『ラズーン』第六部

segakiyui

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2.灰色塔(ガルン・デイトス)(5)

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 風が吹き寄せてくる。
 長丈草(ディグリス)の葉を波立てて、西風が吹き寄せてくる。
「ひゅう…」
「痛っ!!」
「つっ…このっ!!」
 くすり。
 隊の中ほどを行くユーノの唇から笑みが零れた。
 長丈草(ディグリス)は鋭い葉縁を持つ猛々しい草だ。若芽の時でも、鋭い葉先は容易く子どもの皮膚を切り裂く。それを恐れて、心ある母親は決してこの地へ子どもを踏み入らせないと聞く。
 日差しを浴びて黄金のさざ波を立てる長丈草(ディグリス)は、まだまだ成長期にあるとは言え、進むユーノ達を傷つけるぐらいには十分に伸びていた。お陰で、野戦部隊(シーガリオン)や『金羽根』など、この土地に慣れない面々は、さっきから葉縁に脚を掠られ散々な目に遭っていた。馬達には草払いと呼ばれる布を纏わせているが、跨る人間を覆っては身動き取れない。
「噂には聞いていたが」
 ユカルがユーノの隣で平原竜(タロ)を歩ませながら眉をしかめる。
「厄介な所だな」
「まったくだ……あちっ!」
 リヒャルティが不意に変わった風向きに慌てて合わせようとして、逆に長丈草(ディグリス)に片脚を擦られ声をあげる。
「おまけにこの風! なんだって、こんなにころころ向きが変わるんだ!」
 自棄になったように喚く。ぼやくのももっとも、風向きが変わるたび鋭い葉は切り裂く方向を変えてくる。
「仕方ないですよ、『金羽根』の長」
 『鉄羽根』から加わった1人が、肩を竦めて見せる。
「ここは『風迷いの道』ですから」
「『風…』何?」
 聞き慣れないことばにリヒャルティが振り返る。
「『風迷いの道』です」 
 子ども子どもした顔の男は、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
「海に面した地形を吹き抜ける海風と、『狩人の山』(オムニド)からの風が混じって、風向きが一定しないんです。もっとも、老人の間じゃ、『灰色塔の姫君』のせいだと言う話もありますが………それにしても、ユーノ様は風向きを読まれるのですか?」
「え?」
 突然話が自分の方へ回ってきて、ユーノはキョトンとした。
「いえ…だって、皆様の足元に比べると、ユーノ様の足元は」
 感嘆混じりの男の声にユカル達もユーノの脚のあたりを覗き込んで、呆れ声を上げた。
「本当だ」
「どうなってんだ?」
「ああ…」
 ユーノは微笑んだ。
「私じゃない、ヒストが風を読んでくれてるんだよ、きっと」
 ユカル達が驚くのも無理はない。長丈草(ディグリス)の中を進む男達は、多かれ少なかれ、足に擦り傷や切り傷を一杯作っているのに比べて、ユーノの脚はほとんど傷ついていないのだ。
「にしても、それだけ無傷ってのは、人間じゃねえ、あちちっ!!」
 リヒャルティの毒舌はまたもや喚き声に変わった。
「そうですねえ、まるで、『灰色塔の姫君』のようだ」
 後ろの男が無責任な同意をする。
「何? その『灰色塔の姫君』って」
 訝しく問いかけるユーノに、ユカルがぽつりと応じた。
「戦神の別称だよ」
「いくさがみ……?」
「オレ、聞いたことがないぜ、そんな話」
「割と有名なんだがな」
 ユカルは上空を吹きすぎた風を追うように、一瞬首を仰け反らせて息を吸い込んだ。
「昔からここは様々な伝説を産み出してきた所なんだ。例えば、もう少し南下したパディスの遺跡を中心として、一つの王国が栄えていたらしい。もちろん、『ラズーン』が世に生まれる前のこと、星が定める前のこと…」
 ユカルは物憂げに昔語りの口調を真似た。
「ある日、その国が戦乱に巻き込まれた。戦は何日も何年も何十年も続いた。国は疲弊し、人々は希望を失くし、ついに世界が滅びるかと思われたその時、灰色塔(ガルン・デイトス)に住んでいた1人の姫君が世を救う術を探して、パディスの賢者を訪ねた。賢者は答えた、パディスの偶像の水晶球にお前の未来が映し出される、それを受け入れるのなら国は救えよう、と。姫君は1人、夜半にパディスに赴き水晶球を覗き込んだ。そこには屍が映っていた。腐敗し、どこの誰ともわからぬ死体……姫君は怯えて逃げ去ろうとした。が、長丈草(ディグリス)が行く手を阻み、迷わせた……」
「『風迷いの道』は、そこからきているんです」
 さっきの男が口を挟んだ。
「自分の運命にためらう者を、長丈草(ディグリス)は許さない、と」
「…それで?」
 ユーノは先を促した。
「…一昼夜迷って疲れ果てた姫君の脳裏に、故国で苦しむ愛しい男のことが過った。頬を打つ長丈草(ディグリス)よりも数倍も鋭い剣が、今この時、その身体を割いているのかも知れない。想いが心に溢れた。姫君は立ち上がり振り向き、もう一度、自分の運命を見定めるためにパディスの偶像の元へ歩き出した。やがて、その姫君の目には風が見えるようになった。風が吹き来る先、吹き去る先が見え、長丈草(ディグリス)の流れと動きが見えた。そうしていつしか、長丈草(ディグリス)は姫君の前に道を開き、二度と姫君の体に触れようとはしなくなった」
「なんだ!」
 リヒャルティが頓狂な声を上げた。
「その話ならオレも知ってるぜ、『星娘』じゃないか! 国を救うために1人の少女が立って、その少女の名前にはいつしか星の呼び名がついて…」
 唐突に彼は口を噤んだ。同時に『鉄羽根』の男も息を呑む。
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