『ラズーン』第六部

segakiyui

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8.夜襲(9)

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 その夜。
 ミネルバを取り敢えず『狩人の山』(オムニド)に帰したユーノは、ふと夜半に目覚めた。
 何かの気配が夜闇に動いている。
 目を開ける。じっと耳を澄ませる。
 隣では、疲れ切ったジノがすうすうと寝息を立てているだけ、あたりは静まり返っている。
 だが、その気配は確かに天幕(カサン)の外にあった。そうして、微かな異臭、肉が焼けるような、きな臭いような。
「………」
 ユーノは手元に剣を引きつけたまま、なおもしばらく待った。が、気配の目当ては天幕(カサン)にあるのではないらしく、いつまでたっても攻撃を仕掛けては来ない。
 ユーノは剣を腰に帯び、ジノを起こさないようにそっと寝床を忍び出た。出入り口まで進み、気配の動きを伺う。
 気配はこちらには全く興味がないようだ。
「…っ」
 垂れ幕を掻き分けてするりと外へ出ようとしたユーノは、思いもかけぬ光景に棒立ちになった。
 『泥土』が燃えている。
 いや、『泥土』が、と言うよりは戦場が、と言った方がいい。胸をむかつかせる臭いは一層きつくなって鼻腔に満ち、息をするのさえ躊躇われるような熱気のこもったどろどろした大気、火の海となった戦場のほぼ中央に炎が踊っている。
 敢えて踊っていると表現しなくてはならないほど、それは妙な動きだった。燃え上がる、のではない。かと言って燃え広がっている、と言うのでもない。強いて言えば、炎の塊が何の関連性も計画性ものなく、あちらへふわり、こちらへふわりと舞っている。
 ひょっとすると、それは『炎』と呼んではいけないのかも知れない。確かに金色の光の塊なのだが、炎に見られる様々な色がない。立体感もない。何と言うか、ぼうっとした金色の塊が、戦場を、落し物でも探すように動いている。降りた先々で火を放ち、死者もろとも大地を焼いている。野辺送りにしてはあまりにも無神経な火の放ち方、ある者の手を焼いたかと思うと、こちらの者の髪を焼き、手前の者の足先を掠めたかと思うと、向こう側に倒れている者の腹だけ爛れさせていく。
 見ているうちに、ユーノは次第に苛立たしくなって来た。
 ここに倒れている者は敵味方魔性の者も居るとは言え、各々死力を尽くして戦った武人、それをおもちゃにするとはどう言うことか。
 剣を抜き放つ。都合によっては、一戦交えるつもりで、
「何者だ」
 声を掛けた。
 ふっと炎は動きを止めた。人で言えば、訝しげにこちらを振り返る……と、突然『それ』は空を飛んだ。探し物を見つけたように、見る見るユーノに迫る。
(狙いは私か)
 舌打ちして、こんなことならジノもミネルバと一緒に帰せば良かったと臍を噛みながら、ユーノは剣を構え直した。得体の知れない者だけに体力の落ちている今やり合うと言うのはありがたくなかったが、引っかかってしまったものは仕方がない。覚悟を決めて、柄を握り締める。
 だが、金色の塊はユーノに襲いかかりはしなかった。軽々と炎の戦場を飛び越え、ユーノの前に降り立ち、そのままじっとしている。僅かに揺れる、だが風にではない。まるでユーノに会ったことが決まり悪そうな、そのくせ心配で堪らなくて側に居たがるような、どこか甘い気配をたたえてユーノの前で大人しくしている。
「何者だ?」
 ユーノは再度問うた。
 相手は答えない。
「…なぜ、あんなことをした……皆、名のある武人、悪戯に火を放って良い理由はない」
 弁解するように、金色の塊はユーノの側に擦り寄ろうとするように揺れた。けれどユーノが、なおも剣を厳しく構え続けるのに固まる。
 やがてためらうような、あたりの大気を震わせる声が響いた。
 オマエガ、シンパイダッタ。
「…え?」
 ダカラ、カラダヲ、ステテキタ。
 その声、その気配。
 何かがユーノの感覚を開いた。
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