『魔法講座』

9.三日目、ニ時限

　………それぞれに叩き終わったみたいですね。
　………………ずいぶん派手にやりましたね。限度というものがあると思いますが。
　後で保健室に行って下さい。
　え？　ええどうぞ。
　いえ、別に不審がられません。毎年のことですから。
　授業が済んだ後、なお保健室を必要としたことのほうが、実は問題になります。
　追加補習を検討しておきます。
　…………冗談じゃない？
　もちろん、冗談じゃありませんよ？
　後でわかります。
　他の人に何か問題は？
　そうですね………はい………そう……ええ、あなたはそれで十分ですから追加しないように。
　……はい。
　いいでしょう。
　……じんじんする？
　なるほどちょうどいいですね。
　では、みなさん。
　顔を上げてまっすぐ背筋を伸ばして座って下さい。
　………誰ですか、彼のお腹を殴った人は。
　吐きそう？
　………やれやれ、吐き気はまた違うものなんですが。
　仕方ないですね、保健室へ行ってきてもいいですよ。
　あなたは………『嘘つき』くん？
　いえ、とてもいい名前です。
　あなたならいいでしょう、ゆっくり保健室で休んできて下さい。
　え？　いえ、たぶん補習も必要じゃないと思いますが…………そうですか、不安ならば事務で届けを出して下さい。
　さて、みなさん、よろしいですか？
　目を閉じて叩かれたところに意識を集中して下さい。
　わかりますか？
　どんな感じがするでしょう。
　…………ええ、そうです、じんじんする、ぴりぴりする、ずきずきする、ちくちくする。
　………ぱすぱすする？
　……………不思議な表現ですね。
　他には？　『鏡』くん？
　痛いです？
　それは「感覚の説明」であって、「感覚の表現」ではありません。もう一度。
　凄く痛いです？
　……………わかっていないようですね。
　あなたが使ったことばは社会的に状況や感覚や感情を共有するために作られた、いわば「汎用語」です。
　それはあなたのことを「説明」しますが、「表現」できないことがあります。
　この講座では、できるかぎり、あなた自身の「表現」を探し出して使うように。
　前にも言いましたが、知識ならば本や図書館、インターネットで吸収できます。
　ここで学ぶのはむしろ吸収より発散です。
　しかも、あなた自身の存在からの表現を必要としています。
　………ぐさぐさします？
　………まあ少しはましですね。
　もう少し深めましょう。
　ぐさぐさ、とはどんな感じですか？
　物が何かに刺さるような感じ？
　…………違います。
　それは「説明」ですよ。
　わかりやすくて伝わりやすいですが、心底あなたのものではありません。
　………なぜわかるか？
　あなたがそのことばを口にしたとき、叩かれたところが疼きますか？　それと寸分違わず重なりますか？
　さあ、もう一度。
　目を閉じてしっかり追い掛けなさい。
　………………柔らかいところに、尖った棒が突き刺さってくるみたいです？
　………いいですね。
　目を開けてごらんなさい。
　あなたのことばで、震えた人が居ますよ。
　それが「表現」です。