35 / 119
3.パディスの戦い(9)
しおりを挟む
「ユーノ」
「っ」
突然リヒャルティの声が響いて、ユーノは思わず目を開けた。
「そんな奴に守り札なんかやるこたあねえよ」
「何っ」
体を起こしたユカルが苛立ちながら振り返る。
「へえ、怒ったのか、野戦部隊(シーガリオン)の物見(ユカル)」
いつの間に戻ってきていたのか、薄笑みを浮かべたリヒャルティが、凍てつくほど冷ややかな侮蔑を含ませて言い放った。
「女に守り札をもらえなきゃ、戦えないのか」
「……」
ユカルの顔が強張る。
「守り札ってのはな、女からもらうもんじゃねえ、男が女にやるもんだ」
ぎらりと光った赤茶色の目がユカルを睨めつける。
「ましてや、女にそんな顔させて、何がてめえの守り札、笑わせるんじゃねえ
「あ…」
はっとして振り返ったユカルが何に気づいたのか、見る見る顔を赤らめるのに頓着せず、リヒャルティは真っ直ぐにユーノを見つめた。
「指示をくれ。あんたは隊長だ。あいつらは」
ユーノを見つめたまま、顎をしゃくる。
「あんたの指示を待っている。あんたの命令だけを」
指し示された方向に、準備にざわめく男達の姿があった。
「……小隊長を……集めて…」
無意識に呟いて、ユーノは冷や水を浴びせられた気がした。
「『星の剣士』(ニスフェル)」
ユカルの声に振り向かないまま、リヒャルティの視線に応じる。
「作戦を再確認する」
声に気づいた男達がこちらを見やる。少しずつ、その数が増える。
また失う命だ。
この作戦の後には、確実にこの顔の幾つかは答えなくなっている。
「目指すはレトラデス軍残存勢力、650名」
この顔か、あの顔か。
茜に塗れ地に埋もれ、その屍の上をユーノは踏みしだきながら、また走る。
これらの顔の、その真上を。
そんな価値がユーノにあるものか。いやどこの誰だって、誰かの命を踏み躙りながら生きる価値などありはしない、けれども今。
「目的は?」
心得たようにリヒャルティが尋ねる。
「レトラデス軍壊滅と生還」
ユーノは進めと号令する、この人々に死ねと命じる。
ならば、その代償は。
「わかった」
にやりと笑ったリヒャルティが指示を受けて走りながら、
「それでこそ、兄貴の見込んだ女だよ、ユーノ!」
嬉しそうに肩越しに叫ぶ。
「『星の剣士』(ニスフェル)…」
「ユカル……ごめん」
低く、振り向かないまま、謝った。
「見捨てられたのかも知れない……ずっと一人なのかも知れない……でも、私はまだ、アシャの顔を見ていたい……ううん」
何という自分勝手な願いで、ユカルの求めを切り捨てるのか。
「もう一度、アシャの声を聞きたい……だから、今は生き延びることしか、考えたくない」
「………ああ」
苦しげな呻きが漏れる。
「ユーノ!!」
集めてきた小隊長と駆け寄って来るリヒャルティに、ユーノは顔を上げ、背筋を伸ばし、足を踏み出し、声を掛けた。
「行くよ、ユカル」
「…っ……あ、ああ!」
置き去られるのを覚悟するように立ち竦んでいたユカルが、跳ね上がるように体を起こした。歩き出すユーノの背後を守るように駆け寄ってきながら、明るい声を上げる。
「わかった、『星の剣士』(ニスフェル)!」
代償は。
ユーノは唇を強く引き締める。
駆け寄る顔の全てに誓う。
ただ1人を無事に戻すためだけにでも、私はここで果てよう。
「っ」
突然リヒャルティの声が響いて、ユーノは思わず目を開けた。
「そんな奴に守り札なんかやるこたあねえよ」
「何っ」
体を起こしたユカルが苛立ちながら振り返る。
「へえ、怒ったのか、野戦部隊(シーガリオン)の物見(ユカル)」
いつの間に戻ってきていたのか、薄笑みを浮かべたリヒャルティが、凍てつくほど冷ややかな侮蔑を含ませて言い放った。
「女に守り札をもらえなきゃ、戦えないのか」
「……」
ユカルの顔が強張る。
「守り札ってのはな、女からもらうもんじゃねえ、男が女にやるもんだ」
ぎらりと光った赤茶色の目がユカルを睨めつける。
「ましてや、女にそんな顔させて、何がてめえの守り札、笑わせるんじゃねえ
「あ…」
はっとして振り返ったユカルが何に気づいたのか、見る見る顔を赤らめるのに頓着せず、リヒャルティは真っ直ぐにユーノを見つめた。
「指示をくれ。あんたは隊長だ。あいつらは」
ユーノを見つめたまま、顎をしゃくる。
「あんたの指示を待っている。あんたの命令だけを」
指し示された方向に、準備にざわめく男達の姿があった。
「……小隊長を……集めて…」
無意識に呟いて、ユーノは冷や水を浴びせられた気がした。
「『星の剣士』(ニスフェル)」
ユカルの声に振り向かないまま、リヒャルティの視線に応じる。
「作戦を再確認する」
声に気づいた男達がこちらを見やる。少しずつ、その数が増える。
また失う命だ。
この作戦の後には、確実にこの顔の幾つかは答えなくなっている。
「目指すはレトラデス軍残存勢力、650名」
この顔か、あの顔か。
茜に塗れ地に埋もれ、その屍の上をユーノは踏みしだきながら、また走る。
これらの顔の、その真上を。
そんな価値がユーノにあるものか。いやどこの誰だって、誰かの命を踏み躙りながら生きる価値などありはしない、けれども今。
「目的は?」
心得たようにリヒャルティが尋ねる。
「レトラデス軍壊滅と生還」
ユーノは進めと号令する、この人々に死ねと命じる。
ならば、その代償は。
「わかった」
にやりと笑ったリヒャルティが指示を受けて走りながら、
「それでこそ、兄貴の見込んだ女だよ、ユーノ!」
嬉しそうに肩越しに叫ぶ。
「『星の剣士』(ニスフェル)…」
「ユカル……ごめん」
低く、振り向かないまま、謝った。
「見捨てられたのかも知れない……ずっと一人なのかも知れない……でも、私はまだ、アシャの顔を見ていたい……ううん」
何という自分勝手な願いで、ユカルの求めを切り捨てるのか。
「もう一度、アシャの声を聞きたい……だから、今は生き延びることしか、考えたくない」
「………ああ」
苦しげな呻きが漏れる。
「ユーノ!!」
集めてきた小隊長と駆け寄って来るリヒャルティに、ユーノは顔を上げ、背筋を伸ばし、足を踏み出し、声を掛けた。
「行くよ、ユカル」
「…っ……あ、ああ!」
置き去られるのを覚悟するように立ち竦んでいたユカルが、跳ね上がるように体を起こした。歩き出すユーノの背後を守るように駆け寄ってきながら、明るい声を上げる。
「わかった、『星の剣士』(ニスフェル)!」
代償は。
ユーノは唇を強く引き締める。
駆け寄る顔の全てに誓う。
ただ1人を無事に戻すためだけにでも、私はここで果てよう。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ぽっちゃり女子の異世界人生
猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。
最強主人公はイケメンでハーレム。
脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。
落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。
=主人公は男でも女でも顔が良い。
そして、ハンパなく強い。
そんな常識いりませんっ。
私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。
【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】
生きるために逃げだした。幸せになりたい。
白水緑
ファンタジー
屋敷内に軟禁状態だったリリアは、宝物を取り戻したことをきっかけに屋敷から逃げ出した。幸せになるために。体力も力もない。成り行きに身を任せる結果になっても、自分の道は自分で選びたい。
2020/9/19 第一章終了
続きが書け次第また連載再開します。
2021/2/14 第二章開幕
2021/2/28 完結
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
あやかしたちのとまりぎの日常
彩世幻夜
キャラ文芸
吉祥寺は井の頭公園界隈の一画で、ひっそりと営業するダイニング・バー【ペルシュ】に訪れるお客の大半はひとではないもの、いわゆるあやかしたち。
勿論店の店主や店員もまた人ではない。
そんな店でバイトをするとある専門学校生とあやかしたちが織りなす〝日常(?)〟物語
「婚約破棄された転生令嬢ですが、王城のメイド五百人に慕われるメイド長になりました。なお元婚約者は私のメイドに土下座中です」
まさき
恋愛
社畜OLとして過労死した私は、異世界の令嬢・アリア・ヴェルナーに転生した。
目が覚めたら、婚約破棄されていた。
理由は「地味で面白みがない」から。
泣く暇もなかった。翌朝、王城のメイド採用面接に向かった。
最初は鼻で笑われた。雑用係からのスタートだった。
でも——前世で叩き込まれた仕事術と、一人ひとりの話を聞く姿勢で、少しずつメイドたちが集まってきた。
厨房が変わった。リネンが変わった。王城全体が変わっていった。
そして就任スピーチで宣言した。
「500人全員の名前を、覚えます」
冷酷と噂される王太子は、静かに見ていた。
悪役令嬢は妨害を仕掛けてきた。
元婚約者は——後悔し始めていた。
婚約破棄された令嬢が、500人に慕われるメイド長になるまでの物語。
なお元婚約者は、私のメイドたちの前で土下座中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる