『ラズーン』第六部

segakiyui

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 爽やかな朝だった。
 一片の雲もなく澄み渡った青空、伸び上がる樹々の緑、優しく甘い風。
 それが束の間の夢であることは、部屋に集まった誰もがわかっていることだった。
 窓の外、門の付近では兵士達が見張りを続けている。ラズーンの長く平和な治世の中で、かつてこのように四大公の屋敷までが、武装した兵士に守られねば安全を保証できないなどと言うことはなかった。
 『運命(リマイン)』の撹乱は見事に功を奏し、人々を困惑と恐怖に陥れていた。荒い気性の者は既に、ラズーン内外を結ぶ門、『氷の双宮』の門、各公の邸などで悶着を起こし始めている。我が身可愛さと家族への想い、ラズーンへの不信に耐えかねて詰め寄った彼らと、負け戦の気配に苛立つ兵士達とが小競り合いとなり、その小競り合いの有様がまた人々の不信を煽る悪循環になっていた。
 東の勝ち戦、『銀羽根』『銅羽根』のほとんど失い、アギャン領土を死の地と化し、『泉の狩人』(オーミノ)と言う犠牲まで払っての勝利の知らせは、事情に詳しい者達に一条の光をもたらしたが、多くはそれさえ信じなかった。
 遠い東での勝敗よりも、近くに潜む化け物共をどうすればいい。俺達はそいつらに毎日狙われ続けているのだぞ。
 そう言って、人々の先導を切っていた男が、他ならぬ『運命(リマイン)』支配下(ロダ)にあると見抜いたのはレスファートのみ、大半はその男が門の所で穴という穴から血肉を噴き出し崩折れるのを見て、四大公かあるいは『氷の双宮』が、何か途轍もない術をかけて知られてはならない秘密のために口を封じたか、逆らう者として『運命(リマイン)』に真っ先に乗っ取られて殺されたかと、妄想を逞しくした。
 『運命(リマイン)』の巧みな先導とは知らぬままに、恐怖に駆られ暴動を起こそうとした者達もいたが、信頼関係もなくお互いを疑い続けていたため、計画はいつも熟さぬままに実行されて失敗し、結果、暴動を起こすに至らなかった。
 それらの動きは、人々をより孤独に陥れ、個人個人に切り離していった。
 ラズーンは今や、内部から見れば穴だらけの老木だった。そこには既に集合体としての国は存在し得なかった。ただ壁が、国境が人々をラズーンの内側に閉じ込めているだけだった。
 だが、門は開けられなかった………少なくとも、今は。
「…今、門を開けば」
 ようやくセシ公が再び口を開いた。
「人々はラズーンの外へ流出し、悉くギヌアの手先か餌食になるばかり、そればかりか、今かろうじて保っている秩序も、人々の移動で一気に崩れ去るだろう」
「…」
 イルファは目を閉じたまま、どすりと音を立てて後ろに凭れた。レスファートはいよいよ体を硬くして、セシ公の方を見ようともしない。アクアマリンの瞳は大きく見開かれたまま、前に広げられたラズーンの地図を見つめている。
 部屋には3人しか居なかった。ミダス公の私室で人払いをし、レスファートとイルファを呼び入れたセシ公は、東の勝利を耳にするや否や、かねてから温めていた策にかかろうと思うと告げた。それにはレスファートの力が是非とも必要だ、とも。
「レスファート殿」
 さらりと髪を掻き上げる。静かにレスファートを見る。ぴくりとレスファートの肩が震える。
「やはり、どうしても?」
「父様は人をクベツしちゃいけないって言ったよ。ぼくの力はそんなことのためにあるんじゃないって」
 同じ答えを繰り返すレスファートに、セシ公は溜息をついてイルファを見た。イルファも難しい顔で首を振り、
「ユーノでもいりゃあな、話も違うだろうが……」
「ユーノがいたっておんなじだよ」
 イルファのことばをレスファートは意固地に遮った。
「これはイキカタの問題だから」
 だめだこりゃ、と言いたげにイルファは肩を竦めて見せた。長い間見て来て、一旦こうと言い出したら聞かないのをよく知っているのだろう。
 セシ公は深い吐息を漏らして、再び窓の外、小憎らしいほど晴れ渡った空を見上げた。
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