『ラズーン』第六部

segakiyui

文字の大きさ
33 / 119

3.パディスの戦い(7)

しおりを挟む
 浅い眠り、体の下でヒストが温かく息づいている。馬の背で眠るのは久しぶりだ、いつかの夜、そう、アシャと初めてやりあったあの夜も、ユーノはレノの背中に居た……。
「!」
「わはっ!」
 ドッ。
 気配を感じて咄嗟に跳ね起き、同時に抜き放った剣に相手が飛び退ってひっくり返る。微かな星の明かりにキラリと金の髪が光って、ユーノは思わず息を呑んだ。
(アシャ?)
 閃光のように思い出が蘇る、しかし、それはすぐに幻と消えた。
「あっ…つつ…」
「リヒャルティ…」
「ひでえなあ……また切っちまった」
「ごめん! 足、大丈夫?!」
 慌てて剣を収めてヒストから飛び降り、ユーノはリヒャルティの側に駆け寄った。昨日の戦いで足を捻ったと言っていたのに、またもや同じ箇所を傷めたのかと案じる。だが、リヒャルティは少しぼやいただけで長丈草(ディグリス)の中から立ち上がり、腕にできた切り傷をペロリと舐めた。
「お前と違って、こっちはあんまり長丈草(ディグリス)と仲が良くねえんだ、加減してくれよ」
「悪い…」
「…いいけどな」
 リヒャルティは一瞬複雑な目の色でユーノを見つめた。
「そろそろだと思って起こしに来たんだ」
「ありがとう」
「縄も火種も揃ってるし、準備はできたぜ。…けど」
「けど?」
 聞き咎めたユーノに、何とも言えぬ表情で続ける。
「お前、眠ってる時でも、あれだけのコトができるのか」
「ああ…」
 ユーノはくすりと笑い返した。
「前にも言われた。習い性でね、うっかり近づかない方が安全だよ」
「らしいな。ったく、眠ってても安心できねえ奴だな。あんなことをされた日にゃ、ちょっとやそっとじゃ受け切れねえよ」
「そう?」
(でも、アシャは受け止めた)
 くすくす笑いながら、ヒストの鞍の腹帯を締め直し、剣帯の具合を調べながら思い出した。
 あの夜、レノの背中で眠っていたユーノが、やはり不用意に近づいたアシャに切りつけ、アシャも剣で応じた。月光に金の髪が煌めいて、こちらを見返した紫の瞳が、驚きとともに密かな感嘆を湛えていた……。
(馬鹿だな、どうしてアシャだなんて思ったんだろう)
 アシャがここにいるはずはない。アシャは灰色塔(がルン・デイトス)より遥か向こう、ミダス公の屋敷にいる。
(ミダス公の……姉さまの側に)
 作戦を聞かされた時、思わずアシャはどこにいるのかと尋ねたユーノに、アシャはきっぱりと答えた、ミダス公の所にいる、と。
 尋ねなければ良かった。
 当たり前のこと、何を期待したのかと、自分の愚かさをつくづく笑いたくなった。
 詳細を聞けば、自分がどういう役目なのかは十分わかる。アシャは囮だとも捨て駒だとも口にはしなかった。だが、850名に200名、勝敗は火を見るよりも明らか、ユーノの価値は、その850名との戦にどれほどギヌア達の眼を引きつけておけるのかにある。
 だからこそ、攻めはできない、少しでも兵を保たせるためには。負けるわけにもいかない、少なくとも西は、この戦いで境界が定まる。
 見捨てられた、と言う気持ちがないとは言わない。たった一人の想い人、見切られたと思ってはいないなどと、強がれもしない。
 ただアシャは、ユーノよりレアナが大切で、レアナを守るためにユーノに出撃を命じた、それだけのことだ。
 誰にでもあることではないか、一番大切なものを守るために、他のものを犠牲にするのは。
 ましてやユーノの気持ちは初めから片想いで、アシャはユーノの想いを知りもしないはず、ユーノを戦場へ差し向けたからと言って、恨むのは筋違いだ。
(それでも)
 心はやるせない。
(それでも…)
 ここでも『そう』なのかと思わずにはいられない。
 ここでもユーノは一人で、誰の助けも当てにしてはならないわけで、傷を受ければ一人で舐めなくてはならないわけ…だ。
(期待なんかしていない。守ってもらえるなんて思ってもいない)
 そうとも、少なくともユーノが出撃することで、大事なものは守れるわけだ、アシャとレアナと。いや、まだいる、レスファート、リディノ、ジノ、イリオール、イルファ、遠くセレドの父母にセアラ、『太皇(スーグ)』に『ラズーン』。
(そして、私は…?)
 この地で果てていくのが運命なのか、『灰色塔の姫君』が己の最後を知りながら、ぎりぎりまで愛しい男性を想って、この地を駆け抜けたように。
 ああそうだ、たじろぐつもりはない、引くつもりもない、逃げようとも思わない。
(それでも………)
 『灰色塔の姫君』は死の瞬間、愛しい人の名前ぐらいは呼べただろうに、とユーノは微かに笑った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

生きるために逃げだした。幸せになりたい。

白水緑
ファンタジー
屋敷内に軟禁状態だったリリアは、宝物を取り戻したことをきっかけに屋敷から逃げ出した。幸せになるために。体力も力もない。成り行きに身を任せる結果になっても、自分の道は自分で選びたい。 2020/9/19 第一章終了 続きが書け次第また連載再開します。 2021/2/14 第二章開幕 2021/2/28 完結

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

あやかしたちのとまりぎの日常

彩世幻夜
キャラ文芸
吉祥寺は井の頭公園界隈の一画で、ひっそりと営業するダイニング・バー【ペルシュ】に訪れるお客の大半はひとではないもの、いわゆるあやかしたち。 勿論店の店主や店員もまた人ではない。 そんな店でバイトをするとある専門学校生とあやかしたちが織りなす〝日常(?)〟物語

「婚約破棄された転生令嬢ですが、王城のメイド五百人に慕われるメイド長になりました。なお元婚約者は私のメイドに土下座中です」

まさき
恋愛
社畜OLとして過労死した私は、異世界の令嬢・アリア・ヴェルナーに転生した。 目が覚めたら、婚約破棄されていた。 理由は「地味で面白みがない」から。 泣く暇もなかった。翌朝、王城のメイド採用面接に向かった。 最初は鼻で笑われた。雑用係からのスタートだった。 でも——前世で叩き込まれた仕事術と、一人ひとりの話を聞く姿勢で、少しずつメイドたちが集まってきた。 厨房が変わった。リネンが変わった。王城全体が変わっていった。 そして就任スピーチで宣言した。 「500人全員の名前を、覚えます」 冷酷と噂される王太子は、静かに見ていた。 悪役令嬢は妨害を仕掛けてきた。 元婚約者は——後悔し始めていた。 婚約破棄された令嬢が、500人に慕われるメイド長になるまでの物語。 なお元婚約者は、私のメイドたちの前で土下座中です。

処理中です...