『ラズーン』第六部

segakiyui

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1.運命(さだめ)のもとに(14)

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(無骨そうだけど、優しい方だわ)
 レアナは、レスファートを抱き上げて不器用に慰めるイルファに、優しい微笑を送った。
 始めはいかついばかりの荒々しい男かと思っていたが、レスファートやリディノ、もちろんレアナに対する態度は優しい仕草とはほど遠いながらも、気を配られたものであることがわかっている。
(この方達は、本当にユーノを大切にしてくれている)
 イルファやレスファートに限らず、アシャやミダス公、その他の人々に至るまで、ことばの端々にユーノへの温かな思いやりを読み取って、レアなはいつもほっとした。が、それと同時に、省みて肉親である自分はどうだろうと考えると、今まで感じたことのない、妙に割り切れない複雑な気持ちを抱くのも事実だった。
 幼い頃からレアナは父母同様、ユーノを愛し慈しんできたつもりだった。利かん気で無鉄砲なこの一番目の妹が、多少姫君としての気品に欠けていようが、少女としての優しさより少年としての逞しさを多く持っていようが、ユーノはユーノ、そのうちには娘らしくなるだろうと見守って行くつもりだった。だが、レアナがそんな風にユーノを見ている裏で、ユーノはカザドと戦って全身に傷を負い、その痛みを1人で耐え、レアナどころか父母にさえう打ち明けることなく悩み苦しんでいたと言うのだ。
 どうして私は気づかなかったのかと言う思いと裏腹に、どうしてユーノは、たとえ父母には言わなくとも、幼い頃より慈しみあってきた自分、レアナに、窮状を打ち明けてはくれなかったのかと言う気持ちも存在していた。
 理由を問うても、ユーノは明答しなかった。どこか寂しそうに笑って、いつか見た翳りを一瞬瞳の奥に揺蕩わせて、「私があまりにも私だったから」と答えにもならない答えを返したきりだった。『姉様のせいじゃないし、父さまや母さまのせいでもないんだ。ただ、私はあまりにも「ユーノ」で、その私が選んだのがこう言う道だっただけなんだ』
 そう言ったユーノの眼にすでに影はなかった。
 アシャもまた同じで、おそらくはユーノの傷の理由を、ユーノ以外には一番よく知っているだろうと思われる彼でも、「ユーノが居て、それであなたやセレドが守れた、そう言うことなんです」と応じたのみ、それ以上の問いには答えられないと口を噤んだ。
 なるほど、ユーノには何かの理由があった、レアナは自分の命がユーノの犠牲の上に守られてきたと言うことだけを知っていれば良いのだ、そう言われれば頷くしかない。頷くしかないが……それでも、人の感情は時に思いやりさえ疎ましく感じるものだ。

 出立の前夜、別れを告げに来たユーノに、レアナは静かに問いかけた。
「ユーノ」
「何?』
「…私は今でもわからないのよ。どうして、あなたは私に打ち明けてはくれなかったの?」
「…」
 無言で見つめ返したユーノの眼の色が深くなる。
「今から考えるとたまらないわ。あなたが毎夜毎夜危ない目に遭っていたのに、私は夜会を楽しんでいたのですもの」
「…姉さま」
 ついと目を伏せて、ユーノは答えた。
「いいんだよ。私がそうしたかったんだから。誰のせいでもないし…誰も恨んでいない」
「でも、ユーノ」
 心の苦しさに言葉を継ぐ。
「あなたの傷……」
「…うん」
 言い淀んだユーノは吹っ切るように目を上げ、にこりと笑った。
「いいんだ、大したことじゃないから」
「でもあなただって女性よ。いつかは優しい方と一緒に」
「ううん」
 ユーノは即座に首を振った。
「私は誰のところへも嫁がない。…面倒くさいしね。1人で駆け回っている方が性に合ってるんだ。セレドには姉さまもセアラも居る。滅びはしないよ」
「でも、あなたはどうするの?」
「……旅に出るのも……いいな、と思ってるんだ」
「旅?」
「そう。今度のことが済んだらね。ラズーンへ来るまでの旅で、旅をすることの面白さみたいなものを、少しわかって来た気がするから」
「アシャと?」
「ううん、1人で」
 ユーノはぽつりと答えた。ためらう声を掻き消すように、
「一人旅って面白そうだよ。いろんな人に会ってね、いろんなものを見て…」
 ふとユーノはことばを切った。虚ろな優しい笑みを浮かべて続ける。
「長い…旅になると思う。結構情けないところがあるからね」
「情けない?」
「ううん、こっちの話。とにかく、私は大丈夫。強いの、知ってるでしょ?」
 微笑む黒い瞳を見つめ返す。
「ユーノ」
「ん?」
「打ち明けてくれなかったのは、私やお父さま、お母さまを愛していないから…ではないの?」
「姉さま…」
「あなたが苦しんでいても、何の助けにもならないから…では……」
「姉さま!」
 突然ユーノがしがみついて来て、レアナはことばを切った。いつの間にか、レアナより高くなった背、肩に顔を埋めるようにしたユーノが低く呟く。
「違う…姉さま」
「でも、ユーノ…」
「私……姉さま、好きだよ。父さまも母さまも、セアラもみんな好きだよ」
「それなら、なぜ」
 問い返してレアナははっとした。めったに泣かないユーノの肩が震えている。
 ようやくレアナは発した問いが、どれほどユーノを傷つけたのかに気づいた。思わず両手でユーノの体を包み込む。
「ユーノ…」
「私、姉さま、好きだから。父さまも母さまもセアラも…好き、だから」
 ユーノは掠れた声で繰り返し、そっとレアナの体から離れた。泣いていたと見えたのはレアナの錯覚だったのか、眼に涙の跡はなかった。ただにこっと笑う、その笑みがどこかぎこちない。
「心配かけて…ごめん。じゃ…行くよ」
「ユーノ」
「安心してて、姉さま」
 くるりと向きを変え、肩越しにユーノは声を投げて来た。
「必ずセレドへ帰してあげる」
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