『ドラゴン・イン・ナ・シティ』

segakiyui

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幕間 2『扉』

『扉』(2)

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 人生には色々な扉がある。
 それを開くと新しい場所や世界に行けて、今までと違う人生が始まる扉。
 けれどそれは、開いて見ないとわからない。
 時に扉のようには見えないものもある。

「んー、悩むなあ」
 冬場のアイスクリームはとんでもなく冷たいけど、どうしても食べたくなる時があって、それが舜の場合は今日だった。
「チョコミントは捨て難い……ストロベリーも外せないけど……キャラメルリボンもいいよね」
 さすがに4つ載せるのは暴挙だろうと悩みつつ、色とりどりのショーケースの前をうろうろする。店員は常連のことだ、時間がかかっても気にしない。
「シンプルにバニラも美味しいけど、クッキーも良いしなあ……マシュマロ入りは許せないよなあ」
 後ろからきゃらきゃらと明るい声が迫って、一旦女子高生達に場所を譲った。中の数人が舜をちらりと見やって、少し顔を赤らめたり、互いを突きあったり囁いたりする。ぷるんとした唇で小さく笑って、付け睫毛かカラーリングか、綺麗な青の光で瞬いてくるのも居て、なかなか可愛い。ちょちょいとネイルの指先で手を振られたから、にこっと笑って手を振り返す。
 客商売客商売。
 わ、と少し彼女達が色めき立って、やり過ぎたと気づき、さりげなくそこから離れた。物欲しげな視線が背中に張り付く。
 アイスクリーム、後で選びに来よう。
 街をぐるりと散歩するつもりで歩き出し、マフラーに顎を埋める。
 『竜は街に居る』のネット公開が始まった。
 舞台そのままではなくてアンケートの評判をもとに少し場面を整理して、公開時間を限って数種類の楽屋裏の風景を編集してつけてある。
 確認したけれど、思ったより舜の場面が削られていて残念だった。やっぱり器用貧乏かなあと思いつつ、それでも出来としては良くなっていたから、伊谷の眼は正しい。
 舜の演技はさっきの女の子達のように、一瞬ならば受けはいいけど、繰り返し見るとか手元に残すとか、そういう執着を得ることが難しい、と今更思う。舞台ならばみんな喜んでくれるし、楽しんでくれるし、ほかの役者から嫉妬されるほど人気も上々、けれど永続性がない。
 だから、次の仕事は来ない。
 だからあの時。
 思い出すのは禄のオーディションの時だ。
 ビルディングの屋上柵の外側に座るのは危険だ。足を滑らせたら落ちるしかない、死ぬしかない。
 それでもやってみようと思った。
 それでもやっても良いと思った。
 死にたかったのかな、俺。
 自分でも気づかないほど、この世界に疲れちゃってたのかな。
 もういいやとどこかで思っていたのかな。
 舜は誰も覚えていない。
 誰も舜を覚えていない。
 世界はいつも素通りしていく、にこやかに華やかに、笑いながら愛想良く、舜の伸ばした指先に、全く気づかず無邪気な顔で。
 だからあの時落ちかけて、たぶん見えない扉が開いたんだろう。
 今までの自分を捨てて殺して、新しい何かに生まれ変わろうとしたんだろう。
 でも、扉は開いただけ、だったんだろう。
 舜が開いたのではなくて、たまたま開いた前に、舜が居ただけ。
 だから、あの先は、きっとどこへも通じていなくて、けれど舜はそこに落ちるしかなくて。
 自殺ではないけど、絶望という名の闇の穴。
 降って来たのは禄だった。
 自分でも諦めていたこの体を、守ろうとしてくれた。
 守って望んで庇ってくれた。
 真下に開いていた扉は勢いよく閉じて、しがみついた金網が扉になった。
 開けたいと望んだ。
 ここを開けて、金網の向こうに行ってしまった、あの温もりの側に駆け戻りたい。
「……俺、やばかったんじゃん」
 呟いて、鼻先に散らついたものに空を見上げる。
「…すんごくまずかったんじゃん」
 ようやく掴んだ回答を天に向かって投げて見る。
「死にかけてたんだよね、カミサマ?」
 笑顔のまま生きたまま死体になるところだった。
「どっちに入っても良かったの?」
 絶望して闇の扉を潜っても、熱に煽られ命の扉をこじ開けても。
「…こわっ」
 あんたって怖いヒトだったんだね。
「……カミサマだもんね」
 新年明けて禄と初詣に行った。
 どうか今年も禄と居られますように。
 どうか『竜夢』が上手くいって、ネット公開でも人気が出ますように。
 横目で眺めた禄は、静かな顔で目を閉じていて、思っていたより厳粛な顔をしていて。
 何をお願いしたの、と尋ねると、目を細めて言った。
 明日も生きていられますように。
 突き刺されるような恐怖。
『除夜の鐘がTVから聞こえると、いつもお願いしてたなあ』
 そんなこと、懐かしげに語られても。
『でも、今年はもう一つ、お願いしたんだ』
 何、が怖くて聞けなかった。
『舜が幸福でありますように……って、舜!』
 ぶわあっと溢れ落ちた大量の涙を、誰が止められるのか、止められてやるか。
 どれだけの代償を払う気なんだろう、この男は。
 あの格に、見合うのか、舜は。
「お帰りなさい」
 戻った店舗で、店員が微笑む。名前は覚えていないけど、そばかすのある白い顔が、男の子にしちゃ可愛いと思う。それとも女の子、なのかな?
「一つ売り切れました」
「え? 何が」
「アップルシュガー」
「…どんな味?」
 食べたことないなと覗き込むと、空の容器が一つ、薄赤いクリームと黄色いクリームが付いている。
「意外に甘くないですよ、あたしは好きです」
 あ、女の子だったのか。『僕』も『俺』も女の子も使うけど、『あたし』を使う男の子はまだ少ない。
「残念。次はそれを頼もう。今はチョコミントとストロベリー、バニラキャラメルと…抹茶」
「抹茶?」
「うん、抹茶」
 女の子は目を丸くした。
「大胆な組み合わせですね」
「今までにないでしょ。やってみようと思って」
「トライ精神、いいですね。はい」
 積み上げた4つのアイスをコーンから落とさないように受け取る。
 いいじゃん。
 器用貧乏、やってやろうじゃん。
 知らないことに踏み込んで、色んなものに出くわして、全部禄に話して、びっくりさせて面白がらせて楽しませてやろう。
 一瞬のお楽しみを何百種類も用意して、世界を背負っちゃう相手を笑わせてやろう。
「…では、僕から一つ、プレゼント」
「へ?」
 あれ? 今の声、この子ちょっと違ってない?
「アップルシュガー、1カップだけ残ってるのをお譲りします。常連ですもんね」
 にっこり笑って差し出されたカップを、呆然と受け取る。よくよく見れば、ユニフォームの内側、喉仏がある。ちょっと骨ばった手の作り、そうして乗り出した下半身が僅かに膨らんでいて。
「女の子だと買う人も多いので。不快だったらすみません」
 片目をつぶられた。
 なるほどなあ、声のトーンも少し上げてたんだ。
 役者は舜達だけの商売じゃないってことか。
「やられた!面白かったよ、次も買うね」
「毎度あり」
 店員は高めのトーンで返してにっこり笑った。
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