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3.パディスの戦い(10)
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「あ…!!」
絶叫間近の声が天幕(カサン)の中で聞こえ、入り口近くにいた歩兵居心地悪く、もぞもぞと体を動かした。
「ったく、外で待つ身にもなってくれよ」
ぼやいて苛々と剣で地面を突く。熱い叫びはやがて悲鳴になってぱたりと止んだ。ほっとして歩兵が空を見上げる。星の明かりが妙に薄暗い気がする、何か不吉なことが起こりそうな…。
「御苦労」
「あっ、こっ、これはっ、はっ!!」
不意に声をかけられて歩兵はうろたえ、すうっと天幕(カサン)の垂れ幕をかき分けて入った男を見送った。
「側近のトフィン……おい、またかよ……?」
溜め息混じりに唸る。
「畜生、早くミィムの所に帰りてえなあ」
「お楽しみでしたか」
「トフィン……無粋な男ね」
「生まれついての性分でして」
天幕(カサン)の中、半裸の女主人の横に年若い少年兵が寝そべっているのを、トフィンはちらりと見やった。不機嫌そうなレトラデスが、手早く薄物の上から黒の長衣を羽織、腰紐を締めるのに残念そうに、
「お気に召しましたか」
「まあまあね…でも」
全裸で気を失ったように眠り込んでいる少年に一瞥を投げ、
「二度目はごめんよ」
「では適当に計らいましょう」
さすがに見かねたように、少年の腰のあたりに掛物を投げる。パサリと落ちる布にも身動き一つしないところを見ると疲れ切っているのだろう。
「それで?」
「はい。『星の剣士』(ニスフェル)一行の夜営地、掴めました」
レトラデスは潤んだ目を細めた。
「パディスよりやや北東の台地近く、今は静まり返り、眠りについているようです。今夜こちらに到着する300の兵と残り650名、一気に夜襲をかければ一溜まりもありますまい」
「そう…とにかく早く切り上げたいわ。もう、こんな所は真っ平。草で脚は傷つけるし…」
レトラデスは相手の視線が自分の白い脚に食い入るように注がれているのに気づき、笑みを深めた。椅子に腰掛けて乱れた前を合わせようともせず、ことばを続ける。
「…何が『お楽しみ』よ、あの小娘!」
思い出したようにぶるっと体を震わせると、さらりと衣擦れの音とともに前が割れて、白い脚が太ももまでむき出しになった。さっきまでの興奮の余韻か、わずかに桜色に染まった肌に長丈草(ディグリス)の切り傷がほの赤い筋を彫りつけ、トフィンの目を釘付けにしたようだ。ごくり、とトフィンの喉が動く。
「なんて眼よ……なんて、腕!」
始めはトフィンの視線を惹きつけるための身震い半分だったが、思い出すにつれ、レトラデスは本気で体が震えてくるのに気が付いていた。
ネハルールを殺し、こちらを見上げた底しれない黒の瞳。光を吸い込んだ昏さの中に、滾るような激情が噴き上げていた。手にした剣も腕も体も紅に染め、なおかつこちらへの敵意をむき出しにした瞳、胸元のかすかな膨らみは確かに少女だと教えたのに、あの眼は到底少女のものとは思えなかった。
楽に勝てるはずだった戦はあっという間に味方の阿鼻叫喚の場と化し、逃げ回る兵を建て直すより、己の生を保つことしか考えられなかった。
「ギヌア様も、とんだ獲物を回してくださったもの…」
レトラデスはことばを切った。トフィンがいつの間にか膝を突き、自分の脚に唇を寄せている。
くすっ、とレトラデスは妖しく笑った。
「なあに、トフィン……欲しいの?」
荒い息遣いが答えを返す。
「いいわ、いらっしゃい。今度こそ、あの小娘を葬ってやる……そうねえ、その前にあなたにあげてもいいし…」
「レトラデス様……」
「でもね、トフィン」
仰け反らせた首筋に誘い込みながら、レトラデスは含み笑いを響かせた。
「きっと飽き足らないでしょうよ……だって……あなたは…私というものを知っているんですものねえ………」
絶叫間近の声が天幕(カサン)の中で聞こえ、入り口近くにいた歩兵居心地悪く、もぞもぞと体を動かした。
「ったく、外で待つ身にもなってくれよ」
ぼやいて苛々と剣で地面を突く。熱い叫びはやがて悲鳴になってぱたりと止んだ。ほっとして歩兵が空を見上げる。星の明かりが妙に薄暗い気がする、何か不吉なことが起こりそうな…。
「御苦労」
「あっ、こっ、これはっ、はっ!!」
不意に声をかけられて歩兵はうろたえ、すうっと天幕(カサン)の垂れ幕をかき分けて入った男を見送った。
「側近のトフィン……おい、またかよ……?」
溜め息混じりに唸る。
「畜生、早くミィムの所に帰りてえなあ」
「お楽しみでしたか」
「トフィン……無粋な男ね」
「生まれついての性分でして」
天幕(カサン)の中、半裸の女主人の横に年若い少年兵が寝そべっているのを、トフィンはちらりと見やった。不機嫌そうなレトラデスが、手早く薄物の上から黒の長衣を羽織、腰紐を締めるのに残念そうに、
「お気に召しましたか」
「まあまあね…でも」
全裸で気を失ったように眠り込んでいる少年に一瞥を投げ、
「二度目はごめんよ」
「では適当に計らいましょう」
さすがに見かねたように、少年の腰のあたりに掛物を投げる。パサリと落ちる布にも身動き一つしないところを見ると疲れ切っているのだろう。
「それで?」
「はい。『星の剣士』(ニスフェル)一行の夜営地、掴めました」
レトラデスは潤んだ目を細めた。
「パディスよりやや北東の台地近く、今は静まり返り、眠りについているようです。今夜こちらに到着する300の兵と残り650名、一気に夜襲をかければ一溜まりもありますまい」
「そう…とにかく早く切り上げたいわ。もう、こんな所は真っ平。草で脚は傷つけるし…」
レトラデスは相手の視線が自分の白い脚に食い入るように注がれているのに気づき、笑みを深めた。椅子に腰掛けて乱れた前を合わせようともせず、ことばを続ける。
「…何が『お楽しみ』よ、あの小娘!」
思い出したようにぶるっと体を震わせると、さらりと衣擦れの音とともに前が割れて、白い脚が太ももまでむき出しになった。さっきまでの興奮の余韻か、わずかに桜色に染まった肌に長丈草(ディグリス)の切り傷がほの赤い筋を彫りつけ、トフィンの目を釘付けにしたようだ。ごくり、とトフィンの喉が動く。
「なんて眼よ……なんて、腕!」
始めはトフィンの視線を惹きつけるための身震い半分だったが、思い出すにつれ、レトラデスは本気で体が震えてくるのに気が付いていた。
ネハルールを殺し、こちらを見上げた底しれない黒の瞳。光を吸い込んだ昏さの中に、滾るような激情が噴き上げていた。手にした剣も腕も体も紅に染め、なおかつこちらへの敵意をむき出しにした瞳、胸元のかすかな膨らみは確かに少女だと教えたのに、あの眼は到底少女のものとは思えなかった。
楽に勝てるはずだった戦はあっという間に味方の阿鼻叫喚の場と化し、逃げ回る兵を建て直すより、己の生を保つことしか考えられなかった。
「ギヌア様も、とんだ獲物を回してくださったもの…」
レトラデスはことばを切った。トフィンがいつの間にか膝を突き、自分の脚に唇を寄せている。
くすっ、とレトラデスは妖しく笑った。
「なあに、トフィン……欲しいの?」
荒い息遣いが答えを返す。
「いいわ、いらっしゃい。今度こそ、あの小娘を葬ってやる……そうねえ、その前にあなたにあげてもいいし…」
「レトラデス様……」
「でもね、トフィン」
仰け反らせた首筋に誘い込みながら、レトラデスは含み笑いを響かせた。
「きっと飽き足らないでしょうよ……だって……あなたは…私というものを知っているんですものねえ………」
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