『ラズーン』第六部

segakiyui

文字の大きさ
97 / 119

8.夜襲(2)

しおりを挟む
「夜襲…」
 ユーノのことばに、カイルーンが呆れた声を上げた。
「夜襲をかける…と?」
「戦は明け方から日の暮れまでが常道、ましてや『泥土』を含む広範囲の戦線、夜襲などかけた際には同士討ちは必至…」
 ディーディエトも不服そうにことばを継ぐ。じっと腕を組んで聞いていたミネルバが、
「何か勝算があるのか、ユーノ」
 ぽつりと尋ねてよこした。
 それには答えず、
「戦況を繰り返してみる。間違っていたら教えてくれ」
 ユーノは机の上に広げられた革の地図に屈み込んだ。
「ラズーンの南は『運命(リマイン)』側としてネハルール、レトラデスの下位軍士、こちらは『銀羽根』が出ており膠着状態だ」
 カイルーンが頷く。
「南は『運命(リマイン)』としての動きはまだ見られていないが、ギヌアを中心とする『運命(リマイン)』の中央勢力が控えている可能性があり、手は抜けない。ラズーンのセシ公は、東への応援として南の守りに付いていた野戦部隊(シーガリオン)を移動させ、そのあとへ『鉄羽根』を配置中……東はシダルナン、モディスンの両雄が倒れたとは言え、こちらも『銀羽根』をほとんど失い、残る『銅羽根』の防衛戦も『穴の老人』(ディスティヤト)に突破されたが、グードスの捨て身の攻撃で何とか『泥土』境界まで戦線を東へ戻せた」
 デーディエトが暗い声で、
「が、破られるのも時間の問題じゃ。いくら『銅羽根』が飢粉(シイナ)の扱いに慣れているからと言って、長のグードスを失っては烏合の衆…」
 ユーノは唇を噛んだ。
 アギャン公グードスは、『銀羽根』のシャイラと前後して戦死したとの報告が入っていた。死にざまは壮烈で、アギャン領地に古くから伝わる武器、飢粉(シイナ)を自ら背負って敵陣に切り込み、毒粉でモディスン、シダルナンの兵士を倒すとともに、精錬の兵士に飢粉(シイナ)を背負わせ、『泥土』から泥獣(ガルシオン)を引き摺り出し、それに兵士と『穴の老人』(ディスティヤト)を襲わせると言う策を取った。
 確かにそれは『運命(リマイン)』の侵攻を食い止めはしたが、同時に戦場に飢粉(シイナ)を撒き散らし、泥獣(ガルシオン)の跳梁を欲しいままにし、文字通りアギャン領土を死の土地と化した。シダルナン、モディスンの兵士はもとより、『銅羽根』のかなりが戦死したが、計算違いは『穴の老人』(ディスティヤト)に飢粉(シイナ)が効かなかったこと、今奴らは飢粉(シイナ)散る戦場で敵味方の別なく喰らって英気を養いながら、じわじわと西へ移動しつつあると言う。
 東へ応援に駆けつけた野戦部隊(シーガリオン)も、『穴の老人』(ディスティヤト)、しかも飢粉(シイナ)だらけになり『生ける凶器』となった存在を相手では、手を出すにも出せず、死傷者を増すばかりと言う有様だった。
「このままでは残った『銅羽根』も野戦部隊(シーガリオン)も見殺しになる…」
「そればかりか、ギヌア・ラズーンならこの機を見逃すまい。中央突破に出てくるのは時間の問題…」
「カイルーン、ディーディエト」
「何じゃ?」
「あなた達は自分と『穴の老人』(ディスティヤト)を間違えるか?」
「何っ」
「仲間と『穴の老人』(ディスティヤト)を見分け損なうか?」
「ユーノ!」
 きっとした声でカイルーンが応じる。
「いくら聖女王(シグラトル)とは言え、いや聖女王(シグラトル)ならばこそ、冗談で済まされぬことがある!」
「そうとも! それ以上、我らへの侮辱は許さぬ!」
「大体……ユーノ……?」
 くすくす笑い始めたユーノに、なおも言い募ろうとしたカイルーンが呆気にとられた顔になった。
「何がおかしい?」
「それほど自分達の眼に自信があるなら、同士討ちなんてしないはずだね?」
「当たり前じゃ!」
「カ…カイルーン」
 いきり立ったカイルーンに、ハッとしたようにディーディエトが声を上げた。
「そうじゃ…確かに同士討ちはせぬ……『我らと「穴の老人」(ディスティヤト)のみ』なら…」
「ディーディエト?」
 訝しげにディーディエトとユーノを見比べるカイルーンの後ろから、ミネルバが依然重苦しい声を継いだ。
「同士討ちはせぬ……他に誰もおらねば、な」
「で、では、ユーノ!」
「野戦部隊(シーガリオン)と『銅羽根』を退き……『穴の老人』(ディスティヤト)と我ら『泉の狩人』(オーミノ)のみ、戦場に残す気か?」
 ようやく訳が分かったらしいカイルーン、冷ややかに、けれども面白そうにことばを続けるミネルバに、ユーノはにやりと笑って見せた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

三歩先行くサンタさん ~トレジャーハンターは幼女にごまをする~

杵築しゅん
ファンタジー
 戦争で父を亡くしたサンタナリア2歳は、母や兄と一緒に父の家から追い出され、母の実家であるファイト子爵家に身を寄せる。でも、そこも安住の地ではなかった。  3歳の職業選別で【過去】という奇怪な職業を授かったサンタナリアは、失われた超古代高度文明紀に生きた守護霊である魔法使いの能力を受け継ぐ。  家族には内緒で魔法の練習をし、古代遺跡でトレジャーハンターとして活躍することを夢見る。  そして、新たな家門を興し母と兄を養うと決心し奮闘する。  こっそり古代遺跡に潜っては、ピンチになったトレジャーハンターを助けるサンタさん。  身分差も授かった能力の偏見も投げ飛ばし、今日も元気に三歩先を行く。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

処理中です...