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第2章 『竜夢』
10.ラドン温泉 「ああ失敗した、ほんと大失敗、あなたより前に生まれとくんだった」(1)
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「ここだって、露天風呂」
「へえ……」
舜に従って、禄が恐る恐る開けた引き戸から濃紺の暖簾をくぐって中を覗くと、暗闇の中にぽつりぽつりと灯りが置かれた空間が広がっていた。
「寒…」
「寒いね、ほんと」
誘った舜も鳥肌を立てている。
「ちょっと掛かり湯して、入ろうか」
「うん…」
頷いたものの、何をどうすればいいものか、禄は戸惑うばかりだ。
『竜夢』での公演が無事に千秋楽を終え、忙しく慌しいバラシを何とか済ませて一息、これで大晦日には舜と神社でも行って、うまくいけばそのまま2人、と甘い想像を広げていた禄に、伊谷がにっこり笑って温泉に行こうよ、各部屋露天風呂付き温泉なんて楽しくない?と言い出した。
こんな年末に、しかもそんな豪勢な場所を押さえられるわけがないと周囲が苦笑いする中、あれよあれよと手配を進め、気が付けば『竜夢』のメンバーそれぞれに部屋を割り振って、街中の飲み屋で行われるはずだった打ち上げは、山の中の渓流の音を聞きながらとなった。
「こうやって、ざっと洗って」
「う、うん」
「入るっ……っう、く~~っ…!」
先に湯に滑り込んだ舜が痛いとも切ないとも言えない、甘い声を上げて思わずどきりとする。けれど見よう見まねで湯に浸かろうとしてわかった。
熱い。
しかも、堪えられるぎりぎりあたりの、絶妙な熱さだ。
滑り込んで軽く歯を食い縛り、やがてゆるんと解けた。
「…は…あ…っ」
「……やばい声出さないでよ」
思わず吐き出した息に、舜が唇を尖らせて振り返る。すうっと湯の中を近づいてきて、身を寄せてくると、湯とは違う熱い塊を押し付けられる。
「期待しちゃうじゃん」
「あ…いや…」
何処へ行っても何をしていても邪な想いを見抜かれた気がして、思わず顔が火照った。
「…触って」
「…うん…」
指先を絡めて、甘えてきた体を受け止める。
「気持ちい…」
「…うん」
硬くて張り詰めていて熱ぼったいものを包んでいると、ふう、と優しい吐息が耳元に吹き付けられた、なのに。
「…不思議だね」
「ん?」
「…その気になってんのに、その気にならない」
「……うん…わかる」
舜の指先が、同じようにもたげている禄のものに絡みつく、けれどそこまでで。
「………」
2人無言で掛け流しで静かに揺れる湯が、周囲のごつごつした石に当たる音を聴いた。
何だか、境界なんて、ないみたいだ。
禄はそっと空を振り仰ぐ。
ホテルには遅くに入った。明らかに支配人格の男が急いで伊谷を、そして彼が連れてきた客を満面の笑顔で迎えて、いきなりの大人数に戸惑う様子も見せなかった。それぞれに部屋をあてがわれて、時間は過ぎていただろうに、宴会場で温かな夕食を振る舞われて、多分かなり高い酒が無尽蔵に供された。
芝居の出来不出来、各自の反省、客からの感想、スタッフの手応え、そして『竜夢』のこれからについて声高に語り出す数人を置いて、舜と禄は人気のない露天風呂へと足を急かした。
今熱い湯の中で、互いの一番弱い部分を差し出しあって握り締めて、それでも緊張一つせずに、ただこうやってぼうっとしていられる、この感覚は何だろう。
知っている体、知っている心、それだけではなくて、まるで舜との境が限りなく薄くなってしまったような、舜だけではなく、世界の全てが肌一枚でしか離れていないような、この露天風呂から見上げる紺青の空さえも、そこに瞬きする星の光さえも、随分と近しい、すぐそこに触れられそうな。
「……ああ失敗した」
ぼんやりと淡い声音で舜が呟いた。
「へえ……」
舜に従って、禄が恐る恐る開けた引き戸から濃紺の暖簾をくぐって中を覗くと、暗闇の中にぽつりぽつりと灯りが置かれた空間が広がっていた。
「寒…」
「寒いね、ほんと」
誘った舜も鳥肌を立てている。
「ちょっと掛かり湯して、入ろうか」
「うん…」
頷いたものの、何をどうすればいいものか、禄は戸惑うばかりだ。
『竜夢』での公演が無事に千秋楽を終え、忙しく慌しいバラシを何とか済ませて一息、これで大晦日には舜と神社でも行って、うまくいけばそのまま2人、と甘い想像を広げていた禄に、伊谷がにっこり笑って温泉に行こうよ、各部屋露天風呂付き温泉なんて楽しくない?と言い出した。
こんな年末に、しかもそんな豪勢な場所を押さえられるわけがないと周囲が苦笑いする中、あれよあれよと手配を進め、気が付けば『竜夢』のメンバーそれぞれに部屋を割り振って、街中の飲み屋で行われるはずだった打ち上げは、山の中の渓流の音を聞きながらとなった。
「こうやって、ざっと洗って」
「う、うん」
「入るっ……っう、く~~っ…!」
先に湯に滑り込んだ舜が痛いとも切ないとも言えない、甘い声を上げて思わずどきりとする。けれど見よう見まねで湯に浸かろうとしてわかった。
熱い。
しかも、堪えられるぎりぎりあたりの、絶妙な熱さだ。
滑り込んで軽く歯を食い縛り、やがてゆるんと解けた。
「…は…あ…っ」
「……やばい声出さないでよ」
思わず吐き出した息に、舜が唇を尖らせて振り返る。すうっと湯の中を近づいてきて、身を寄せてくると、湯とは違う熱い塊を押し付けられる。
「期待しちゃうじゃん」
「あ…いや…」
何処へ行っても何をしていても邪な想いを見抜かれた気がして、思わず顔が火照った。
「…触って」
「…うん…」
指先を絡めて、甘えてきた体を受け止める。
「気持ちい…」
「…うん」
硬くて張り詰めていて熱ぼったいものを包んでいると、ふう、と優しい吐息が耳元に吹き付けられた、なのに。
「…不思議だね」
「ん?」
「…その気になってんのに、その気にならない」
「……うん…わかる」
舜の指先が、同じようにもたげている禄のものに絡みつく、けれどそこまでで。
「………」
2人無言で掛け流しで静かに揺れる湯が、周囲のごつごつした石に当たる音を聴いた。
何だか、境界なんて、ないみたいだ。
禄はそっと空を振り仰ぐ。
ホテルには遅くに入った。明らかに支配人格の男が急いで伊谷を、そして彼が連れてきた客を満面の笑顔で迎えて、いきなりの大人数に戸惑う様子も見せなかった。それぞれに部屋をあてがわれて、時間は過ぎていただろうに、宴会場で温かな夕食を振る舞われて、多分かなり高い酒が無尽蔵に供された。
芝居の出来不出来、各自の反省、客からの感想、スタッフの手応え、そして『竜夢』のこれからについて声高に語り出す数人を置いて、舜と禄は人気のない露天風呂へと足を急かした。
今熱い湯の中で、互いの一番弱い部分を差し出しあって握り締めて、それでも緊張一つせずに、ただこうやってぼうっとしていられる、この感覚は何だろう。
知っている体、知っている心、それだけではなくて、まるで舜との境が限りなく薄くなってしまったような、舜だけではなく、世界の全てが肌一枚でしか離れていないような、この露天風呂から見上げる紺青の空さえも、そこに瞬きする星の光さえも、随分と近しい、すぐそこに触れられそうな。
「……ああ失敗した」
ぼんやりと淡い声音で舜が呟いた。
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