62 / 119
5.リディノ哀歌(4)
しおりを挟む
「ふ…ぅ」
「分かりましたか?」
「分かった…分かったけれど」
呆れ返りながらユーノは首を振る。
「あなた達って」
「大詐欺師と言って頂きましょうか」
セシ公はくすりと妖しい笑みを零した。ここ数日間の作戦会議で疲れ切っているはずだが、そんな様子は一瞬も見せない。グラスから酒を含み、濡れた唇をちろりと舌先で舐める。
「だから、あなたが東へ行く必要はない、無論『アシャ殿』も」
「うん…」
ユーノの頭は今聞いたばかりの作戦にまだぼうっとしている。概要と自分の役割は呑み込んだものの、どこへ戦が流れていこうとしているのかは、まだ見えてこない。
「けれど…」
「けれど、何です?」
「一体どこまでが表の作戦なんだか……どこからが引っ掛けなんだか…」
「一流の軍師です、アシャ殿は」
セシ公は淡々と評した。
「これだけの手駒、確かに動かし方に荒さはあるが、一晩で組まれましたよ」
「一晩?!」
「はい。後の数日は私どもの理解のために時間が必要だったためで……アシャ殿は『先』だけを見つめておいでです」
「…化け物だな」
「誰が化け物だ?」
「わ!」
不意に後ろから声を掛けられ、ユーノは飛び上がった。
「人のことを言えた義理か?」
振り返ると、アシャがレスファートを連れて戻ってきている。
「ユーノ!」
そのレスファートがユーノを見るや否や飛びついてきて、薄紅の裳裾にしがみついた。
「何? どうしたの?」
「っ…っ」
問いにも激しく首を振って答えない。抱きとめた体が震えているのに気づいて、ユーノは眉を潜めた。
(怯えている?)
思わずしゃがみ込んで覗き込む。アクアマリンの瞳は見開かれていよいよ薄い。アシャを振り仰いだが、よくわからない、と首を振るだけだ。
「どうしたの、レス」
「こわい…」
「怖い? 何が?」
「つかまっちゃう…」
「レス?」
か細い声で答えたレスファートは、見る見る涙を溜めた。両手を抜き出して差し上げ、ユーノの首にすがりつく。
「黒い波につかまっちゃう」
「…どうしたんだ?」
ただならないと思ったのだろう、手元のグラスを飲み干して何処かへ置こうとしていたらしいアシャが、グラスをそのままに体を屈めた。
「わからない。怯えてるんだ。レス? 何に? 誰が捕まるって?」
「黒い波…」
「波?」
「リディが…」
「リディ?」
ユーノは広間を振り返った。
「分かりましたか?」
「分かった…分かったけれど」
呆れ返りながらユーノは首を振る。
「あなた達って」
「大詐欺師と言って頂きましょうか」
セシ公はくすりと妖しい笑みを零した。ここ数日間の作戦会議で疲れ切っているはずだが、そんな様子は一瞬も見せない。グラスから酒を含み、濡れた唇をちろりと舌先で舐める。
「だから、あなたが東へ行く必要はない、無論『アシャ殿』も」
「うん…」
ユーノの頭は今聞いたばかりの作戦にまだぼうっとしている。概要と自分の役割は呑み込んだものの、どこへ戦が流れていこうとしているのかは、まだ見えてこない。
「けれど…」
「けれど、何です?」
「一体どこまでが表の作戦なんだか……どこからが引っ掛けなんだか…」
「一流の軍師です、アシャ殿は」
セシ公は淡々と評した。
「これだけの手駒、確かに動かし方に荒さはあるが、一晩で組まれましたよ」
「一晩?!」
「はい。後の数日は私どもの理解のために時間が必要だったためで……アシャ殿は『先』だけを見つめておいでです」
「…化け物だな」
「誰が化け物だ?」
「わ!」
不意に後ろから声を掛けられ、ユーノは飛び上がった。
「人のことを言えた義理か?」
振り返ると、アシャがレスファートを連れて戻ってきている。
「ユーノ!」
そのレスファートがユーノを見るや否や飛びついてきて、薄紅の裳裾にしがみついた。
「何? どうしたの?」
「っ…っ」
問いにも激しく首を振って答えない。抱きとめた体が震えているのに気づいて、ユーノは眉を潜めた。
(怯えている?)
思わずしゃがみ込んで覗き込む。アクアマリンの瞳は見開かれていよいよ薄い。アシャを振り仰いだが、よくわからない、と首を振るだけだ。
「どうしたの、レス」
「こわい…」
「怖い? 何が?」
「つかまっちゃう…」
「レス?」
か細い声で答えたレスファートは、見る見る涙を溜めた。両手を抜き出して差し上げ、ユーノの首にすがりつく。
「黒い波につかまっちゃう」
「…どうしたんだ?」
ただならないと思ったのだろう、手元のグラスを飲み干して何処かへ置こうとしていたらしいアシャが、グラスをそのままに体を屈めた。
「わからない。怯えてるんだ。レス? 何に? 誰が捕まるって?」
「黒い波…」
「波?」
「リディが…」
「リディ?」
ユーノは広間を振り返った。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双
四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。
「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。
教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。
友達もなく、未来への希望もない。
そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。
突如として芽生えた“成長システム”。
努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。
筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。
昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。
「なんであいつが……?」
「昨日まで笑いものだったはずだろ!」
周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。
陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」
かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
三歩先行くサンタさん ~トレジャーハンターは幼女にごまをする~
杵築しゅん
ファンタジー
戦争で父を亡くしたサンタナリア2歳は、母や兄と一緒に父の家から追い出され、母の実家であるファイト子爵家に身を寄せる。でも、そこも安住の地ではなかった。
3歳の職業選別で【過去】という奇怪な職業を授かったサンタナリアは、失われた超古代高度文明紀に生きた守護霊である魔法使いの能力を受け継ぐ。
家族には内緒で魔法の練習をし、古代遺跡でトレジャーハンターとして活躍することを夢見る。
そして、新たな家門を興し母と兄を養うと決心し奮闘する。
こっそり古代遺跡に潜っては、ピンチになったトレジャーハンターを助けるサンタさん。
身分差も授かった能力の偏見も投げ飛ばし、今日も元気に三歩先を行く。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる