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第5章
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声が蘇る。
美並が大事だなー。
…あきくん。
ずっと一人でいく気か?。いい人はいないの?
…お父さん、お母さん。
知らないはずも、なかったか。
気づかぬはずも、なかったか。
見えるから背負った重荷が重すぎて、周囲の心配も不安も見ないふりをしなければ抱えられなかった。
美並はいつから『自分』を見るのを止めてしまったのだろう。ハルはとっくに指摘していたのに、自分の中にある『支配』を見ていないと動けなくなると。
それがあると知らされて、見るのが余計に怖くなった。『羽鳥』を追うのに踏ん切りがつかなくなったのも、同じ『支配』を見てしまったとき、『羽鳥』側に行かないとの確信がなくなったからだ。大輔や恵子に自分と同じ匂いを感じ取り、『支配』を望み受け入れる真崎に魅かれながらも警戒したのは、いつか真崎限定のはずの自分の『支配』が、はみ出して周囲を傷つけるのではないかと恐れたためだ。
そうなったら自分を切り捨てると決めていた、人の側から消え失せると。
だから明が案じ、宇野が背負うなと言い、真崎が繰り返し不安に陥る。
表の気持ちより底の決意を、密かに見ていたから。
「美並…っ…美並…っ」
焦ったそうな真崎の声が耳に響く、甘い欲望に飲み込まれながら、歓びを訴えて来る高まりで。
「…京介…」
「っ」
タオルを開いて真崎を迎え入れる。息を吐いた真崎が体を沈めてくるのを受け入れる。
「ああ…っ」
抱き寄せた腕から滑った真紅の刃が真崎の腰に飛び込んで行く。悲鳴を上げて押し入れて来る圧を堪えながら、真崎を通し一巡して戻ってきた刃もろとも飲み込んで行く。
「……あああ」
真崎の声が蕩けた。震えが走る。
「ま…って、みな、み…僕…」
今にも駆け上がりそうな真崎が息を切らせて引き抜く。顔をしかめて枕元を探る。気づいて昨夜置かれていた包みを見つけて渡せば、眉を寄せた真崎が噛み破った袋から中身を取り出し手を下ろした。
「く、ふっ」
苦しそうに息を吐く。準備を済ませてもう一度滑り込んで来ると、今度はためらうことなく美並を引き寄せる。波が押し寄せ、真崎が肩に顔を埋め、その首を抱きながら美並は目を開く。
なんて、綺麗な。
遠くに光の蝶が舞う。
その内側を紫から真紅の刃が跳ねて次々真崎に降り落ちていく。真崎は刃に貫かれ剥がされて、喘ぎながら声を上げる。紅の光が弾け散って、雨の雫のように美並の緑色の層に滴り落ちる。
「ああ…っあ……っ」
「っん……っ」
緑の層が潤う。硬質な光の重なりが紅の雫に浸され満たされ、厚みを増して膨れ上がり、唐突に剥がれ始めた。
なに?
剥かれる。
美並のこれまで纏って来た全てが、ぼろぼろと剥がれ落ちていく。
命を背負い、運命を背負い、人を背負い、関わりを背負い。
「美並……?」
駆け上がりかけていた真崎が不安そうに抱きしめて来る。
「…どこ…行くの…っ」
「どこ、にも…」
掠れた声で美並は応じた。
溢れ始めた涙が止まらなくなり、唐突に理解する。
たぶん、真崎も、同じ涙を流したのだ。
美並が大事だなー。
あのことばに含まれていた、何か懐かしい、宇野とよく似たニュアンスの、明や両親や、今まで見過ごして来た多くの人達の中、見えている、見ていると思っていたその内側、光の蝶の下の甘い紅や、紫の刃の下の緑のように存在する何か。
あなたがあなたである証。
私が私である意味。
それをただ、守りたい。
「どこにも、行きません」
真崎を抱き締める、強く深く引き入れる。
「…っう」
弾ける真崎の耳に囁く。
「あなたの、側に」
「あっ」
「ずっと、ここに」
「んーっ」
仰け反る真崎の胸に吸い付く。徴を残す、赤く強く。
『支配』が人を傷つけ苦しめる存在なのに、なぜ在るのか。
簡単なことだ、ただそれはこう訴えている。
私の居場所をここにくれ。
私はここに居たいんだ。
なぜならここが。
「み、なみ、ぃ…っ」
私にとって。
「きょう、すけ…っ」
ただ一つの世界だから。
二人で駆け上がる、抱き締め合って、弾む呼吸も慌ただしく躍る鼓動も、互いの体に感じ取りながら、感覚が落ちていくのも一緒に味わう。
はぁう、と真崎が深い息を吐いて力を抜いた。
「ちょっと待ってね」
少し体を離し、外したものの始末をする。
「…あー……仕事行きたくない……このまま美並とずーっと居たい…」
甘えた声でぼやきながらもう一度抱き締めてくる真崎の胸についたキスマークを美並は見つめた。
これから『羽鳥』は居場所を失う。
少しずつ狭められた包囲網に、ただ一つと思っていた世界を奪われる。
その時『羽鳥』は、何をしようとするのだろう。
美並が大事だなー。
…あきくん。
ずっと一人でいく気か?。いい人はいないの?
…お父さん、お母さん。
知らないはずも、なかったか。
気づかぬはずも、なかったか。
見えるから背負った重荷が重すぎて、周囲の心配も不安も見ないふりをしなければ抱えられなかった。
美並はいつから『自分』を見るのを止めてしまったのだろう。ハルはとっくに指摘していたのに、自分の中にある『支配』を見ていないと動けなくなると。
それがあると知らされて、見るのが余計に怖くなった。『羽鳥』を追うのに踏ん切りがつかなくなったのも、同じ『支配』を見てしまったとき、『羽鳥』側に行かないとの確信がなくなったからだ。大輔や恵子に自分と同じ匂いを感じ取り、『支配』を望み受け入れる真崎に魅かれながらも警戒したのは、いつか真崎限定のはずの自分の『支配』が、はみ出して周囲を傷つけるのではないかと恐れたためだ。
そうなったら自分を切り捨てると決めていた、人の側から消え失せると。
だから明が案じ、宇野が背負うなと言い、真崎が繰り返し不安に陥る。
表の気持ちより底の決意を、密かに見ていたから。
「美並…っ…美並…っ」
焦ったそうな真崎の声が耳に響く、甘い欲望に飲み込まれながら、歓びを訴えて来る高まりで。
「…京介…」
「っ」
タオルを開いて真崎を迎え入れる。息を吐いた真崎が体を沈めてくるのを受け入れる。
「ああ…っ」
抱き寄せた腕から滑った真紅の刃が真崎の腰に飛び込んで行く。悲鳴を上げて押し入れて来る圧を堪えながら、真崎を通し一巡して戻ってきた刃もろとも飲み込んで行く。
「……あああ」
真崎の声が蕩けた。震えが走る。
「ま…って、みな、み…僕…」
今にも駆け上がりそうな真崎が息を切らせて引き抜く。顔をしかめて枕元を探る。気づいて昨夜置かれていた包みを見つけて渡せば、眉を寄せた真崎が噛み破った袋から中身を取り出し手を下ろした。
「く、ふっ」
苦しそうに息を吐く。準備を済ませてもう一度滑り込んで来ると、今度はためらうことなく美並を引き寄せる。波が押し寄せ、真崎が肩に顔を埋め、その首を抱きながら美並は目を開く。
なんて、綺麗な。
遠くに光の蝶が舞う。
その内側を紫から真紅の刃が跳ねて次々真崎に降り落ちていく。真崎は刃に貫かれ剥がされて、喘ぎながら声を上げる。紅の光が弾け散って、雨の雫のように美並の緑色の層に滴り落ちる。
「ああ…っあ……っ」
「っん……っ」
緑の層が潤う。硬質な光の重なりが紅の雫に浸され満たされ、厚みを増して膨れ上がり、唐突に剥がれ始めた。
なに?
剥かれる。
美並のこれまで纏って来た全てが、ぼろぼろと剥がれ落ちていく。
命を背負い、運命を背負い、人を背負い、関わりを背負い。
「美並……?」
駆け上がりかけていた真崎が不安そうに抱きしめて来る。
「…どこ…行くの…っ」
「どこ、にも…」
掠れた声で美並は応じた。
溢れ始めた涙が止まらなくなり、唐突に理解する。
たぶん、真崎も、同じ涙を流したのだ。
美並が大事だなー。
あのことばに含まれていた、何か懐かしい、宇野とよく似たニュアンスの、明や両親や、今まで見過ごして来た多くの人達の中、見えている、見ていると思っていたその内側、光の蝶の下の甘い紅や、紫の刃の下の緑のように存在する何か。
あなたがあなたである証。
私が私である意味。
それをただ、守りたい。
「どこにも、行きません」
真崎を抱き締める、強く深く引き入れる。
「…っう」
弾ける真崎の耳に囁く。
「あなたの、側に」
「あっ」
「ずっと、ここに」
「んーっ」
仰け反る真崎の胸に吸い付く。徴を残す、赤く強く。
『支配』が人を傷つけ苦しめる存在なのに、なぜ在るのか。
簡単なことだ、ただそれはこう訴えている。
私の居場所をここにくれ。
私はここに居たいんだ。
なぜならここが。
「み、なみ、ぃ…っ」
私にとって。
「きょう、すけ…っ」
ただ一つの世界だから。
二人で駆け上がる、抱き締め合って、弾む呼吸も慌ただしく躍る鼓動も、互いの体に感じ取りながら、感覚が落ちていくのも一緒に味わう。
はぁう、と真崎が深い息を吐いて力を抜いた。
「ちょっと待ってね」
少し体を離し、外したものの始末をする。
「…あー……仕事行きたくない……このまま美並とずーっと居たい…」
甘えた声でぼやきながらもう一度抱き締めてくる真崎の胸についたキスマークを美並は見つめた。
これから『羽鳥』は居場所を失う。
少しずつ狭められた包囲網に、ただ一つと思っていた世界を奪われる。
その時『羽鳥』は、何をしようとするのだろう。
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