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第2章
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「課長、起きてて大丈夫なんですか」
「うん、おはよう、いぶき……さ…ん…」
くまはどう思ったんだろう、そう思って笑いながら振り向き、京介は固まる。
ナンダヨ、ソレハ。
思わず頭がカタカナことばになって、打っていたプランが一瞬宇宙の彼方に飛び去ってしまったほど驚いた。
伊吹は左手にくまを抱えたままだ。くるんと巻きついた細い手がくまの首を抱いていて、もう片方の手で眠そうに目元を擦っている。くしゃっと乱れた髪の毛が紅潮した頬にかかっていて、ちょっと長めのスウェット上下から覗く手足がひどく脆そうに見える。くまが大きすぎたのか、まるで小さな女の子のようだ。
「なんですか、自分が買ってきたくまでしょうに」
京介が固まっているのに、伊吹は不満そうに唇を尖らせた。ぷくんとした柔らかそうなピンクが絞られて少し開く。
柔らかそうな濡れた窪み。
温かそう。
「確かに凄く大きいけれど、驚いたのはこっちですよ」
口調だけはいつものまま、アンバランスにまだとろんとした瞳で見返されてとんでもないところが疼いた。
感覚が混ざって、その二つが合わさってるような気分になる。
くらっ、と頭の芯が溶けて、慌てて目を逸らせた。
「あ、あ、うん、そ、う、なんだけど」
とてもまともに顔を見ていられない。呼吸が上がる。
「だけど?」
舌足らずに聞こえるのは妄想だろうか。声の終わりで掠れた息にぐらぐらする。
「……なんで抱えてくるかなあ」
思わず呟いた。
「………それも……片方の手で抱えたままなんて……」
どうしよう、と焦った。
このまま近寄って押し倒し、ジャージを捲り上げて、つけたキスマークの数をもっともっと増やしたい。唇犯して、深くまでぶち込みたい。凶暴で激しい感情。
でないと、でないと。
誰かに攫われそうじゃない?
あんな無防備な顔を他の奴に向けたら、襲われちゃう、伊吹さん。
だからその前に僕が、危険性を教えておかなくちゃならないでしょう、それって恋人の勤めだよね?
けどそんなことしたら絶対激怒するよね?
でも激怒されるぐらいなら身の安全の方が優先されない?
や、それは京介に襲われた方が安全かって言われると保証できないかもしれないけど。
思考が煮詰まって堂々回りになる。
「両手で抱えて、脚でドアを蹴り開けた方がよかったですか」
伊吹がむっとしたように目を光らせた。
つやつやと光を放った瞳、見遣って思ったのは、そんな意固地な顔をするなら、身も世もないほど泣かせてみたいと言う荒々しい衝動で。大輔だってそんな気持ちだったんじゃないか、そう思ったのに気持ちがなお煽られていく。
「あー、もう、駄目かも」
とにかく口に出してみたら、少しはおさまるかと思ったけれど、次は駄目、のことばにずきんとしてしまった。
駄目、って訴えられたらどうしよう。
涙ぐまれて、もう駄目、とか。
「我慢の限界かも」
腰の奥で熱いものが飛び散った気がした。びく、と震えてしまって一瞬目を閉じる。
その脳裏にぽんと浮かんだのは伊吹の腕に抱えられているくま。
とりあえず。
とりあえず、あいつを何とかしよう、いつまでも気持ちよさそうに伊吹の腕に抱えられちゃってるあいつを。
だって、その場所は京介のもののはず。
「伊吹さん」
立ち上がって近付き、くまをひったくって蹴飛ばし、寝室に蹴り込んだ。
「うん、おはよう、いぶき……さ…ん…」
くまはどう思ったんだろう、そう思って笑いながら振り向き、京介は固まる。
ナンダヨ、ソレハ。
思わず頭がカタカナことばになって、打っていたプランが一瞬宇宙の彼方に飛び去ってしまったほど驚いた。
伊吹は左手にくまを抱えたままだ。くるんと巻きついた細い手がくまの首を抱いていて、もう片方の手で眠そうに目元を擦っている。くしゃっと乱れた髪の毛が紅潮した頬にかかっていて、ちょっと長めのスウェット上下から覗く手足がひどく脆そうに見える。くまが大きすぎたのか、まるで小さな女の子のようだ。
「なんですか、自分が買ってきたくまでしょうに」
京介が固まっているのに、伊吹は不満そうに唇を尖らせた。ぷくんとした柔らかそうなピンクが絞られて少し開く。
柔らかそうな濡れた窪み。
温かそう。
「確かに凄く大きいけれど、驚いたのはこっちですよ」
口調だけはいつものまま、アンバランスにまだとろんとした瞳で見返されてとんでもないところが疼いた。
感覚が混ざって、その二つが合わさってるような気分になる。
くらっ、と頭の芯が溶けて、慌てて目を逸らせた。
「あ、あ、うん、そ、う、なんだけど」
とてもまともに顔を見ていられない。呼吸が上がる。
「だけど?」
舌足らずに聞こえるのは妄想だろうか。声の終わりで掠れた息にぐらぐらする。
「……なんで抱えてくるかなあ」
思わず呟いた。
「………それも……片方の手で抱えたままなんて……」
どうしよう、と焦った。
このまま近寄って押し倒し、ジャージを捲り上げて、つけたキスマークの数をもっともっと増やしたい。唇犯して、深くまでぶち込みたい。凶暴で激しい感情。
でないと、でないと。
誰かに攫われそうじゃない?
あんな無防備な顔を他の奴に向けたら、襲われちゃう、伊吹さん。
だからその前に僕が、危険性を教えておかなくちゃならないでしょう、それって恋人の勤めだよね?
けどそんなことしたら絶対激怒するよね?
でも激怒されるぐらいなら身の安全の方が優先されない?
や、それは京介に襲われた方が安全かって言われると保証できないかもしれないけど。
思考が煮詰まって堂々回りになる。
「両手で抱えて、脚でドアを蹴り開けた方がよかったですか」
伊吹がむっとしたように目を光らせた。
つやつやと光を放った瞳、見遣って思ったのは、そんな意固地な顔をするなら、身も世もないほど泣かせてみたいと言う荒々しい衝動で。大輔だってそんな気持ちだったんじゃないか、そう思ったのに気持ちがなお煽られていく。
「あー、もう、駄目かも」
とにかく口に出してみたら、少しはおさまるかと思ったけれど、次は駄目、のことばにずきんとしてしまった。
駄目、って訴えられたらどうしよう。
涙ぐまれて、もう駄目、とか。
「我慢の限界かも」
腰の奥で熱いものが飛び散った気がした。びく、と震えてしまって一瞬目を閉じる。
その脳裏にぽんと浮かんだのは伊吹の腕に抱えられているくま。
とりあえず。
とりあえず、あいつを何とかしよう、いつまでも気持ちよさそうに伊吹の腕に抱えられちゃってるあいつを。
だって、その場所は京介のもののはず。
「伊吹さん」
立ち上がって近付き、くまをひったくって蹴飛ばし、寝室に蹴り込んだ。
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