『ラズーン』第六部

segakiyui

文字の大きさ
36 / 119

3.パディスの戦い(10)

しおりを挟む
「あ…!!」
 絶叫間近の声が天幕(カサン)の中で聞こえ、入り口近くにいた歩兵居心地悪く、もぞもぞと体を動かした。
「ったく、外で待つ身にもなってくれよ」
 ぼやいて苛々と剣で地面を突く。熱い叫びはやがて悲鳴になってぱたりと止んだ。ほっとして歩兵が空を見上げる。星の明かりが妙に薄暗い気がする、何か不吉なことが起こりそうな…。
「御苦労」
「あっ、こっ、これはっ、はっ!!」
 不意に声をかけられて歩兵はうろたえ、すうっと天幕(カサン)の垂れ幕をかき分けて入った男を見送った。
「側近のトフィン……おい、またかよ……?」
 溜め息混じりに唸る。
「畜生、早くミィムの所に帰りてえなあ」

「お楽しみでしたか」
「トフィン……無粋な男ね」
「生まれついての性分でして」
 天幕(カサン)の中、半裸の女主人の横に年若い少年兵が寝そべっているのを、トフィンはちらりと見やった。不機嫌そうなレトラデスが、手早く薄物の上から黒の長衣を羽織、腰紐を締めるのに残念そうに、
「お気に召しましたか」
「まあまあね…でも」
 全裸で気を失ったように眠り込んでいる少年に一瞥を投げ、
「二度目はごめんよ」
「では適当に計らいましょう」
 さすがに見かねたように、少年の腰のあたりに掛物を投げる。パサリと落ちる布にも身動き一つしないところを見ると疲れ切っているのだろう。
「それで?」
「はい。『星の剣士』(ニスフェル)一行の夜営地、掴めました」
 レトラデスは潤んだ目を細めた。
「パディスよりやや北東の台地近く、今は静まり返り、眠りについているようです。今夜こちらに到着する300の兵と残り650名、一気に夜襲をかければ一溜まりもありますまい」
「そう…とにかく早く切り上げたいわ。もう、こんな所は真っ平。草で脚は傷つけるし…」
 レトラデスは相手の視線が自分の白い脚に食い入るように注がれているのに気づき、笑みを深めた。椅子に腰掛けて乱れた前を合わせようともせず、ことばを続ける。
「…何が『お楽しみ』よ、あの小娘!」
 思い出したようにぶるっと体を震わせると、さらりと衣擦れの音とともに前が割れて、白い脚が太ももまでむき出しになった。さっきまでの興奮の余韻か、わずかに桜色に染まった肌に長丈草(ディグリス)の切り傷がほの赤い筋を彫りつけ、トフィンの目を釘付けにしたようだ。ごくり、とトフィンの喉が動く。
「なんて眼よ……なんて、腕!」
 始めはトフィンの視線を惹きつけるための身震い半分だったが、思い出すにつれ、レトラデスは本気で体が震えてくるのに気が付いていた。
 ネハルールを殺し、こちらを見上げた底しれない黒の瞳。光を吸い込んだ昏さの中に、滾るような激情が噴き上げていた。手にした剣も腕も体も紅に染め、なおかつこちらへの敵意をむき出しにした瞳、胸元のかすかな膨らみは確かに少女だと教えたのに、あの眼は到底少女のものとは思えなかった。
 楽に勝てるはずだった戦はあっという間に味方の阿鼻叫喚の場と化し、逃げ回る兵を建て直すより、己の生を保つことしか考えられなかった。
「ギヌア様も、とんだ獲物を回してくださったもの…」
 レトラデスはことばを切った。トフィンがいつの間にか膝を突き、自分の脚に唇を寄せている。
 くすっ、とレトラデスは妖しく笑った。
「なあに、トフィン……欲しいの?」
 荒い息遣いが答えを返す。
「いいわ、いらっしゃい。今度こそ、あの小娘を葬ってやる……そうねえ、その前にあなたにあげてもいいし…」
「レトラデス様……」
「でもね、トフィン」
 仰け反らせた首筋に誘い込みながら、レトラデスは含み笑いを響かせた。
「きっと飽き足らないでしょうよ……だって……あなたは…私というものを知っているんですものねえ………」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

三歩先行くサンタさん ~トレジャーハンターは幼女にごまをする~

杵築しゅん
ファンタジー
 戦争で父を亡くしたサンタナリア2歳は、母や兄と一緒に父の家から追い出され、母の実家であるファイト子爵家に身を寄せる。でも、そこも安住の地ではなかった。  3歳の職業選別で【過去】という奇怪な職業を授かったサンタナリアは、失われた超古代高度文明紀に生きた守護霊である魔法使いの能力を受け継ぐ。  家族には内緒で魔法の練習をし、古代遺跡でトレジャーハンターとして活躍することを夢見る。  そして、新たな家門を興し母と兄を養うと決心し奮闘する。  こっそり古代遺跡に潜っては、ピンチになったトレジャーハンターを助けるサンタさん。  身分差も授かった能力の偏見も投げ飛ばし、今日も元気に三歩先を行く。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...