させるために監督を引き受けたんじゃない。陸斗をどこまで輝かせられるか、それだけを考えるべきなんだ。
 第一部の主役は禄だったが、第二部の主役は陸斗。
 伊谷は強く胸に言い聞かせた。
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