『ドラゴン・イン・ナ・シティ』

segakiyui

文字の大きさ
110 / 121
幕間 2『扉』

『扉』(1)

しおりを挟む
 人生には色々な扉がある。
 それを開くと新しい場所や世界に行けて、今までと違う人生が始まる扉。
 けれどそれは、開いて見ないとわからない。
 時に扉のようには見えないものもある。

 禄にとっては、あの日開いたタンスの扉がそれだった。
 狭くて暗くて湿っぽくて、恐らくは臭くて、人が居る場所ではなくて。
 そこに居る間は、それほど酷い場所だとは気づいていなかったけれど、離れて見て初めてわかる、酷い居場所。
「……来たよ、萩さん」
 年明けて、それほど時間が経っていない日に、禄は1人で墓所を訪れていた。
 舜は連れて来なかった。
 来て欲しくなかったのではなくて、きっと禄の姿を見て、ボロボロ泣き出してしまうだろう優しい彼を、これ以上悲しませたくなかったから。
 それほど酷い事だったと、ようやく気づく。
 日々、それほど酷い事だったのだと、知り始める。
 舜との明るく静かで豊かな毎日が積み重ねられていくに従って。
 『竜夢』でログ・オウライカとの出会いが増えていくほどに。
 萩光一。
 何と、あの刑事にふさわしい名前であることか。
 墓は少し古くて、小さくて、身内もほとんど死に絶えていて、けれど整理もされないのは、ここの住職が萩にやはり命を救われていて、もし宗教的にこだわりがないのなら、是非自分の寺に墓所を定めて欲しいと生前に頼み込んでいたからで、それは息子の代になっても受け継がれている。
『萩さんがいなけりゃ、俺は生まれてなかったんですから』
 跡を継いだ息子も剃りあげた頭で人懐こく笑って、禄を迎えてくれた。
 教えられた通りに墓を掃除し、仏花を備えて、しゃがみ込む。
 明るい日差しが墓石に跳ねる。
「…光がいっぱいだね、萩さん……っ」
 瞬間、視界を涙が覆って声が途切れる。
 どれほど時が経っても、いや、時が経てば経つほど、美しい景色が記憶に残れば残るほど、あのタンスの中で閉じこもっていた闇の深さが胸に堪える、涙が溢れる。
 よく、見つけ出してくれた。
 よく、踏み込んでくれた。
 よく、手を差し伸べてくれた。
 リスクしかなかっただろうに。
 恨みしか買わないだろうから、結婚はしないと言っていたそうだ。
 身内を狙われるからと、なるべく一人で過ごしていたそうだ。
 それほどの覚悟を持って挑んだ職において、褒賞を受け取ることもなく、大きな評価を受けることもなく、ただただ街角に立つ一人の刑事として終えた。退職後、一人暮らしの孤独な老人として過ごし、死を迎えたのは体調を崩して入院した病院だった。遺骨を引き取ったのは遠縁で、この寺に収めてから墓参に来たことはないと聞く。
 一筋の、光のように。
 ログ・オウライカは市井にいる。
「…『おれ』は……恥じない……生き方を……する…っ」
 咽びながら誓う。
「恨みや…憎しみに……人生を……使わない……あなたが……開いてくれた……世界を………喜んで………受け取る……っ」
 声を上げて泣いた。
 優しい手が舞い降りる。
 気づいて触れると、1枚の枯葉だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【8話完結】いじめられっ子だった俺が、覚醒したら騎士団長に求愛されました

キノア9g
BL
いじめられ続けた僕は、ある日突然、異世界に転移した。 けれど、勇者として歓迎されたのは、僕を苦しめてきた“あいつ”の方。僕は無能と決めつけられ、誰からも相手にされなかった。 そんな僕に手を差し伸べてくれたのは、冷酷と恐れられる騎士団長・ジグルドだった。 なのに、あいつの命令で、僕は彼に嘘の告白をしてしまう――「ジグルドさんのことが、好きなんです」 それが、すべての始まりだった。 あの日から彼は、僕だけをまっすぐ見つめてくる。 僕を守る手は、やさしく、強くて、どこまでも真剣だった。 だけど僕には、まだ知られていない“力”がある。 過去の傷も、偽りの言葉も超えて、彼の隣にいてもいいのだろうか。 これは、いじめられっ子の僕が“愛されること”を知っていく、嘘と覚醒の物語。 全8話。

天の求婚

紅林
BL
太平天帝国では5年ほど前から第一天子と第二天子によって帝位継承争いが勃発していた。 主人公、新田大貴子爵は第二天子派として広く活動していた亡き父の跡を継いで一年前に子爵家を継いだ。しかし、フィラデルフィア合衆国との講和条約を取り付けた第一天子の功績が認められ次期帝位継承者は第一天子となり、派閥争いに負けた第二天子派は継承順位を下げられ、それに付き従った者の中には爵位剥奪のうえ、帝都江流波から追放された華族もいた そして大貴もその例に漏れず、邸宅にて謹慎を申し付けられ現在は華族用の豪華な護送車で大天族の居城へと向かっていた 即位したての政権が安定していない君主と没落寸前の血筋だけは立派な純血華族の複雑な結婚事情を描いた物語

死ぬほど嫌いな上司と付き合いました

三宅スズ
BL
社会人3年目の皆川涼介(みながわりょうすけ)25歳。 皆川涼介の上司、瀧本樹(たきもといつき)28歳。 涼介はとにかく樹のことが苦手だし、嫌いだし、話すのも嫌だし、絶対に自分とは釣り合わないと思っていたが‥‥ 上司×部下BL

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

僕の恋人は、超イケメン!!

八乙女 忍
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

バツイチ上司が、地味な僕を特別扱いしてくる

衣草 薫
BL
理性的でクールなバツイチ上司・桐原恒一は、過去の失敗から、もう誰も必要としないと決めて生きてきた。 男が好きだという事実を隠し、「期待しなければ傷つかない」と思い込んできた部下・葉山直。 すれ違いと誤解の果てに、直が職場を去ろうとしたとき、恒一は初めて“追いかける”ことを選ぶ。 選ばれないと信じてきた直と、逃げないと決めた恒一。 二人の距離が近づくことで、直は「ここにいていい」と思える場所を見つけていく。 元ノンケ上司×自己肯定感低め部下の社会人BL。※ハッピーエンド保証。

【8話完結】帰ってきた勇者様が褒美に私を所望している件について。

キノア9g
BL
異世界召喚されたのは、 ブラック企業で心身ボロボロになった陰キャ勇者。 国王が用意した褒美は、金、地位、そして姫との結婚―― だが、彼が望んだのは「何の能力もない第三王子」だった。 顔だけ王子と蔑まれ、周囲から期待されなかったリュシアン。 過労で倒れた勇者に、ただ優しく手を伸ばしただけの彼は、 気づかぬうちに勇者の心を奪っていた。 「それでも俺は、あなたがいいんです」 だけど――勇者は彼を「姫」だと誤解していた。 切なさとすれ違い、 それでも惹かれ合う二人の、 優しくて不器用な恋の物語。 全8話。

処理中です...