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第5章
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実家から戻りながら、美並は流れる電車の風景を見つめていた。
いつもこんな風に世界を見ていた気がする。
流れ去るもの、止められないもの、自分には関係がないものとして。
けれどそうではなかった。
美並が世界を無視していただけで、本当は世界はずっと美並を見守っていたのかもしれない、明のように、時に苛立ちながら、時に心配しながら。
美並、美並、あんた本当に大丈夫?
「っ」
駅に降り立った途端に動いた携帯に我に返る。
真崎かと思ったが、違った。
「ハルくん?」
『どこ?』
相変わらず突然で唐突な関わり方だ。映画からこっち、ずっと連絡をとっていなかったのに、昨日会ったばかりのように尋ねてくる。
駅名を告げると、
『話』
「わかった。いいよ」
どうせならホームに居る方が目立たないかとベンチに座る。
『記事』
「…見たの?」
『赤?』
「うん。誰かもうわかったよ」
『居た?』
「確認した」
ハルと話すのは相変わらず短いやり取りで全てが伝わる感覚がある。
しばらくハルは応答しなかった。
『タイル』
「え? ああ」
映画の後で渡されたタイル。僅かにピンクが入っているような鮮やかな紅。幼いハルと一緒に居た、あの時の美並の色。
愛情の色だ、と思った。渡されたタイルの色は、真崎の内側に見た色とよく似ている。
様々な感情の奥に、気持ちと体を触れ合わせた瞬間に溢れ出す、愛しい切なさの色。
同時に思い出したもう一色。
腐った血の色。
あれは『支配』の色、けれど同じ赤の系統だ。
『指紋?』
「え?」
尋ねられて瞬きする。
誰がいつ、そんなことをハルに知らせたのだろう。
『認識』
「……うん、そうなんだ」
『羽鳥』が赤来だとはわかった。状況証拠は集まって重なって行く。けれども決定打がまだ手に入らない。
ハルには赤城課長の名前は知らせないつもりだった。基本的にはハルには関係ないし、関わったのは幼い頃だけだ。
「でも、大丈夫。『ニット・キャンパス』は絶対開催するし、成功させるよ」
『ふうん』
ぼそりとハルが唸った。
『そうやって美並は僕を遠ざけるつもりなんだ?』
流暢なことばに返答するのを戸惑っていると、
『明日』
「はい?」
ぷつんと通話は切れた。
「……明日?」
美並は眉を寄せて立ち上がった。
「明日って……なに?」
首を傾げていると、続けて携帯が鳴る。
今度も真崎ではなかった。
『元気かい、オカルト巫女さん』
「檜垣さん」
『定着したよな、この名前』
くっくっと檜垣が嗤った。
『時計。見つかったぜ』
「見つかった?」
『まあ厳密に言えば、同じ時計を赤来が持っているのは確認したってことだが』
檜垣は楽しげに続ける。
『どこで買ったかはわからなかったが、一度故障してたんだよ』
「故障…」
『モノがモノだけに、ここらの小さな店じゃあ修理できない。本社に送って修理して、もう一度店に送ってる。そこで見つけた』
「…よくまあ…見つけましたね」
確かに修理に出したなら、受取手の名前も連絡先も確認するだろう。
『受け取りに来たのは、赤来本人だ、裏が取れた』
まさか、そんなものが自分に繋がるとは思っていなかっただろう。
『映像を詳しく確認してるけど、全く同じその時計かって言うと、そこまでは詰められない。せいぜい、同じ時計を持っているし、行為が行われていた時間にホテルをうろうろしているから、任意同行願いたい、どまりだ』
「はい」
『飯島と大輔は押さえてる、その二人との繋がりが欲しい』
「指紋、ですよね」
美並は溜め息をついた。
「クリアファイルで取ろうとしたけど、駄目でした」
『おいおい、ぎりぎりなことするなあ、オカルト巫女さん』
「でも、『羽鳥』は赤来課長です」
『その御託宣を、現実に何とか持ち込んでくれ』
檜垣が声を低めた。
『有沢さんが大人しくしてるうちに』
「何か……既に触っていたものが見つかればいいんんですが」
『……警戒してくるだろうぜ、これからはもっと。コップとかPCとかもおいそれと触ったままにしてくれねえだろう、持ち出すのも難しいが………ああ、書類とかの紙も残りやすいんだけど』
「書類は…難しいでしょう?」
美並は眉を寄せる。
「触る人間が多すぎるのでは?」
『その通りだ。赤来単独か、赤城と他数人しか触ってないようなものがあれば、確認できるんだが』
赤来と数人だけが触れているようなもの。
「…探して見ます」
『気をつけるんだぜ、オカルト巫女さん』
檜垣が真面目な口調になった。
『俺も一応あんたの安全は気にしてる』
「…ありがとうございます」
美並は微笑んだ。
「有沢さんのために、ですよね」
『当然だろ』
他にどんな理由があるんだよ。
悪ぶったことばに笑みを深める。
必死だ、檜垣も。そうでなければ、こんな短時間に時計と赤来を結びつけてこれはしない。
「結婚のお祝いをしてくれるそうです」
『は?』
「一席設けたいと言われています」
『一人で行くな』
檜垣が凄んだ。
『いいか、一人で行くなよ、誰もいなけりゃ付き合ってやるから連絡しろ』
あんたが襲われるところを現行犯で捕まえられりゃ、苦労しねえからな。
「手がなければ、そうします」
『了解だ、オカルト巫女さん』
怖えオンナ。
呟きを残して通話は切れた。
いつもこんな風に世界を見ていた気がする。
流れ去るもの、止められないもの、自分には関係がないものとして。
けれどそうではなかった。
美並が世界を無視していただけで、本当は世界はずっと美並を見守っていたのかもしれない、明のように、時に苛立ちながら、時に心配しながら。
美並、美並、あんた本当に大丈夫?
「っ」
駅に降り立った途端に動いた携帯に我に返る。
真崎かと思ったが、違った。
「ハルくん?」
『どこ?』
相変わらず突然で唐突な関わり方だ。映画からこっち、ずっと連絡をとっていなかったのに、昨日会ったばかりのように尋ねてくる。
駅名を告げると、
『話』
「わかった。いいよ」
どうせならホームに居る方が目立たないかとベンチに座る。
『記事』
「…見たの?」
『赤?』
「うん。誰かもうわかったよ」
『居た?』
「確認した」
ハルと話すのは相変わらず短いやり取りで全てが伝わる感覚がある。
しばらくハルは応答しなかった。
『タイル』
「え? ああ」
映画の後で渡されたタイル。僅かにピンクが入っているような鮮やかな紅。幼いハルと一緒に居た、あの時の美並の色。
愛情の色だ、と思った。渡されたタイルの色は、真崎の内側に見た色とよく似ている。
様々な感情の奥に、気持ちと体を触れ合わせた瞬間に溢れ出す、愛しい切なさの色。
同時に思い出したもう一色。
腐った血の色。
あれは『支配』の色、けれど同じ赤の系統だ。
『指紋?』
「え?」
尋ねられて瞬きする。
誰がいつ、そんなことをハルに知らせたのだろう。
『認識』
「……うん、そうなんだ」
『羽鳥』が赤来だとはわかった。状況証拠は集まって重なって行く。けれども決定打がまだ手に入らない。
ハルには赤城課長の名前は知らせないつもりだった。基本的にはハルには関係ないし、関わったのは幼い頃だけだ。
「でも、大丈夫。『ニット・キャンパス』は絶対開催するし、成功させるよ」
『ふうん』
ぼそりとハルが唸った。
『そうやって美並は僕を遠ざけるつもりなんだ?』
流暢なことばに返答するのを戸惑っていると、
『明日』
「はい?」
ぷつんと通話は切れた。
「……明日?」
美並は眉を寄せて立ち上がった。
「明日って……なに?」
首を傾げていると、続けて携帯が鳴る。
今度も真崎ではなかった。
『元気かい、オカルト巫女さん』
「檜垣さん」
『定着したよな、この名前』
くっくっと檜垣が嗤った。
『時計。見つかったぜ』
「見つかった?」
『まあ厳密に言えば、同じ時計を赤来が持っているのは確認したってことだが』
檜垣は楽しげに続ける。
『どこで買ったかはわからなかったが、一度故障してたんだよ』
「故障…」
『モノがモノだけに、ここらの小さな店じゃあ修理できない。本社に送って修理して、もう一度店に送ってる。そこで見つけた』
「…よくまあ…見つけましたね」
確かに修理に出したなら、受取手の名前も連絡先も確認するだろう。
『受け取りに来たのは、赤来本人だ、裏が取れた』
まさか、そんなものが自分に繋がるとは思っていなかっただろう。
『映像を詳しく確認してるけど、全く同じその時計かって言うと、そこまでは詰められない。せいぜい、同じ時計を持っているし、行為が行われていた時間にホテルをうろうろしているから、任意同行願いたい、どまりだ』
「はい」
『飯島と大輔は押さえてる、その二人との繋がりが欲しい』
「指紋、ですよね」
美並は溜め息をついた。
「クリアファイルで取ろうとしたけど、駄目でした」
『おいおい、ぎりぎりなことするなあ、オカルト巫女さん』
「でも、『羽鳥』は赤来課長です」
『その御託宣を、現実に何とか持ち込んでくれ』
檜垣が声を低めた。
『有沢さんが大人しくしてるうちに』
「何か……既に触っていたものが見つかればいいんんですが」
『……警戒してくるだろうぜ、これからはもっと。コップとかPCとかもおいそれと触ったままにしてくれねえだろう、持ち出すのも難しいが………ああ、書類とかの紙も残りやすいんだけど』
「書類は…難しいでしょう?」
美並は眉を寄せる。
「触る人間が多すぎるのでは?」
『その通りだ。赤来単独か、赤城と他数人しか触ってないようなものがあれば、確認できるんだが』
赤来と数人だけが触れているようなもの。
「…探して見ます」
『気をつけるんだぜ、オカルト巫女さん』
檜垣が真面目な口調になった。
『俺も一応あんたの安全は気にしてる』
「…ありがとうございます」
美並は微笑んだ。
「有沢さんのために、ですよね」
『当然だろ』
他にどんな理由があるんだよ。
悪ぶったことばに笑みを深める。
必死だ、檜垣も。そうでなければ、こんな短時間に時計と赤来を結びつけてこれはしない。
「結婚のお祝いをしてくれるそうです」
『は?』
「一席設けたいと言われています」
『一人で行くな』
檜垣が凄んだ。
『いいか、一人で行くなよ、誰もいなけりゃ付き合ってやるから連絡しろ』
あんたが襲われるところを現行犯で捕まえられりゃ、苦労しねえからな。
「手がなければ、そうします」
『了解だ、オカルト巫女さん』
怖えオンナ。
呟きを残して通話は切れた。
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