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8.悪女(2)
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「かわい、そう?」
俺の頓狂な返答に、由美は笑いを響かせた。
『だってね、高多君、和枝を殺してなんかいないんです』
「へ?」
『和枝が一人で落ちちゃっただけ。私、見てたんだもの』
「ちょ、ちょっと待てよ。『見てた』ァ?!」
『そう。私、あの日、屋上にいたんです。ちょっとメランコリックな気分が味わいたかったから。それで、和枝と高多君のこと、見てたわけ』
由美は淡々と続けた。
「じゃあ、なぜ、それを高多に言ってやらなかったんだよ!」
むっとして怒鳴る
もし、由美が高多に話していれば、続いた殺人も防げたかも知れない。高多もあんなに悩むことはなかっただろう。
『滝さん、可愛さ余って憎さ百倍、ってことば、知ってます?』
「それが何の…」
関係がある、と言いかけた俺の頭に、ふっと奈子や典代の話が蘇る。由美も一時はかなり高多にのぼせていた……実行委員になったのも、実は高多と居たいがため……。
「ひょっとして……」
『私も高多君、好きだったんですよ。なのに、振られっ放しだし……ふっとね、黙っていたらどうなるかしらと思ったんです。まさか、あそこまでいくとは思わなかったけど……』
「石原さん……」
『安心して。裁判になったら、ちゃんと証人になるわ。そこまでは憎めないから。話したかったのはそれだけ。じゃあね』
「……わからん」
「何がです?」
周一郎が苦笑する。
「ったく、女ってのは何を考えてんだか…」
「…」
少し唇を笑ませただけ、俺よりはるかに『もの』を知っている少年は答えない。
「よう、滝君、朝倉さん」
「厚木警部…」
病院の玄関で知った顔を見つけて立ち止まる。
「高多ですか?」
「ああ。もう、それも詰めだよ。可哀相な男だと思うが。それより」
厚木警部は視線を周一郎に移した。
「朝倉さんなら、ご存知でしょうかな」
このことば遣いの差をどうしてくれよう。
殺気立つ俺を無視して、厚木警部は赤と黒の細い縞のネクタイを緩めながら、さりげなく言った。
「麻薬を取り扱っているらしいと言うことで、我々が追っていたルートが急に潰れたんですよ」
「…」
「よほどでかいところから圧力が加わったと思うんだが、どうでしょうな」
「さあ」
周一郎は曖昧に微笑んだ。
「僕にはちょっと…」
「そうですか」
厚木警部はさらりと流した。
「これは失礼……しかし、あなたの関わる事件には、いつも迷宮入りのところがありますな」
「そうですか」
「それじゃ失礼します。じゃな、滝君」
「ああ、はい」
通り過ぎようとする厚木警部の背中に、俺は呼びかけた。
「厚木警部!」
「うん?」
「エレベーター、壊れてますよ!」
「またか。やれやれ……」
溜息を吐きながら遠ざかって行く姿を、俺達はしばらく見送っていた。やがてその背中が階段の方へ消えるのを見届けてから、周一郎に話しかけた。
「おい」
「はい」
「何だ? 潰すの、潰さないのって」
「さあ、僕にはわかりません。何か、勘違いをされているんでしょう」
「ふうん」
そうかねえ? お由宇も何かそう言う類のことを言ってた気がするが。
……ま、いいか。
どうやら俺が関わっていることじゃないみたいだし。
「帰らないんですか?」
「あ、うん」
さっさと歩き出す周一郎に、俺は慌てて追いついた。
「ま、とにかく、一つわかったことがある」
「何ですか?」
「あんまりモテすぎるのは危ないってことだ。うん、モテすぎるのは良くない。絶対良くない。長生きできん。モテないほうが良い。何があっても良い」
「ふっ」
「何だよ」
珍しく周一郎が吹き出し、俺は気分を害して相手をねめつけた。
「いえ、別に」
「別にっつって、笑ってる奴がいるかよ」
周一郎はお義理にと言いたげに口を噤んだ。が、サングラスの奥の目は笑い続けている。
「ちぇっ。お前、最近笑いすぎだぞ」
「誰のせいだと思ってるんです?」
周一郎は玄関のガラス扉を通り抜けながら、肩越しに声を投げた。
「悪かったな!」
くすくす笑う周一郎の横顔にるりの顔が重なった。続いて高多、そして美砂の顔。
「笑顔、か…」
美砂は、たとえ偽りでもいいからと高多との逢瀬を楽しみにしていたと言う。その笑顔を、高多はどんな気持ちで見ていたのだろう。
夢見た男が悪いのか、見せた女が悪いのか。賭けた女が悪いのか、応えた男が悪いのか。
きっと、そんなことは問題じゃなかったんだろうな、るりや美砂にとっては。
ただ、そこに高多と言う人間が居た。
それが全てだったのかも知れない。和枝のように見返りなしに、高多のために『飛んで』しまうには、あまりにも自分が愛しすぎただけなのかも知れない。
「え…?」
物思いに耽っていた俺は、踏み出した一歩が空を踏むのにぎくりとした。
「わたっ……わたたたたた…」
目の前に階段、コンクリートがおいでおいでをしている。何の、呼ばれてたまるかと足を踏ん張り、ようよう体勢を立て直した俺に、運命はあくまで冷たかった。
「あ、すまん」
「ひえっ!」
背後から出てきた男が不安定な俺の背中にぶつかる。必然的に、俺の体は素直に前へ。
「滝さん!」
「どわわわわわ…」
どすっ、どんっ、どさっ!!
「滝さん! 大丈夫ですか?」
駆け寄る周一郎の気配、集まる人々、娘達のくすくす笑い、もそもそ起き上がりながら俺は呟く。
「俺が…」
「え?」
訝しげに首を傾げる周一郎、天を見上げて一声を張り上げる。
「俺が何をしたってんだーーーっ!!」
叫びは虚しく、空の彼方に吸い込まれていった。
終わり.
俺の頓狂な返答に、由美は笑いを響かせた。
『だってね、高多君、和枝を殺してなんかいないんです』
「へ?」
『和枝が一人で落ちちゃっただけ。私、見てたんだもの』
「ちょ、ちょっと待てよ。『見てた』ァ?!」
『そう。私、あの日、屋上にいたんです。ちょっとメランコリックな気分が味わいたかったから。それで、和枝と高多君のこと、見てたわけ』
由美は淡々と続けた。
「じゃあ、なぜ、それを高多に言ってやらなかったんだよ!」
むっとして怒鳴る
もし、由美が高多に話していれば、続いた殺人も防げたかも知れない。高多もあんなに悩むことはなかっただろう。
『滝さん、可愛さ余って憎さ百倍、ってことば、知ってます?』
「それが何の…」
関係がある、と言いかけた俺の頭に、ふっと奈子や典代の話が蘇る。由美も一時はかなり高多にのぼせていた……実行委員になったのも、実は高多と居たいがため……。
「ひょっとして……」
『私も高多君、好きだったんですよ。なのに、振られっ放しだし……ふっとね、黙っていたらどうなるかしらと思ったんです。まさか、あそこまでいくとは思わなかったけど……』
「石原さん……」
『安心して。裁判になったら、ちゃんと証人になるわ。そこまでは憎めないから。話したかったのはそれだけ。じゃあね』
「……わからん」
「何がです?」
周一郎が苦笑する。
「ったく、女ってのは何を考えてんだか…」
「…」
少し唇を笑ませただけ、俺よりはるかに『もの』を知っている少年は答えない。
「よう、滝君、朝倉さん」
「厚木警部…」
病院の玄関で知った顔を見つけて立ち止まる。
「高多ですか?」
「ああ。もう、それも詰めだよ。可哀相な男だと思うが。それより」
厚木警部は視線を周一郎に移した。
「朝倉さんなら、ご存知でしょうかな」
このことば遣いの差をどうしてくれよう。
殺気立つ俺を無視して、厚木警部は赤と黒の細い縞のネクタイを緩めながら、さりげなく言った。
「麻薬を取り扱っているらしいと言うことで、我々が追っていたルートが急に潰れたんですよ」
「…」
「よほどでかいところから圧力が加わったと思うんだが、どうでしょうな」
「さあ」
周一郎は曖昧に微笑んだ。
「僕にはちょっと…」
「そうですか」
厚木警部はさらりと流した。
「これは失礼……しかし、あなたの関わる事件には、いつも迷宮入りのところがありますな」
「そうですか」
「それじゃ失礼します。じゃな、滝君」
「ああ、はい」
通り過ぎようとする厚木警部の背中に、俺は呼びかけた。
「厚木警部!」
「うん?」
「エレベーター、壊れてますよ!」
「またか。やれやれ……」
溜息を吐きながら遠ざかって行く姿を、俺達はしばらく見送っていた。やがてその背中が階段の方へ消えるのを見届けてから、周一郎に話しかけた。
「おい」
「はい」
「何だ? 潰すの、潰さないのって」
「さあ、僕にはわかりません。何か、勘違いをされているんでしょう」
「ふうん」
そうかねえ? お由宇も何かそう言う類のことを言ってた気がするが。
……ま、いいか。
どうやら俺が関わっていることじゃないみたいだし。
「帰らないんですか?」
「あ、うん」
さっさと歩き出す周一郎に、俺は慌てて追いついた。
「ま、とにかく、一つわかったことがある」
「何ですか?」
「あんまりモテすぎるのは危ないってことだ。うん、モテすぎるのは良くない。絶対良くない。長生きできん。モテないほうが良い。何があっても良い」
「ふっ」
「何だよ」
珍しく周一郎が吹き出し、俺は気分を害して相手をねめつけた。
「いえ、別に」
「別にっつって、笑ってる奴がいるかよ」
周一郎はお義理にと言いたげに口を噤んだ。が、サングラスの奥の目は笑い続けている。
「ちぇっ。お前、最近笑いすぎだぞ」
「誰のせいだと思ってるんです?」
周一郎は玄関のガラス扉を通り抜けながら、肩越しに声を投げた。
「悪かったな!」
くすくす笑う周一郎の横顔にるりの顔が重なった。続いて高多、そして美砂の顔。
「笑顔、か…」
美砂は、たとえ偽りでもいいからと高多との逢瀬を楽しみにしていたと言う。その笑顔を、高多はどんな気持ちで見ていたのだろう。
夢見た男が悪いのか、見せた女が悪いのか。賭けた女が悪いのか、応えた男が悪いのか。
きっと、そんなことは問題じゃなかったんだろうな、るりや美砂にとっては。
ただ、そこに高多と言う人間が居た。
それが全てだったのかも知れない。和枝のように見返りなしに、高多のために『飛んで』しまうには、あまりにも自分が愛しすぎただけなのかも知れない。
「え…?」
物思いに耽っていた俺は、踏み出した一歩が空を踏むのにぎくりとした。
「わたっ……わたたたたた…」
目の前に階段、コンクリートがおいでおいでをしている。何の、呼ばれてたまるかと足を踏ん張り、ようよう体勢を立て直した俺に、運命はあくまで冷たかった。
「あ、すまん」
「ひえっ!」
背後から出てきた男が不安定な俺の背中にぶつかる。必然的に、俺の体は素直に前へ。
「滝さん!」
「どわわわわわ…」
どすっ、どんっ、どさっ!!
「滝さん! 大丈夫ですか?」
駆け寄る周一郎の気配、集まる人々、娘達のくすくす笑い、もそもそ起き上がりながら俺は呟く。
「俺が…」
「え?」
訝しげに首を傾げる周一郎、天を見上げて一声を張り上げる。
「俺が何をしたってんだーーーっ!!」
叫びは虚しく、空の彼方に吸い込まれていった。
終わり.
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