『ラズーン』第六部

segakiyui

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2.灰色塔(ガルン・デイトス)(6)

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 その瞬間、その場に居た誰の胸にも同じ名前が去来した。『星の剣士』(ニスフェル)、星の名を持つ少女、長丈草(ディグリス)が鋭い葉先を触れない、その歩みの前に道を開く少女……。
「ユーノ…」
 沈黙の苦さに耐えきれず、ユカルが呼び掛ける。それをユーノは遮った。
「ユカル」
「え…」
「続きはどうなる?」
 問い直されて、ユカルはうろたえた。僅かに先行したユーノの斜め背後から、おどおどと問い返す。
「続きって」
「そうだよ」
 振り返らないまま、ユーノは続けた。
「話はそこで終わりなのかい?」
「いや…その…姫君は……パディスの水晶球を再び覗いて同じものを見るんだ。そのまま戦いに出て、見事に味方を勝利に導き…」
 ユカルが歯切れ悪く口籠るのに、問いを重ねる。
「死ぬんだね、水晶宮で見た未来通りに?」
「…ああ」
「で、でもさ、ユーノ、これは単に話だし、ここは伝説の多い所だし、他にも金の魔少年とか風が歌う広間とか、そう言う話には事欠かない所だし、第一全部コウトウムケイな話だし」
 慌ててとぼけにかかるリヒャルティに、小さく笑う。
「大丈夫だよ、リヒャルティ」
 振り返る、たじろぐ面々に笑みを返す。
「気にしてないさ。それに、その姫君だって望みは叶ったんだろ、国は救えたし、愛しい人は守れたし。それなら悲しむことはないよ、代償が必要なのは当然だ」
「そ、そうかな」
 引きつり気味の笑みを返すリヒャルティと微笑むユーノを見つめるユカルは、複雑な思いを抱く。
 ユーノが、今の昔語りに自分を重ねたのは確かだ。
 状況は全く同じ、生還の望み少ない戦いに200名少しの隊を率いて、長丈草(ディグリス)の草原を行く少女、両肩に故国セレドと世界の中心『ラズーン』、ミダス公の屋敷で待つレアナやレスファート、共に歩む仲間達の命、守るべきものをずしりと背負って。
 そればかりか、ユーノは、この戦いの持つ意味を十分にわかっているはずなのだ。
 動き始めた『運命(リマイン)』、主力ではないがなだれ込む軍勢、食い止めるにしても少なすぎる味方とくれば、囮にされている可能性は大きい。ユーノ達がネハルール、レトラデスとぶつかっている間に、おそらくは『運命(リマイン)主力軍が一気に『氷の双宮』を狙うだろうことはユカルにさえもわかること、戦略に長けたアシャの側で戦ってきた『星の剣士』(ニスフェル)ともあろうものが、それに気づかないはずがない。そして、アシャが自分を捨て駒に使ったと言う想いほど、ユーノを傷つけるものもないはずだった。
 ユカルはユーノがどれほどアシャに想いを寄せているか知っている。己の全てを懸けてまで守り抜こうとしているのも知っている。それほどの想いを寄せた相手は、自分をたやすく戦場へ送り込み、捨て駒として使おうとする。
 作戦を知らされたユーノの胸を貫いたのはどれほどの痛みだったのか、それをこうも冷静に受け止められる、何がユーノの中にあるのか。
(アシャへの……想い、か?)
 これほどまでに見捨てられて、まだそれほどの想いを懸けようと言うのか。
 ユカルの心に重く苦いものがしこり始めている。俺ならば。灼けつくような痛みを伴って感情が波打つ。
 俺ならば、そんな想いはさせない。暗闇で一人朽ち果てて行く、そんな運命には追い込まない。俺ならば。ユーノが俺を求めさえしてくれれば。
 風が舞ってユーノの短い髪を揺らせた。細く白い首筋に絡みつく髪がユカルの心を乱す。妖しい凶暴な気持ちが湧き起こる。あの細い肩を押さえつけ、首筋に自分の刻印を残せたら。抵抗するしなやかな躰を押さえ込み、唇を奪えたら。喘ぐような吐息に、自分の名を呼ばせられたら。
「ユカル」
「!」
 片腕にユーノの手が掛かり、ユカルはぎくりとした。心の中を見抜かれたかと冷や汗が出てくる。が、続くことばに、妖しい惑いは瞬時に消えた。
「お出迎えだ」
 薄く笑んだユーノの口元が告げるまでもなく、ユカルの目にも前方地平線をじわじわと埋めて行く黒い一軍が映りつつあった。
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