『ラズーン』第六部

segakiyui

文字の大きさ
105 / 119

8.夜襲(10)

しおりを挟む
「…あ…」
 まさか。
 でも確かにこれは。
 でも、まさか。
「…ア…シャ……?」
 ソウダ。
 声は嬉しそうに応じた。
 ケガハナイカ……キズハダイジョウブカ……ユーノ…。
『怪我はないか。傷は大丈夫か、ユーノ』
 オマエハイツモ、ムチャバカリスル。
『お前はいつも、無茶ばかりする』
 アシャの生身の声が重なり、胸を詰まらせた。
 アシャは魔性。
 ユカルの声が記憶の中から蘇る。
(こういう……ことか…)
 呆然とするユーノを説得できたと思ったらしい金色の塊は、いそいそと近づいてきた。
 イッショニ、カエロウ。サア、ユーノ、イッショニ…。
 我に返ったユーノの鼻を異臭が突く。振り返る目に燃えていく戦士達が映る。
 燃えていってしまう、シャイラの誇りも、グードスの潔さも。ただ一つの形見なしに。ユーノがその骸を踏みつけた、その謝罪もさせずに。
 アシャの声を聞いた時と別の熱いものが、胸に溢れた。
 ユーノ…。
「アシャなら…一層…」
 振り返る。睨みつける。
「なぜ、あんなことをした?」
 剣を握り直す。金の塊に真っ向から向け直す。
「弔いもさせず、誇りも称えず!」
 ユーノ…。
「武人のアシャはいなくなったのか。死者への礼を忘れたのか!」
 オマエヲ、サガシテタ…。
「仮にもラズーンのために死んでいった者達を!」
 オマエヲ…サガシテタンダ…。
「あまつさえ、混乱の極にあるラズーンを捨てて、何をしに来た!」
 ユーノ……ユーノ……。
 声はおろおろと狼狽えた。
 オレハ……オマエガシンパイダッタ……オマエヲサガシタカッタ……オマエヲマモリタカッタ……。
(アシャ…!)
 何よりも聴きたかったことばが、ユーノの胸にこの上もなく切なく苦く広がった。
 アシャは魔性……ユカルが繰り返す。
 魔性とは何だ。己の想いに囚われて、他に何も見えなくなることだ。それを貫いたリディノはどうなった。『運命(リマイン)』の手先となり、その命を散らしたのではなかったか。
(アシャ……アシャ!)
 愛しい、大切な人、この上なく大切な……人。
 息を吸う。目を閉じ、きっぱりと言い放つ。
「お前は……アシャじゃない」
 ユーノ…!
 悲鳴じみた哀しい声に、心が引き千切られていく。
 案じてくれた、探してくれた、そのために、人の形まで捨ててくれた、けれども。
「お前は、アシャの名前を持った、ただの『魔物(パルーク)』だ」
 ユーノ………。
「『魔物(パルーク)』ならば……切る」
 力を込めた指先と動かぬ剣に、ユーノが本気だと知ったのだろう、金の塊は弱々しく揺らめいた。ためらい、なおもユーノのことばを待っていたが、やがて淡く消え入りそうな声で告げた。
 ラズーンニ……イル……カエッテキテホシイ…。
 ユーノは唇を強く結んだ。
 ……。
 答えがないのに、諦めたように空へ舞い上がる。そのまますうっと西の空へ向かう金の塊を、ユーノは身じろぎもせず見送った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

三歩先行くサンタさん ~トレジャーハンターは幼女にごまをする~

杵築しゅん
ファンタジー
 戦争で父を亡くしたサンタナリア2歳は、母や兄と一緒に父の家から追い出され、母の実家であるファイト子爵家に身を寄せる。でも、そこも安住の地ではなかった。  3歳の職業選別で【過去】という奇怪な職業を授かったサンタナリアは、失われた超古代高度文明紀に生きた守護霊である魔法使いの能力を受け継ぐ。  家族には内緒で魔法の練習をし、古代遺跡でトレジャーハンターとして活躍することを夢見る。  そして、新たな家門を興し母と兄を養うと決心し奮闘する。  こっそり古代遺跡に潜っては、ピンチになったトレジャーハンターを助けるサンタさん。  身分差も授かった能力の偏見も投げ飛ばし、今日も元気に三歩先を行く。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!

クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。 ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。 しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。 ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。 そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。 国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。 樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。

処理中です...