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第2章 『竜夢』
10.ラドン温泉 「ああ失敗した、ほんと大失敗、あなたより前に生まれとくんだった」(2)
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「? 舞台?」
「……ううん、違う」
きょとんとして空から視線を移すと、相手は禄の胸からゆっくりと顔を上げ、上気した笑みを見せる。
「………ほんと大失敗………禄より前に生まれとくんだった……」
「???」
確かに舜は時折突拍子も無いことを口にするけど、今回のこれはさすがによくわからない。あまりに疑問が一杯になって、さすがに気がそれていく。指の間で柔らかくなったのに気づいたのだろう、舜がちょいと唇を膨らませて、見下ろした。
「ほらね」
「……えーと……ごめん……?」
その気になっていたのをぶち壊したなら謝るべきなのかな。
忙しく頭を動かして謝ると、今度は舜のものもふわりと緊張をなくす。
「だからぁ……こういう時でも……またちゃんと…誘えるとかぁ……」
湯の音に消えそうな声が、少し途切れてから再び続いた。
「俺さぁ……禄より早く生まれて……禄のこと先に知ってて……そしたら、禄のこと、もっと早く助けられたのに」
胸を掻きむしった痛みは、甘酸っぱくて切なかった。
「そしたら……子どもの禄に……もっと色んなこと教えて……色んなとこへ連れてって……色んな楽しいことや面白いこと……毎日うんと笑わせて…さあ」
ホテルに泊まって露天風呂なんて初めてだな。いや、そもそもホテルに泊まったことなんてないか。
伊谷に引き摺り込まれるように玄関から入って、何をどうしたらいいのやら、笑顔で迎えてくれる相手に何をいえばいいのやら、戸惑いながら苦笑いして、舜に零したのを、どうやらずっと気にしていたらしい。
「…わかんないよ、俺………聞いた時からずっとわかんない……何でそんなこと出来るのかな、親なのに……大人なのに……絶対勝てるに決まってる相手に……何でそんなことしようと思うかな。ほんっと、ムカつく…」
声が滲んだ。
「…弱いんだろう」
気がつくと、そう返していた。
「弱くて、脆くて……絶対勝てるものしか相手に出来ないんだよ。自分達が絶対負けないとわかってないと、不安で仕方ないんだ………あの人達には……世界は怖いものだらけだったんだよ」
自分がいつも勝っていないと、この世から消え去りそうで。
自分の意味がなくなりそうで。
怖くて怖くて、禄を罵ったり殴ったりしている間は、そのことを忘れていられるから。禄が全ての元凶だと決めつけておけば、怖いものから逃げ回っている自分達に気づかずに済むから。
「…だから、最後には箪笥に閉じ込めたのかなあ…」
吐息とともに吐き出す。
そうやって叩き潰し続けているものが、やっぱりどうにも恐ろしくて。
「…僕も同じだな」
「…え?」
舜がざぶりと湯を揺らせて体を起こす。気持ちよく包んでくれていた手が離れてしまって、少し物足りなくなったが、真剣に見つめてくる舜の瞳がきらきらしていて見惚れた。
「同じじゃないよ」
「…同じだよ」
「同じじゃないって」
「同じだって」
「そんなの、その人達が思い込ませたことでさ、禄は違って」
「同じなんだよ、舜。僕だって、抵抗できない自分でいれば、自分の全く知らない世界があるなんて考えずに済んだんだ」
その全く知らない世界で、どれほど自分が無力で意味がないのかも、考えなくて済んだ。
「禄、俺はね!」
「…あのままだったらね」
反論しようと真っ赤になって口を開いた舜がぽかんとする。
「僕が誇れるのは、あの箪笥から出たくないと言わなかったこと、かな」
「…禄…」
「あの人が僕に手を差し伸べてくれた時………舜が僕を選んでくれた時……僕は背中を向けなかった」
未熟で意味がなくて無力で無能で、それでも未来を信じて手を伸ばし続けた。
「その僕を、世界一、誇らしいと思………んっ」
噛みつくように舜がキスしてきて、禄は思わず舜を抱える。押し付けられた感触は臨戦態勢で、体全部で欲しい欲しいと強請られているようで、一番かっこいい台詞だと思ったのにというささやかな不満は消し飛んだ。
「舜……舜……」
「っん、…っん」
体を揺らせて誘いながら、蕩けながら舜が笑う。
「俺を開いたのは……禄だよ」
また俺を、違う場所に連れてって。
優しい懇願に、禄は舜を抱き締めた。
「……ううん、違う」
きょとんとして空から視線を移すと、相手は禄の胸からゆっくりと顔を上げ、上気した笑みを見せる。
「………ほんと大失敗………禄より前に生まれとくんだった……」
「???」
確かに舜は時折突拍子も無いことを口にするけど、今回のこれはさすがによくわからない。あまりに疑問が一杯になって、さすがに気がそれていく。指の間で柔らかくなったのに気づいたのだろう、舜がちょいと唇を膨らませて、見下ろした。
「ほらね」
「……えーと……ごめん……?」
その気になっていたのをぶち壊したなら謝るべきなのかな。
忙しく頭を動かして謝ると、今度は舜のものもふわりと緊張をなくす。
「だからぁ……こういう時でも……またちゃんと…誘えるとかぁ……」
湯の音に消えそうな声が、少し途切れてから再び続いた。
「俺さぁ……禄より早く生まれて……禄のこと先に知ってて……そしたら、禄のこと、もっと早く助けられたのに」
胸を掻きむしった痛みは、甘酸っぱくて切なかった。
「そしたら……子どもの禄に……もっと色んなこと教えて……色んなとこへ連れてって……色んな楽しいことや面白いこと……毎日うんと笑わせて…さあ」
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気がつくと、そう返していた。
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自分がいつも勝っていないと、この世から消え去りそうで。
自分の意味がなくなりそうで。
怖くて怖くて、禄を罵ったり殴ったりしている間は、そのことを忘れていられるから。禄が全ての元凶だと決めつけておけば、怖いものから逃げ回っている自分達に気づかずに済むから。
「…だから、最後には箪笥に閉じ込めたのかなあ…」
吐息とともに吐き出す。
そうやって叩き潰し続けているものが、やっぱりどうにも恐ろしくて。
「…僕も同じだな」
「…え?」
舜がざぶりと湯を揺らせて体を起こす。気持ちよく包んでくれていた手が離れてしまって、少し物足りなくなったが、真剣に見つめてくる舜の瞳がきらきらしていて見惚れた。
「同じじゃないよ」
「…同じだよ」
「同じじゃないって」
「同じだって」
「そんなの、その人達が思い込ませたことでさ、禄は違って」
「同じなんだよ、舜。僕だって、抵抗できない自分でいれば、自分の全く知らない世界があるなんて考えずに済んだんだ」
その全く知らない世界で、どれほど自分が無力で意味がないのかも、考えなくて済んだ。
「禄、俺はね!」
「…あのままだったらね」
反論しようと真っ赤になって口を開いた舜がぽかんとする。
「僕が誇れるのは、あの箪笥から出たくないと言わなかったこと、かな」
「…禄…」
「あの人が僕に手を差し伸べてくれた時………舜が僕を選んでくれた時……僕は背中を向けなかった」
未熟で意味がなくて無力で無能で、それでも未来を信じて手を伸ばし続けた。
「その僕を、世界一、誇らしいと思………んっ」
噛みつくように舜がキスしてきて、禄は思わず舜を抱える。押し付けられた感触は臨戦態勢で、体全部で欲しい欲しいと強請られているようで、一番かっこいい台詞だと思ったのにというささやかな不満は消し飛んだ。
「舜……舜……」
「っん、…っん」
体を揺らせて誘いながら、蕩けながら舜が笑う。
「俺を開いたのは……禄だよ」
また俺を、違う場所に連れてって。
優しい懇願に、禄は舜を抱き締めた。
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