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2.BLUE RAIN
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「おい、こら、よそ見するな」
声と同時にシーンに頭を叩かれた。
張り込み中に油断していたわけではない。横をすり抜けた少女が、その実俺と同じROBOTで、しかも特殊な目的のために造られたDOLLだったから、つい興味が湧いて目で追ってしまった。
大きな青い目にいっぱいの涙、それが今にも零れ落ちそうで、その瞬間が見たかった。
「何だ、気に入ったのか」
含み笑いでシーンが尋ねてくる。
「いえ」
「妙な目で見てたぞ」
「妙な目?」
「抱きたいのか?」
尋ねられてきょとんとする。
「抱く?」
「今のはまだガキだぞ」
「今のはDOLLですよ」
「DOLL?」
「愛玩用のROBOTです。ナンバーがない。破損品には見えないけれど」
もう一度、少女が駆け去った方向を振り向いた。
「ナンバー?」
「愛玩用のROBOTは一体一体注文品ですから。注文主の好みが変わったのかもしれないですね」
「ふうん」
シーンは険しい顔で眉をしかめて、走り去った少女を見送る。
「好みが変わった、か……」
ためらったような声で呟いた。
「抱きたいんですか」
「は?」
「彼女は十分満足できる機能とシステムを備えてますよ」
保証してみせたが、より顔をしかめた。
「そういう趣味はない」
「趣味?」
「ROBOT相手に勃たねえよ」
「そういうもんですか」
シーンは俺を訝しげに見た。
「引っ掛かる言い方だな」
「すみません」
「……そういう経験があるのか」
「ええ、まあ少しは」
ひょい、とシーンの眉があがって、すぐに寄せられた。
「人間相手に?」
「ROBOT同士でどうやって『そういうこと』にもつれ込めます?」
「なるほど」
寄せた眉は離れない。
張り込みも一週間。その間ずっと俺と一緒に居る。
枯れるほどの老人でもないから、そういう欲求もそろそろ落ち着かないころではないかと思うのだけど、シーンはそういう気配を見せない。
「なんなら試しますか」
「は?」
「俺相手に試してみますか?」
じろりと睨まれた。
「言っただろ、そういう趣味はない」
「大丈夫なんですか?」
「何が」
「人間には生理的欲求があるんでしょう?」
かちんときた、という顔でシーンが唇を尖らせる。
「俺はお前を便所にする気はねえ」
「便所?」
「生理的欲求ならそういうこった」
なるほど。
そう思いながら、人間の好きなことばを思い出して続けた。
「じゃあ、愛とか」
「よせよ」
シーンは心底うんざりしたように息を吐いた。
「お前こそ疲れてんのか?」
「いえ」
「妙に絡むじゃねえか」
「そういうわけでは」
「今朝からおかしかったな」
「そうですか?」
「すぐに起きなかった」
「ええ、まあ」
俺は夢を見ていたのだ。
真っ青な空から降る雨に打たれて、錆びて崩れて廃棄される夢。
そう伝えると、シーンはますます険しい顔になった。
「ROBOTが夢を見るのか?」
「大抵は不必要な電気刺激を処理するための映像化です」
「は?」
「映像化することによって実現したと認識して消去します」
「忘れてねえじゃねえか」
「そうですね」
「システムエラーか?」
お決まりの台詞がシーンから出て、なぜかいらいらした。
「俺のことは関係ない」
「そっちが言い出したくせに」
「あなたが彼女のことを聞くから」
「お前が見てたからだろ」
なぜだ、と問われて俺は困惑する。
理由は話したはずだ。その他に何を聞きたいのか。
だが、俺の口は勝手に動いてシーンの問いに答えていた。
「彼女も夢の俺のように廃棄されるのだろうな、と」
シーンはじっと俺を見た。
「なんだ」
「え?」
「お前、寂しかったのか」
「寂しい?」
「大丈夫だ」
シーンが笑いながら、もう一度俺の頭を叩いた。
「お前が廃棄処分になったら、俺が花を供えてやるよ」
「花?」
「人間にはそうするんだ」
「そうですか」
答えながらいらいらがおさまってくるのを感じた。
「わかりました」
「ん?」
「あなたが廃棄処分になったら、俺が花を供えます」
「頼む、俺は真っ赤な薔薇がいい」
「薔薇?」
「なんだよ、妙な顔をして」
「あなたに、薔薇」
「引っ掛かる言い方だな」
「いえ」
真っ赤な薔薇。想像して込み上げてくる吐き気に戸惑いながら、実行不可能だと判断した。
「すみません。薔薇、供えられません」
「あん? じゃあ、百合か」
百合を、供える。シーンの墓に。
だめだ、やっぱり吐き気がする。
「百合もいやです」
「じゃあ、ひまわりでいいや」
「いやです」
「わかった、わかった、近くの雑草でいい」
「雑草もいやです」
「おい、花を供えてくれるんじゃなかったのか」
不愉快そうなシーンを見る。そうだ、確かにそう言った。
だが、あの夢の中の俺をシーンに置き換えると吐き気がする。青い雨に打たれて崩れていく体。
「花は供えません」
「わかったよ」
「あなたに花を供えたくありません」
「はいはい、わかった」
「あなたが廃棄処分になる前に俺が廃棄処分になります」
「は?」
「俺はあなたの護衛ですから」
シーンは妙な顔をして俺を見た。
「おい」
「はい」
「システムエラーか」
「違います」
「じゃあ」
シーンが汗臭いタオルを俺の顔に押しつけた。
「泣くな」
声と同時にシーンに頭を叩かれた。
張り込み中に油断していたわけではない。横をすり抜けた少女が、その実俺と同じROBOTで、しかも特殊な目的のために造られたDOLLだったから、つい興味が湧いて目で追ってしまった。
大きな青い目にいっぱいの涙、それが今にも零れ落ちそうで、その瞬間が見たかった。
「何だ、気に入ったのか」
含み笑いでシーンが尋ねてくる。
「いえ」
「妙な目で見てたぞ」
「妙な目?」
「抱きたいのか?」
尋ねられてきょとんとする。
「抱く?」
「今のはまだガキだぞ」
「今のはDOLLですよ」
「DOLL?」
「愛玩用のROBOTです。ナンバーがない。破損品には見えないけれど」
もう一度、少女が駆け去った方向を振り向いた。
「ナンバー?」
「愛玩用のROBOTは一体一体注文品ですから。注文主の好みが変わったのかもしれないですね」
「ふうん」
シーンは険しい顔で眉をしかめて、走り去った少女を見送る。
「好みが変わった、か……」
ためらったような声で呟いた。
「抱きたいんですか」
「は?」
「彼女は十分満足できる機能とシステムを備えてますよ」
保証してみせたが、より顔をしかめた。
「そういう趣味はない」
「趣味?」
「ROBOT相手に勃たねえよ」
「そういうもんですか」
シーンは俺を訝しげに見た。
「引っ掛かる言い方だな」
「すみません」
「……そういう経験があるのか」
「ええ、まあ少しは」
ひょい、とシーンの眉があがって、すぐに寄せられた。
「人間相手に?」
「ROBOT同士でどうやって『そういうこと』にもつれ込めます?」
「なるほど」
寄せた眉は離れない。
張り込みも一週間。その間ずっと俺と一緒に居る。
枯れるほどの老人でもないから、そういう欲求もそろそろ落ち着かないころではないかと思うのだけど、シーンはそういう気配を見せない。
「なんなら試しますか」
「は?」
「俺相手に試してみますか?」
じろりと睨まれた。
「言っただろ、そういう趣味はない」
「大丈夫なんですか?」
「何が」
「人間には生理的欲求があるんでしょう?」
かちんときた、という顔でシーンが唇を尖らせる。
「俺はお前を便所にする気はねえ」
「便所?」
「生理的欲求ならそういうこった」
なるほど。
そう思いながら、人間の好きなことばを思い出して続けた。
「じゃあ、愛とか」
「よせよ」
シーンは心底うんざりしたように息を吐いた。
「お前こそ疲れてんのか?」
「いえ」
「妙に絡むじゃねえか」
「そういうわけでは」
「今朝からおかしかったな」
「そうですか?」
「すぐに起きなかった」
「ええ、まあ」
俺は夢を見ていたのだ。
真っ青な空から降る雨に打たれて、錆びて崩れて廃棄される夢。
そう伝えると、シーンはますます険しい顔になった。
「ROBOTが夢を見るのか?」
「大抵は不必要な電気刺激を処理するための映像化です」
「は?」
「映像化することによって実現したと認識して消去します」
「忘れてねえじゃねえか」
「そうですね」
「システムエラーか?」
お決まりの台詞がシーンから出て、なぜかいらいらした。
「俺のことは関係ない」
「そっちが言い出したくせに」
「あなたが彼女のことを聞くから」
「お前が見てたからだろ」
なぜだ、と問われて俺は困惑する。
理由は話したはずだ。その他に何を聞きたいのか。
だが、俺の口は勝手に動いてシーンの問いに答えていた。
「彼女も夢の俺のように廃棄されるのだろうな、と」
シーンはじっと俺を見た。
「なんだ」
「え?」
「お前、寂しかったのか」
「寂しい?」
「大丈夫だ」
シーンが笑いながら、もう一度俺の頭を叩いた。
「お前が廃棄処分になったら、俺が花を供えてやるよ」
「花?」
「人間にはそうするんだ」
「そうですか」
答えながらいらいらがおさまってくるのを感じた。
「わかりました」
「ん?」
「あなたが廃棄処分になったら、俺が花を供えます」
「頼む、俺は真っ赤な薔薇がいい」
「薔薇?」
「なんだよ、妙な顔をして」
「あなたに、薔薇」
「引っ掛かる言い方だな」
「いえ」
真っ赤な薔薇。想像して込み上げてくる吐き気に戸惑いながら、実行不可能だと判断した。
「すみません。薔薇、供えられません」
「あん? じゃあ、百合か」
百合を、供える。シーンの墓に。
だめだ、やっぱり吐き気がする。
「百合もいやです」
「じゃあ、ひまわりでいいや」
「いやです」
「わかった、わかった、近くの雑草でいい」
「雑草もいやです」
「おい、花を供えてくれるんじゃなかったのか」
不愉快そうなシーンを見る。そうだ、確かにそう言った。
だが、あの夢の中の俺をシーンに置き換えると吐き気がする。青い雨に打たれて崩れていく体。
「花は供えません」
「わかったよ」
「あなたに花を供えたくありません」
「はいはい、わかった」
「あなたが廃棄処分になる前に俺が廃棄処分になります」
「は?」
「俺はあなたの護衛ですから」
シーンは妙な顔をして俺を見た。
「おい」
「はい」
「システムエラーか」
「違います」
「じゃあ」
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