『BLUE RAIN』

segakiyui

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4.SILVER CORD

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 「『グランドファーム』へトータル・チェックに行ってきます」
 ひょいと隣から覗き込んでスープが言った。
「わかった」
「俺がいない間に出かけないでくださいね?」
「あん?」
 デスクから振り仰いでやつを見る。
「時間かかんのか?」
「1~2時間です、ここへ」
 ひょいと片手を上げて自分の首の後ろあたりを探ってみせる。
「銀色のアクセスコードつないで直接情報やりとりしますから、すぐですよ」
「どこ?」
「ここ」
「ふうん?」
 屈み込んだやつの指が示す通り、茶色の髪に手を突っ込んで探ると、ぼんのくぼあたりに僅かな丸いへこみがある。
「ここか?」
「っん」
 指で押さえるとやつが眉をひそめた。
「なんだ?」
「…言っときますけど、ここ、ROBOTの急所です」
「そうなのか?」
「万が一、襲われて危なくなったら、ここをボールペンか何かで貫くだけで、90%機能停止しますから」「へえ」
 スープは見かけは俺より細いが120キロちょいある。大抵のROBOTは異常に重いから、のしかかられただけで普通の人間は動けなくなる。
 これはいいことを聞いたぞとにやにやして、もう一回軽く指先を押し付ける。
「っ」
「効いてる?」
「効いてます」
 やつが苦しそうに呻いて唇を噛み、ひきつった声で続けた。
「システムエラー起こしそうです」
「これぐらいで?」
「だから急所だって」
「そんなに強く押さえてないぞ?」
「シーン、遊ばないでください」
 悪い、とつぶやいて手を引きかけた矢先、隣のファレルがすっとんきょうな声を上げた。
「何だ? こんなとこでキスすんのか?」
「へ?」
「相棒の顔引き寄せて、悩ましい顔させて、昼間っから何やってんだ?」
「おいおい」
 慌てて手を離して顔をしかめる。
「じゃ、いってきますから」
「ああ」
 ほっとしたようにスープが体を起こすのを見遣ると、なぜか急に懐かしい気がした。
「何だ?」
 遠ざかるスープの後ろ姿を見送りながら、ふとファレルを振り返る。
「なあ」
「うん?」
「ROBOTにゲイっているのか?」
「ぶはっ」
 ファレルがコーヒーを吹く。
「何考えてんだ」
「いや、キスシーンに見えたってことは、そういう感じだったのかと」
「俺が言ったのはお前さんのほう」
「俺?」
「そうだろ、あいつの髪に手ぇ突っ込んで、顔を引き寄せて嬉しそうに笑ってちゃ、誰だってそう思う」
「いや、あれはそうじゃなくて」
 言いかけて口をつぐむ。
 あれぐらいでやつが苦しむような弱点をほいほい話していいもんなのか? それともよく知られてることで、俺だけが知らなかったのか?
「ROBOTにゲイも何もないだろ、安心しろよ」
「え……ああ」
「もう10年になるのか」
「そうだな」
「もうすぐだろ、ジェシカの命日」
「そうだな」
「墓参りは」
「そのうちに行く」
「今年も赤い薔薇か」
「ああ」
 苦笑いして、そうだったファレルはあの事件を知ってたんだなと思い出す。
 ジェシカ・キャラハン、つまり俺の女房が死んだのは10年前の粉雪の舞う季節だった。
 結婚したばかりで、粋がって、ぶっ飛んでた俺は、刑事稼業に夢中だった。もうすぐ生まれてくる子どもの性別も気にせず、事件を追い回していた。
「銀色のコード、か」
「何?」
「いや、やつが『グランドファーム』でトータル・チェックを受けるとき、銀色のコードで繋がれるんだそうだ」
「へえ、意味深だな」
「俺のガキには繋がってくれなかった」
「……ああ」
 銀色のコードはしろがねのひも、命のことを指すときく。
 10年前、ジェシカは身重だった。年明けて生まれてくるはずの子どもはぶち切れた一人の男にジェシカごとあの世に連れ去られた。
 その男は、ゲイで俺と組んでいた刑事、ずっと俺に惚れてて、子どもが生まれると聞いて最後の箍を吹っ飛ばした。俺からの伝言だと偽って家に入り込み、ジェシカに泣きながら銃を向けた。
 あんたさえいなければ俺はあいつを手に入れた。そう叫んでいたよと仲間に聞かされて、俺の世界は真っ白になった。
「大丈夫だ」
「ん?」
「ROBOTにゲイはいないさ」
「そうだな」
 けれど、と俺は考える。
 やつは自分をDOLLだと言った。DOLLは特別な注文で作られる。やつはいったい誰に、どんな注文で作られたのだろう。
 ふいと脳裏を掠めたのは、引き寄せた顔の苦しげにしかめた眉と揺れた緑の瞳。
 やつはなぜ俺のところに配属された? 誰の、どういった目的で。
『俺には痛覚機能があるんです』
 真っ青な顔に痛々しい微笑。
『俺相手に試してみますか?』
 夜目に白い、乾いた表情。
『彼女はDOLLとして正しく機能した』
 冷ややかで静かな声。
『何が問題なんです?』。
  そうだ、問題は何もないのかもしれない。
「シーン?」
「大丈夫だ」
 ファレルに笑う。
「やつはROBOTだ」

 『グランドファーム』の一室、繭のような半透明のカプセルに衣服を全て脱ぎ捨てて横たわる。首近くに突き出して伸びている銀色のコードを取り上げ、髪をかきあげてゆっくりと突き刺す。
「くっ」
 いつまでたってもこの瞬間の感覚が辛い。首から入って喉元を突き破っていくような異物感。
 呼吸が乱れたのを、何度か大きく息をして落ち着く。
『おかえりなさい、SUP/20032』
「始めます」
『何か変化は?』
「名前をつけられました、スープです」
『それはよかった、いい名前です』
「彼は知っているのでしょうか」
『知らないはずです。混沌のスープですか?』
「それを考えて反応が遅れました」
『大丈夫でしょう』
 柔らかな声が頭の内側に響く。
 隠しようもなく見定められる、全ての感覚と思考。
 暴かれているというよりは、素通しのガラスケースの中で横たわる透明な人形のイメージ。
 どこからでも、どこまででも、望むままに確認できる。
『他には』
「ROBOTの痛覚機能について怒ってます」「廃棄処分になった俺に花を供えてくれるそうです」「破壊されたDOLLを放置したら殴られました」
『なるほど。君はどうでしたか』
「システムエラーが時々でます、損傷はないんですが」「シーンの廃棄処分は不愉快です」「DOLLの口に赤い靴が突っ込まれてて苦痛でした」「シーンに触れられるのは」
 急にことばがうまく繋がらなくなった。
「すみません、システムエラーです」
『わかりました、問題はありません』
「疑問があります」
『何ですか?』
「なぜ、俺だったんですか?」
『どういう意味ですか?』
「シーンの回収になぜ俺なんですか? 彼はゲイではありません」
『女性型ではだめです』
「なぜ?」
『彼は死亡した妻、ジェシカを深く愛しています。どんな女性もまだ彼女の代用にはならない』
「そう、ですか」
 一瞬、またシステムエラーが出た気がした。
『どうしました?』
「涙が出ます」
『そういう機能はありません』
「でも出ます」
『チェックしておきます』
「B.P.のせいでしょうか」
『確認します』
「それに」
 俺はさっきのことを思い出した。
『それに?』
「さっきポイントを教えました」
『賢明です』
「狙われている自覚がありません」
『だからこその君です』
「でも」
『何ですか』
 喉がまた詰まった。出ないはずの涙がぼろぼろ視界を濡らしていく。
「ポイントを触られたとき、動けませんでした」
 いくら弱点だとは言え、押さえられただけで普通は機能停止などはしない。
「なぜですか?」
 声はしばらく戻ってこなかった。やがて、
『問題はありません。トータル・チェックを終了します』
 静かに告げられた内容に、俺は唇を噛んで、銀色のコードを引き抜いた。
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