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第5章
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報道が始まった。
「はぁあ…」
美並が実家に戻った時に居合わせた明は、案じる両親に変わって美並を質問責めにした挙句、深々と溜め息をついて胡座を組んだ。
「すごいことになってんなあ」
大丈夫かな、京介。
あっさりと心配してくれる弟の気持ちが嬉しい。
「大丈夫、私が居るから」
「言うねえ」
「言います」
さすがにちょっと気恥ずかしくなりながら応じると、苦笑した明が、
「まあ全部親には話せないけど、少しは話したほうがいいよ。こっちでも…結構な噂になってる」
「どんな噂が出てる?」
「んー」
明は困った顔でがしがしと頭を掻き、考え悩みながら話してくれる。
曰く、真崎大輔は家族全員と関係を持っていた。特に弟との関係は奔放で弟は兄に性的に飼い慣らされていた。『ニット・キャンパス』の資金を横領、参加できない企業から裏金を受け取り、時には性的な接待を要求していた。また大学時代から売春サークルを動かしていて被害者は数十人に上る。桜木通販も裏口参加した一社で、弟が体を代償にしたらしい。弟は売春サークルで身体を売らされていて、覚醒剤をやって捕まったこともあるらしい。
「…当たらずと雖も遠からず、ね」
孝の話が混在してしまったのだろう。
「…かなりかけ離れてんのかと思ったけれど、そうでもないあたりがなあ」
明が溜め息を重ねる。
「また京介が無駄にイケメンだしなあ。ネットに画像が拡散しかけて、どっかの人権団体が反発したんだろうね、慌てて削除されまくってた」
「無駄にって」
思わずくすくす笑うと、明が不思議そうな顔で振り向いた。
「明るいね、美並」
「そう?」
「うん、思ったよりずっと元気で、ずっと楽しそう」
修羅場じゃないの?
「正念場ね。でも、勝つつもりだから」
「姉ちゃんが言うなら勝つだろうね」
「…明」
「ん?」
「…結婚しにくくなったらごめんね」
「大丈夫」
にっと明が笑う。
「俺も勝つつもりだから」
「明が言うなら勝つわね」
「勝つさ」
微笑む弟の脳裏に七海の姿が浮かんでいることは間違いない。
「父さん達もさ、美並が帰ってきたのを見て、ずいぶん安心してた」
「そう?」
「もし、疚しい気持ちがあるなら、あんな風に笑顔で帰って来ないだろうって。俺にはそこのところがよくわかんなかったけど、人生を選び取った顔をしてるってさ。それと」
「うん」
コーヒーを取り上げ、ゆっくり飲んだ明が、静かに続ける。
「今度こそ、私達も美並を選ぶ、と言ってた」
がつっと頭を殴られたような気がした。
一旦戻っておいで、そう呼ばれたのは桜木通販や真崎京介の噂を聞いたからだと思っていた。大石とのことで傷ついた美並を案じてくれていたのはわかっている、けれど今度はどんな結末が待とうとも、退きもしなければ怯みもしない、そう言う決意を漲らせて戻った。
もし真崎と結ばれることで親子の縁を切ると言うなら、それもまた受け入れよう。
今度こそ、美並は自分の能力をしっかり抱えて生きていく、この先たった一人になっても。
けれどそんな美並の覚悟をさらりと超えて、両親は美並の基盤を支えようとしてくれたのか。
「あのさあ、美並」
明が目を細める。
「『そんなこと』ぐらいで一人になるって決めないでくれ」
微かに怒りの気配があった。
「俺だって、タカ先輩のことを知ってる、京介とも知り合っている」
姉ちゃんほどではなくても、この目はしっかり見てきている。
「ムカつくよ、タカ先輩みたいな人が、訳のわからねえ他人の理屈で良いように殺されたこと。京介のことだって、蹴ったのは蹴られたほうが蹴りやすい顔をしてたからだなんてふざけた理論、聞く気はねえ」
かつりと音を立てて置いたカップ、激しい動作を堪えるように指を組む。
「俺だって七海だって、大事だと思うもののために闘うことぐらいできる」
見くびるなよ、姉ちゃん。
「もう小学生じゃねえんだ、いつまでも庇ってくれなくていいよ」
「あきくん」
そんなつもりは、と言いかけた美並のことばを、目線一つで封じる。
「信じてくれよ、俺達は力になれる」
懇願するような声音だった。
「もうちゃんと、姉ちゃんを守るために闘える」
震える指先に勘違いに気づいた。
「あき、くん…」
がっかりさせていたのだ、美並が明を庇うたびに。
あなたでは足りない、あなたでは弱い、美並一人さえ守れないほど。
そう密かに言い放っていた。
守っているつもりで傷つけていたと初めて知った。
「…嬉しかったよ、『ハイウィンド・リール』で当てにしてくれたの」
微かに俯く。
「京介がヤバい時に、何を喜んでるんだと思ったけれど、嬉しかったんだ、あいつに一泡吹かせる美並の手伝いができて」
俺はずっと、叫びたかった。
「美並が正しい、って」
ぎりっ。
明が噛み締めた歯が鳴る音に、ことばを失った。
「はぁあ…」
美並が実家に戻った時に居合わせた明は、案じる両親に変わって美並を質問責めにした挙句、深々と溜め息をついて胡座を組んだ。
「すごいことになってんなあ」
大丈夫かな、京介。
あっさりと心配してくれる弟の気持ちが嬉しい。
「大丈夫、私が居るから」
「言うねえ」
「言います」
さすがにちょっと気恥ずかしくなりながら応じると、苦笑した明が、
「まあ全部親には話せないけど、少しは話したほうがいいよ。こっちでも…結構な噂になってる」
「どんな噂が出てる?」
「んー」
明は困った顔でがしがしと頭を掻き、考え悩みながら話してくれる。
曰く、真崎大輔は家族全員と関係を持っていた。特に弟との関係は奔放で弟は兄に性的に飼い慣らされていた。『ニット・キャンパス』の資金を横領、参加できない企業から裏金を受け取り、時には性的な接待を要求していた。また大学時代から売春サークルを動かしていて被害者は数十人に上る。桜木通販も裏口参加した一社で、弟が体を代償にしたらしい。弟は売春サークルで身体を売らされていて、覚醒剤をやって捕まったこともあるらしい。
「…当たらずと雖も遠からず、ね」
孝の話が混在してしまったのだろう。
「…かなりかけ離れてんのかと思ったけれど、そうでもないあたりがなあ」
明が溜め息を重ねる。
「また京介が無駄にイケメンだしなあ。ネットに画像が拡散しかけて、どっかの人権団体が反発したんだろうね、慌てて削除されまくってた」
「無駄にって」
思わずくすくす笑うと、明が不思議そうな顔で振り向いた。
「明るいね、美並」
「そう?」
「うん、思ったよりずっと元気で、ずっと楽しそう」
修羅場じゃないの?
「正念場ね。でも、勝つつもりだから」
「姉ちゃんが言うなら勝つだろうね」
「…明」
「ん?」
「…結婚しにくくなったらごめんね」
「大丈夫」
にっと明が笑う。
「俺も勝つつもりだから」
「明が言うなら勝つわね」
「勝つさ」
微笑む弟の脳裏に七海の姿が浮かんでいることは間違いない。
「父さん達もさ、美並が帰ってきたのを見て、ずいぶん安心してた」
「そう?」
「もし、疚しい気持ちがあるなら、あんな風に笑顔で帰って来ないだろうって。俺にはそこのところがよくわかんなかったけど、人生を選び取った顔をしてるってさ。それと」
「うん」
コーヒーを取り上げ、ゆっくり飲んだ明が、静かに続ける。
「今度こそ、私達も美並を選ぶ、と言ってた」
がつっと頭を殴られたような気がした。
一旦戻っておいで、そう呼ばれたのは桜木通販や真崎京介の噂を聞いたからだと思っていた。大石とのことで傷ついた美並を案じてくれていたのはわかっている、けれど今度はどんな結末が待とうとも、退きもしなければ怯みもしない、そう言う決意を漲らせて戻った。
もし真崎と結ばれることで親子の縁を切ると言うなら、それもまた受け入れよう。
今度こそ、美並は自分の能力をしっかり抱えて生きていく、この先たった一人になっても。
けれどそんな美並の覚悟をさらりと超えて、両親は美並の基盤を支えようとしてくれたのか。
「あのさあ、美並」
明が目を細める。
「『そんなこと』ぐらいで一人になるって決めないでくれ」
微かに怒りの気配があった。
「俺だって、タカ先輩のことを知ってる、京介とも知り合っている」
姉ちゃんほどではなくても、この目はしっかり見てきている。
「ムカつくよ、タカ先輩みたいな人が、訳のわからねえ他人の理屈で良いように殺されたこと。京介のことだって、蹴ったのは蹴られたほうが蹴りやすい顔をしてたからだなんてふざけた理論、聞く気はねえ」
かつりと音を立てて置いたカップ、激しい動作を堪えるように指を組む。
「俺だって七海だって、大事だと思うもののために闘うことぐらいできる」
見くびるなよ、姉ちゃん。
「もう小学生じゃねえんだ、いつまでも庇ってくれなくていいよ」
「あきくん」
そんなつもりは、と言いかけた美並のことばを、目線一つで封じる。
「信じてくれよ、俺達は力になれる」
懇願するような声音だった。
「もうちゃんと、姉ちゃんを守るために闘える」
震える指先に勘違いに気づいた。
「あき、くん…」
がっかりさせていたのだ、美並が明を庇うたびに。
あなたでは足りない、あなたでは弱い、美並一人さえ守れないほど。
そう密かに言い放っていた。
守っているつもりで傷つけていたと初めて知った。
「…嬉しかったよ、『ハイウィンド・リール』で当てにしてくれたの」
微かに俯く。
「京介がヤバい時に、何を喜んでるんだと思ったけれど、嬉しかったんだ、あいつに一泡吹かせる美並の手伝いができて」
俺はずっと、叫びたかった。
「美並が正しい、って」
ぎりっ。
明が噛み締めた歯が鳴る音に、ことばを失った。
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