『ラズーン』第六部

segakiyui

文字の大きさ
103 / 119

8.夜襲(8)

しおりを挟む
「ユーノ様!」
 不意に視界にジノのくしゃくしゃになった顔が飛び込んできて、ユーノははっとした。起き上がり掛け、頭の中心にめまいと痛みが蘇って動きを止める。
『大丈夫か、ユーノ』
「うん…どうしたのかな…目眩がする…」
『飢粉(シイナ)を少し吸い込んでいたのじゃ……無理もない』
「もう少し寝ておられたほうがいいですよ、ユーノ様! お待ち下さい、今ご用意を」
 ジノが活気を取り戻した顔で頷き、天幕(カサン)の橋へ飛んで行った。
『あまり無茶をせぬことじゃ……そなたの周囲におる者の気が保たん』
 ミネルバはユーノを覗き込んで、いつになく優しい声で続けた。
『丸一日近く、眠っておった。あのジノとやらが苛ついての、ラズーンへ医術師を探しに戻ると大騒ぎをしておったぞ』
「旅の時の癖かな…」
 自分一人で耐え抜く癖はもっと前からのものだと苦笑し掛けたところへ、
『なるほど、アシャと言う類稀な医術師がついておったか』
 言われてちくりと胸が痛んだ。
 アシャが居たから生き抜いてこられた。
 アシャが居たから後のことは気にしなかった。
「…あれで安心して無茶ができた」
 自分の限界以上のことにも立ち向かえた、無意識にアシャの支えを信じていたから。
 迷惑ばかりかける仲間を、アシャはいつしか負担にしか思わなくなっていたのではないか。
『ほ…ほほ』
 ミネルバはユーノの怯みに気づいたように、声を立てて笑った。
『アシャも可哀想な男よの、抱えたい重さもあろうに』
「…ラズーンへは?」
 気持ちを切り替える。
『残り3名を「狩人の山」(オムニド)に帰し、そこから伝令を走らせた。今頃は『氷の双宮』に届いていることじゃろう』
「…ひょっとして、ミネルバ」
 相手がまだ汚れた姿のままなのにようやく気づく。
「目を覚ますのを待っててくれたの?」
『我らが聖女王(シグラトル)なのじゃ、当然の事じゃろう』
 微笑む気配を満たしてミネルバが応じる。
「さあ、ユーノ様!」
 ジノが嬉々として、粥やスープを運んできた。
「食べて、体力をつけて。レスファート様達のところに戻りましょう」
「いや…」
 ユーノは匙を取り、粥を掬って口に運びながら首を振った。軽いむかつきが残っていたが、耐えられないほどではない、ぐっと我慢して飲み込む。幸い、喉を通ったものは戻る様子はなかった。
「後1~2日、ここに居る」
「え?」
 ジノがぎょっとしたように顔を振り向ける。
「まだ攻め手が来そうなんですか」
『そんなことはあるまい』
 ミネルバが考え込んだ声で応じた。
『「穴の老人」(ディスティヤト)が万が一残っていても1、2匹、まして新たに東を戦場とするにも、あの腐臭と飢粉(シイナ)の中では、並の人間は愚か、「運命(リマイン)」とても攻めあぐねよう』
「違うよ」
 ユーノは首を振った。
「仲間を……せめてシャイラとグードスの遺骸なりと見届けてやりたい」
「しかし、ユーノ様!」
 ジノが不服そうに声を上げた。
「今ミネルバ様が、とても行けるような状態ではないとおっしゃったばかりでしょうに」
「それでも……何とかして…ね」
 ユーノの脳裏に、ラズーンを訪れた日に出迎えてくれたシャイラの笑顔が蘇った。シャイラはリディノに想いを寄せていたとも聞いた。ならば、遺品なりとリディノの側に眠らせてやりたい。
(私だって)
 もし万が一、どこか遠い地で果てるにせよ、衣類の端切れでもアシャの近くに眠らせてもらえるなら、どれほど嬉しいだろう。
「ミネルバ様は…」
 ジノの問いにミネルバは重々しく首を振った。
『我ら「泉の狩人」(オーミノ)に死者への葬いはない。こうして生き永らえていることが、既に長い葬い行列に続くようなもの、命を終えて安堵こそすれ、悔いなぞ何一つ残りはせぬ』
 ミネルバの声の虚ろさに、ユーノは微かな胸の痛みを覚えた。焦がれて焦がれて待ち続けて、ただ聖女王(シグラトル)の側に行きたいと言うたった一つの願いから、今度もまた遠ざけられた。声の中には嘆きが宿る。その哀しみには覚えがある。
(焦がれて焦がれて……けれど、焦がれ死ぬほど弱くもなく、引き止め奪うほど強くもなく…)
 そうしてユーノは、何度アシャの周囲を巡っていることだろう。側に居たい、それだけのささやかな望みさえ叶えられずに。こうして傷つき疲れた身でさえ、ユーノはアシャの元には戻れない。
『カイルーン、ディーディエトは、もう聖女王(シグラトル)にお逢いできただろうか…』
 自分はまだ許されていないのか……そう呟くミネルバの声が聞こえた気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

生きるために逃げだした。幸せになりたい。

白水緑
ファンタジー
屋敷内に軟禁状態だったリリアは、宝物を取り戻したことをきっかけに屋敷から逃げ出した。幸せになるために。体力も力もない。成り行きに身を任せる結果になっても、自分の道は自分で選びたい。 2020/9/19 第一章終了 続きが書け次第また連載再開します。 2021/2/14 第二章開幕 2021/2/28 完結

あやかしたちのとまりぎの日常

彩世幻夜
キャラ文芸
吉祥寺は井の頭公園界隈の一画で、ひっそりと営業するダイニング・バー【ペルシュ】に訪れるお客の大半はひとではないもの、いわゆるあやかしたち。 勿論店の店主や店員もまた人ではない。 そんな店でバイトをするとある専門学校生とあやかしたちが織りなす〝日常(?)〟物語

「婚約破棄された転生令嬢ですが、王城のメイド五百人に慕われるメイド長になりました。なお元婚約者は私のメイドに土下座中です」

まさき
恋愛
社畜OLとして過労死した私は、異世界の令嬢・アリア・ヴェルナーに転生した。 目が覚めたら、婚約破棄されていた。 理由は「地味で面白みがない」から。 泣く暇もなかった。翌朝、王城のメイド採用面接に向かった。 最初は鼻で笑われた。雑用係からのスタートだった。 でも——前世で叩き込まれた仕事術と、一人ひとりの話を聞く姿勢で、少しずつメイドたちが集まってきた。 厨房が変わった。リネンが変わった。王城全体が変わっていった。 そして就任スピーチで宣言した。 「500人全員の名前を、覚えます」 冷酷と噂される王太子は、静かに見ていた。 悪役令嬢は妨害を仕掛けてきた。 元婚約者は——後悔し始めていた。 婚約破棄された令嬢が、500人に慕われるメイド長になるまでの物語。 なお元婚約者は、私のメイドたちの前で土下座中です。

処理中です...