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4.2人の軍師(13)
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あいも変わらず甲高い声で笑う色とりどりのドレスを着た娘達、アシャの目には『しゃべり鳥』(ライノ)さながらの鬱陶しい光景だが、ひょっとしてまさかユーノは、あの娘達に寄り添う男達の誰かのために装ってきたのだろうか。
「ユー…」
声を掛けかけて振り向き、いつの間にかアシャを凝視しているユーノに気づく。瞬時に願った。
(時を、止めてくれ)
真っ直ぐで強い視線、光を帯びて鮮やかな黒、他の誰でもなく、アシャだけを見つめている瞳。
(誰でもいい、こいつが側に居る時を、俺を見上げている、この時のまま、止めてくれ)
強く祈る。
確かに抱きしめるどころか触れることさえしていない、2人の間には距離があり、互いの熱さえ感じ取れない。それでも、すぐにこの魂は走り出して行ってしまう。アシャのことも、己の命さえ顧みず、運命の中を駆け抜けて行ってしまうに違いないのだから。
アシャはユーノを知っている。きっと他の誰よりも、頬の滑らかさも、頸の細さも、傷跡走る体の熱さも、唇の柔らかさも気持ちの一途さも何もかも。なのに、この少女は、アシャの幼い所有欲を苦笑するように、いつもいつもアシャの腕をすり抜ける。
身動き一つできなかった。吐息を溢れさせる唇を、もう一度だけ奪いたい。けれど動けない。
腕なり足なり、どこか一つでも動かせば最後、この薄紅の少女の幻は、少年の猛々しさに変わってしまう。アシャを拒み、炎の中へその身を躍らせてしまう。
動けない。
何も言えない。
ただ願う、少しでも長く、この時が続いて欲しいとだけ。
遠くでジェブの葉鳴りがした。眠りから突然覚めたように体を震わせたユーノは、わずかに傾げていた首を戻し、瞳を伏せた。一瞬、泣き出しそうに哀しい、諦めを含んだ笑みを浮かべた気がして、どきりとする。
(ユーノ…?)
何かを待っていたような、とようやく少し頭が働いて、はっとする。娘が着飾って男の前へ現れたなら、ことばは一つしかない。ユーノの美しさに見惚れていたアシャは、まだ一言の賛辞も口にしていない。
「ユーノ、」
「アシャ」
言いかけて遮られ、アシャは口を噤んだ。
「姉さまと踊った?」
「ああ…?」
「…見たかったな、私。綺麗だっただろうね」
俯いたまま、けれど声は明るく続く。
「あなたが濃紺の長衣、姉さまが青いドレス、姉さまが光であなたが影。凄く似合ってただろうなあ……上手だったでしょう、姉さまのダンス」
「そう、だな」
アシャは戸惑う。
ユーノが着飾って来てくれたのはアシャのためではなかったのか。それこそ、セレド皇宮から離れ、皇女扱いも禄にされない姉を気遣って、あるいは故国で繰り返し見ていた姉の艶姿を見て懐かしさを味わうために、夜会に合わせた装いを選んで来ただけなのか。
ユーノの視界に入っていたのは、アシャではなく、唯一無二の存在、レアナだけだったのか。
(俺は…勘違い、したのか…)
「そうだな、って。セレドでもね、夜会のたびにほとんど皆から申し込まれてね、よく困ってたよ」
「そうか」
落ち込みながら、アシャはユーノがくすくす笑うのを見下ろす。
(こんなことなら…)
小さく拳を握る。
(先に誤解したまま…抱き締めておけばよかった)
「…姉さまの踊りが軽いでしょ、だから、どんな人でも上手く見えるんだ。姉さまは優しいから、結局その時もみんなと踊ったけど、後でさすがにくたびれたってこぼしてた」
「そう…か」
話し続けるユーノに唇が歪む。
「ユー…」
声を掛けかけて振り向き、いつの間にかアシャを凝視しているユーノに気づく。瞬時に願った。
(時を、止めてくれ)
真っ直ぐで強い視線、光を帯びて鮮やかな黒、他の誰でもなく、アシャだけを見つめている瞳。
(誰でもいい、こいつが側に居る時を、俺を見上げている、この時のまま、止めてくれ)
強く祈る。
確かに抱きしめるどころか触れることさえしていない、2人の間には距離があり、互いの熱さえ感じ取れない。それでも、すぐにこの魂は走り出して行ってしまう。アシャのことも、己の命さえ顧みず、運命の中を駆け抜けて行ってしまうに違いないのだから。
アシャはユーノを知っている。きっと他の誰よりも、頬の滑らかさも、頸の細さも、傷跡走る体の熱さも、唇の柔らかさも気持ちの一途さも何もかも。なのに、この少女は、アシャの幼い所有欲を苦笑するように、いつもいつもアシャの腕をすり抜ける。
身動き一つできなかった。吐息を溢れさせる唇を、もう一度だけ奪いたい。けれど動けない。
腕なり足なり、どこか一つでも動かせば最後、この薄紅の少女の幻は、少年の猛々しさに変わってしまう。アシャを拒み、炎の中へその身を躍らせてしまう。
動けない。
何も言えない。
ただ願う、少しでも長く、この時が続いて欲しいとだけ。
遠くでジェブの葉鳴りがした。眠りから突然覚めたように体を震わせたユーノは、わずかに傾げていた首を戻し、瞳を伏せた。一瞬、泣き出しそうに哀しい、諦めを含んだ笑みを浮かべた気がして、どきりとする。
(ユーノ…?)
何かを待っていたような、とようやく少し頭が働いて、はっとする。娘が着飾って男の前へ現れたなら、ことばは一つしかない。ユーノの美しさに見惚れていたアシャは、まだ一言の賛辞も口にしていない。
「ユーノ、」
「アシャ」
言いかけて遮られ、アシャは口を噤んだ。
「姉さまと踊った?」
「ああ…?」
「…見たかったな、私。綺麗だっただろうね」
俯いたまま、けれど声は明るく続く。
「あなたが濃紺の長衣、姉さまが青いドレス、姉さまが光であなたが影。凄く似合ってただろうなあ……上手だったでしょう、姉さまのダンス」
「そう、だな」
アシャは戸惑う。
ユーノが着飾って来てくれたのはアシャのためではなかったのか。それこそ、セレド皇宮から離れ、皇女扱いも禄にされない姉を気遣って、あるいは故国で繰り返し見ていた姉の艶姿を見て懐かしさを味わうために、夜会に合わせた装いを選んで来ただけなのか。
ユーノの視界に入っていたのは、アシャではなく、唯一無二の存在、レアナだけだったのか。
(俺は…勘違い、したのか…)
「そうだな、って。セレドでもね、夜会のたびにほとんど皆から申し込まれてね、よく困ってたよ」
「そうか」
落ち込みながら、アシャはユーノがくすくす笑うのを見下ろす。
(こんなことなら…)
小さく拳を握る。
(先に誤解したまま…抱き締めておけばよかった)
「…姉さまの踊りが軽いでしょ、だから、どんな人でも上手く見えるんだ。姉さまは優しいから、結局その時もみんなと踊ったけど、後でさすがにくたびれたってこぼしてた」
「そう…か」
話し続けるユーノに唇が歪む。
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