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7.ミダスの裏切り(11)
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ジットーが南へ下るのを押さえ、野戦部隊(シーガリオン)の救援を食い止める。その役をミダス公は自ら請うた。動きが派手すぎると忠告したジュナには虚ろに笑って応じた。堕ちる先が見えている者に何のためらいがいる、結末を待つ者はひたすらそこに駆け込むだけだ、と。
自暴自棄の様子を見てとったのか、『眼』の役目も不要と判断したのか、ジュナはそれ以上ことばを継がなかった。
(我が子に生まれたがそなたの身の不運…いや、世がもう少し平和であれば…の…)
混乱と激動の世に、乙女らしい純情の果ての死を迎えたリディノ……その一途さが今のミダス公には苦い。己の生き様を貫けただけ幸せだったと言えなくもない、未だ迷いの淵を歩く己よりは。
黒みがかった灰色の長衣を翻しながら、ミダス公は歩を進めた。狭苦しい路地を抜け、古びた家並みを過ぎ、町外れに来る頃にはジットーの薄汚れた後ろ姿を目にしていた。どこに『運命(リマイン)』が潜んでいるかわからぬ土地を行く密使らしく、旅人を装いながらも緊張が伺え、すぐそれとわかる。
「…」
ミダス公は首に引き下ろしていた布を口元まで引き上げた。被った布と口を覆った布で、目だけを光らせた刺客の姿となって気配を殺しながら懐の小剣の鞘を払い、一気にジットーの背後へ迫る。
いくら気配を殺しているとは言え、素人の刺客、並の人間にはそれと分からなくても、戦場をくぐり抜けてきた兵士には、凄まじい殺気は形に見えるほどのもの、はっとジットーが振り返るのと、ミダス公が無言で斬りつけるのがほぼ同時だった。
「何者!!」
叫んでジットーが飛び退る。追って二の太刀、三の太刀、躱しながら剣を引き抜いたジットーがこちらの目を見てぎょっとしたように、
「まさか、あなたは…」
「!!」
言わせまいと斬りつける己の無様さを、未だ『ミダス公』に未練があるせいだとは気づかなかった。刃と刃が切り結んで火を散らし、不意を襲ったミダス公にさすがに利が出る、瞬間、低いけれどもよく張った声が場を通った。
「ミダス公!」
「っ」
ぎくりとした一瞬、ジットーの刃先が頬を掠め、痛みとともに被りものの布を裂いた。パラリと仮面のように剥がれる口元の布、頬に伝う生ぬるい雫、振り返った視界に、夕暮れの紫の光の中、目を奪うほど鮮やかな金髪を風に乱れさせたセシ公の姿があった。
背後でジットーが追撃も忘れて息を呑む気配、対照的に落ち着き払ったセシ公の茶色の瞳が全てを知っていると語り、ミダス公はゆっくりと身体中の力が抜けていくのを感じた。深い……『安堵』の溜息が体の奥から漏れる。
そのミダス公にじっと目を据えたまま、セシ公は命じた。
「行け、ジットー」
「…」
「ジットー!」
「!」
懸念を確かめるように近づいていたジットーが我に返る。狼狽えたようにミダス公とセシ公を見比べる、その頬が次第に怒りと戸惑いに紅潮していく。
「し…しかし…」
「東の軍を見殺しにするな」
「っ」
セシ公のことばにぐっと詰まったジットーは、激情を必死に堪え……が、ついに堪えきれずに叫んだ。
「…ミダスの……長がっ!!」
吐き捨てて背中を向けたジットーの胸には、東で倒れていった多くの仲間が、そして何より、少ない軍を指揮しながら故国を守ろうとした『銀羽根』の長、シャイラの死がせり上がっていただろう。無理に背けた頬に流れたのは悔し涙だったのか、汚れた拳で汗をふき取るように擦り落とし、南へと走り出す。
自暴自棄の様子を見てとったのか、『眼』の役目も不要と判断したのか、ジュナはそれ以上ことばを継がなかった。
(我が子に生まれたがそなたの身の不運…いや、世がもう少し平和であれば…の…)
混乱と激動の世に、乙女らしい純情の果ての死を迎えたリディノ……その一途さが今のミダス公には苦い。己の生き様を貫けただけ幸せだったと言えなくもない、未だ迷いの淵を歩く己よりは。
黒みがかった灰色の長衣を翻しながら、ミダス公は歩を進めた。狭苦しい路地を抜け、古びた家並みを過ぎ、町外れに来る頃にはジットーの薄汚れた後ろ姿を目にしていた。どこに『運命(リマイン)』が潜んでいるかわからぬ土地を行く密使らしく、旅人を装いながらも緊張が伺え、すぐそれとわかる。
「…」
ミダス公は首に引き下ろしていた布を口元まで引き上げた。被った布と口を覆った布で、目だけを光らせた刺客の姿となって気配を殺しながら懐の小剣の鞘を払い、一気にジットーの背後へ迫る。
いくら気配を殺しているとは言え、素人の刺客、並の人間にはそれと分からなくても、戦場をくぐり抜けてきた兵士には、凄まじい殺気は形に見えるほどのもの、はっとジットーが振り返るのと、ミダス公が無言で斬りつけるのがほぼ同時だった。
「何者!!」
叫んでジットーが飛び退る。追って二の太刀、三の太刀、躱しながら剣を引き抜いたジットーがこちらの目を見てぎょっとしたように、
「まさか、あなたは…」
「!!」
言わせまいと斬りつける己の無様さを、未だ『ミダス公』に未練があるせいだとは気づかなかった。刃と刃が切り結んで火を散らし、不意を襲ったミダス公にさすがに利が出る、瞬間、低いけれどもよく張った声が場を通った。
「ミダス公!」
「っ」
ぎくりとした一瞬、ジットーの刃先が頬を掠め、痛みとともに被りものの布を裂いた。パラリと仮面のように剥がれる口元の布、頬に伝う生ぬるい雫、振り返った視界に、夕暮れの紫の光の中、目を奪うほど鮮やかな金髪を風に乱れさせたセシ公の姿があった。
背後でジットーが追撃も忘れて息を呑む気配、対照的に落ち着き払ったセシ公の茶色の瞳が全てを知っていると語り、ミダス公はゆっくりと身体中の力が抜けていくのを感じた。深い……『安堵』の溜息が体の奥から漏れる。
そのミダス公にじっと目を据えたまま、セシ公は命じた。
「行け、ジットー」
「…」
「ジットー!」
「!」
懸念を確かめるように近づいていたジットーが我に返る。狼狽えたようにミダス公とセシ公を見比べる、その頬が次第に怒りと戸惑いに紅潮していく。
「し…しかし…」
「東の軍を見殺しにするな」
「っ」
セシ公のことばにぐっと詰まったジットーは、激情を必死に堪え……が、ついに堪えきれずに叫んだ。
「…ミダスの……長がっ!!」
吐き捨てて背中を向けたジットーの胸には、東で倒れていった多くの仲間が、そして何より、少ない軍を指揮しながら故国を守ろうとした『銀羽根』の長、シャイラの死がせり上がっていただろう。無理に背けた頬に流れたのは悔し涙だったのか、汚れた拳で汗をふき取るように擦り落とし、南へと走り出す。
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