『ラズーン』第六部

segakiyui

文字の大きさ
50 / 119

4.2人の軍師(9)

しおりを挟む
「納得のいかないこと?」
 思い詰めたジノの口調が急に変わって、ユーノは瞬いた。
「何?」
「レスファート様におっしゃられたことばです」
 背中を向けたままのジノの声は不安そうに悩んでいる。
「レスに?」
「…レスファート様がお側につかれ、ユーノ様がなかなかお目覚めにならないのに涙を溜めていらしたのに…『泣くとユーノ帰ってこない気がするわ』とぽつりとおっしゃって」
「リディノが?」
 思わず問い直した口調がきつかったのだろう、ゆっくりとジノが振り返る。憂いをたたえた瞳でユーノを見上げた。
「以前の姫さまなら、あんなことはおっしゃらなかった……一体姫さまは何をお考えになっているのでしょう……」
 思わず知れず漏れたような声音だった。
 幼い頃から慕ってきたリディノ、姉のような妹のような、切なく愛しい存在だったリディノの急変に訝りながらも、単に自分が不要になったのだと言われたくなくて、聞くに聞けなかったようだ。珍しく子どもっぽい眼でユーノを見つめ、滲みそうになった涙を慌てて飲み込むように目を伏せて、ジノは低く呟いた。
「あの男が近づいてから…」
「え?」
「いえ、ある男が姫さまと話しているのを見かけ出してから、姫さまは人が変わられたような気がして…」
「ある男って言うのは、ジュナ・グラティアスのことかい?」
「!」
 はっとしたようにジノは顔を上げた。
「やっぱり」
「ご存知で」
「何となく……勘、どまりだけど」
 脳裏にいつかの光景が浮かぶ。
 淡い色の髪、深緑の瞳、視察官(オペ)ジュナ・グラティアス。
 リディノと話し込んでいたのは何のためだ? レアナをセレドより連れ出しもした、今ラズーンにおいて、そんな命令が出されるはずはないこともわかってきている、ならば、一体誰の命令で?
(イリオール)
 ふと頭の中をイリオールの姿が掠めた。いつだったか、廊下ですれ違ったイリオールが、何か気遣わしげにジュナの方へ視線を走らせたことがあった……。
「ユーノ様?」
「…ああ」
 ジノの声に我に返る。
「私から一度、リディノに聞いてみよう、何かあったのか、と。その代わり」
「はい」
 きらりとジノの瞳が不敵な色を帯びた。詩人(うたびと)らしくない、猛々しい薄い笑みを唇に刷いて、
「ジュナ・グラティアス、探ってみます」
「頼んだよ」
「ユーノ!」
 レスファートが待ちかねて飛び込んできて、話を切った。目線で話すなとジノに知らせる。頷いたジノはすぐに気配を切り替えた。まんざら芝居でもなさそうな誇らしげな口調になって、
「如何でしょう、レスファート様」
「きれい!! きれい!! とってもきれい!!」
「…ありがと…レス」
 屈託のない最上級の賛辞に照れると、ジノは嬉しそうに笑った。
「ありがとう、ジノ」
「くれぐれも、お気をつけて」
 頷き返してレスファートに付き添われ部屋を出て行くユーノの胸に、不吉な予感が渦巻き始める。
(一体どうしたの…リディノ)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

三歩先行くサンタさん ~トレジャーハンターは幼女にごまをする~

杵築しゅん
ファンタジー
 戦争で父を亡くしたサンタナリア2歳は、母や兄と一緒に父の家から追い出され、母の実家であるファイト子爵家に身を寄せる。でも、そこも安住の地ではなかった。  3歳の職業選別で【過去】という奇怪な職業を授かったサンタナリアは、失われた超古代高度文明紀に生きた守護霊である魔法使いの能力を受け継ぐ。  家族には内緒で魔法の練習をし、古代遺跡でトレジャーハンターとして活躍することを夢見る。  そして、新たな家門を興し母と兄を養うと決心し奮闘する。  こっそり古代遺跡に潜っては、ピンチになったトレジャーハンターを助けるサンタさん。  身分差も授かった能力の偏見も投げ飛ばし、今日も元気に三歩先を行く。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...