『ラズーン』第六部

segakiyui

文字の大きさ
98 / 119

8.夜襲(3)

しおりを挟む
 赤い酒がギヌアの手の中で揺れている。ゆったりと重そうに、たっぷりととろみを持って。
 それは、これまでギヌアが手に掛けてきた人間達の生き血のようにも見えた。ただ、この生き血は透明で、香りが甘くどこか切ない。
 ふっと何者かが実体化した気配に振り返りもせず問う。
「首尾は?」
「東の『銀羽根』『銅羽根』とも潰れましてございます。野戦部隊(シーガリオン)が応援に東へ向かいましたが、『穴の老人』(ディスティヤト)の勢い衰えることなく、崩れるのも時間の問題かと思われます。『金羽根』は西から動いておりません。『鉄羽根』のジーフォ公はテッツェ共々まだ行方不明のまま、長がなくては『鉄羽根』も動きますまい。中央『氷の双宮』では『太皇(スーグ)』は依然動かず、ラズーン内壁内ではこちらの手の者の扇動に『氷の双宮』への反感が強まりつつあり、きっかけ一つで暴走は必至、なお『泉の狩人』(オーミノ)は動きが掴めませんが、ラズーンへ降りた気配はありません。また、ジュナからの報告では、アシャは死の床についてかた状態好転認めずとのこと…」
 シリオンのことばでアシャの名が出た一瞬のみ、ギヌアの酒の器を揺らす手が止まったが、すぐに再び物憂げに揺らし出しながら、
「とすると、南が空いたな」
「御意。まさかの時はセシ公がでるつもりなのでしょうが、行かんせん、手勢なしでは勝てますまい」
「ふむ…」
 ギヌアは酒から机に広げた世界図に目を落とした。
 邪魔者は一人、また一人と消えていっている。同時に、ラズーン、目の眩むような権力の頂点は一歩、また一歩とギヌアの進む道の先に近づいてきている。
「ジュナに用心しろと伝えろ。ミダスが切られた今はあやつもまた貴重な『眼』だ」
「はい。代わりに望みのままの地位を申し立てておりますが…」
「よかろう、好きな地位に就くが良い……ただし『死の女神』(イラークトル)の膝元でな」
「は」
 にんまりとした笑みがシリオンとギヌアの唇に呼応するように広がった。
「好きな地位を望め、と伝えておきましょう。他には」
「シーラとカザディノを長とし一軍を成せ。南から『氷の双宮』へ攻め上がらせる。同時に内壁から揺さぶりを掛け、門を開かせるがいい。ただし『運命(リマイン)』を同道させるな」
「と申されますと」
「ここまで粘ったセシと言う男が、こうも軽々と南を空けておくのが気に食わん。何か企んでおるかも知れん」
「…」
「万に一つの賭けなら、人間の駒で十分。この世を制すのは我らが『運命(リマイン)』」
「はっ」
 シリオンは薄く笑みを滲ませて頭を下げ、姿を消した。それを見届けてから、ギヌアは再び酒を揺らす手を止めた。
 勝利は目前にある。いまにも掴み取れそうなほどはっきりと、ギヌアの眼に映っている。
 だが、この不安は何だろう。何か、今一つ手応えがない。いや、なさ過ぎる。
(アシャ…)
 心を片時も離れぬのはその名前だ。
 アシャ・ラズーン。神々の御子。魔性の美を邪気ない心にたたえる男。
 だが、その優しげな男が牙を剥いた時の恐ろしさ、凄まじさをもギヌアは熟知している。死の床にあると言う、毒酒のせいで。確かにアシャも人間、そう言うこともあり得よう。が、ギヌアの本能が叫び続けているのもまた、確かだった。
(アシャ…なぜ動かん。なぜ、死の床で大人しく眠ってなぞいるのだ)
 叫ぶ心の片隅で、ギヌアにも聞こえない小さな声がそっと呟いた。
 死ぬな、アシャ、と。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

生きるために逃げだした。幸せになりたい。

白水緑
ファンタジー
屋敷内に軟禁状態だったリリアは、宝物を取り戻したことをきっかけに屋敷から逃げ出した。幸せになるために。体力も力もない。成り行きに身を任せる結果になっても、自分の道は自分で選びたい。 2020/9/19 第一章終了 続きが書け次第また連載再開します。 2021/2/14 第二章開幕 2021/2/28 完結

あやかしたちのとまりぎの日常

彩世幻夜
キャラ文芸
吉祥寺は井の頭公園界隈の一画で、ひっそりと営業するダイニング・バー【ペルシュ】に訪れるお客の大半はひとではないもの、いわゆるあやかしたち。 勿論店の店主や店員もまた人ではない。 そんな店でバイトをするとある専門学校生とあやかしたちが織りなす〝日常(?)〟物語

「婚約破棄された転生令嬢ですが、王城のメイド五百人に慕われるメイド長になりました。なお元婚約者は私のメイドに土下座中です」

まさき
恋愛
社畜OLとして過労死した私は、異世界の令嬢・アリア・ヴェルナーに転生した。 目が覚めたら、婚約破棄されていた。 理由は「地味で面白みがない」から。 泣く暇もなかった。翌朝、王城のメイド採用面接に向かった。 最初は鼻で笑われた。雑用係からのスタートだった。 でも——前世で叩き込まれた仕事術と、一人ひとりの話を聞く姿勢で、少しずつメイドたちが集まってきた。 厨房が変わった。リネンが変わった。王城全体が変わっていった。 そして就任スピーチで宣言した。 「500人全員の名前を、覚えます」 冷酷と噂される王太子は、静かに見ていた。 悪役令嬢は妨害を仕掛けてきた。 元婚約者は——後悔し始めていた。 婚約破棄された令嬢が、500人に慕われるメイド長になるまでの物語。 なお元婚約者は、私のメイドたちの前で土下座中です。

処理中です...