『魔法講座』

segakiyui

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26.七日目、教務室 夜

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 ……明かりをつけましょう。
 どうしても校庭を見てしまいますから。
 …………夕飯はどうですか?
 そうですね。
 私も今は空腹ではない。
 話を続けても?
 ありがとう。
 ………どうしたのですか。
 ………そうですか。一瞬、私が透けて見えたと。
 うまくやれているようですね。
 いえ、独り言です。
 さて、傷みを抱えた私の前に立ったあの人は、辞書を示し、名前を選べと言いました。
 選んだ名前?
 『無力』です。
 大きな辞書を渾身の力でやっと開いた場所にその名前がありました。
 ………いえ、爆笑しました。
 あまりにもヒットで。
 ………そうですか、私が使うと違和感がありますか。
 あの人はただ淡々と講座を進めました。
 ………実は覚えていないんですよ。
 ただ、広くて明るい草原を、胸を開いて走り抜けているような気がしました。
 それまで何も考えまいとして、いろいろ試行し努力しました。苦行を重ね奮闘しました。成果を検討し方法を工夫しました。
 ……そうです。
 そんなことは何もしなかった。
 …………ただ、躯だけが動いていた。
 指が動くままに進み、脚が歩むままに向きを変え、目の前にある光景をしっかり見ていただけ。
 …………それが唯一の方法だと、後で気づいた。
 …………ええ、そうです。
 あなたは最善の方法を既に見つけ、実戦している。
 ……………なぜ苦しい?
 ………あなたは自分は救い終わっているでしょう?
 ………あなたが苦しんでいるのは、隣の誰かのためですよね。
 ………いえ、間違っているのではありません。
 さきほどの少女のように。
 あなたに見えているものとは違う姿でも、同じ存在です。
 ………わかりましたか?
 ……そうです。
 あなたの教師は私ではない。
 ……ああ、いえ、違いますか。
 ……………私の最後の授業は、あなたに、あの少女を見せることにあった。
 ……………………感慨深いですね。
 ……あなたがあの少女を見いだしたので、私の授業は終了したのですね。
 ………え?
 あの人の最後の授業?
 …………何だっただろう。
 ………問題が解決すると、そこに問題そのものの痕跡がなくなります。
 …………そうです。
 初めから、そんなことは起こっていなかったかのように。
 それが『解決』がもたらす『結末』です。
 滞っていた流れは音をたてて再開し、絡んでいた結び目が解かれてまっすぐな一本の糸になる。今まで縺れたことなどなかったように。
 ………ひょっとすると。
 あ、いえ。
 ………ええ、そうですね。
 今はあなたが教師ですから、質問に答えるのが筋でしょう。
 ………………問題がなくなったとしたら、そしてそれが人生そのものに関わる問題であったなら、その問題が起こっていた時間が消失したように感じるかもしれませんね。
 悲劇のような、恩寵のような。
 もし私の問題が私の世界を覆うものであったら、あの人がその問題の解決に関わったのだとしたら、問題が消失したと同時に、あの人の存在も私から消えたのかもしれない。
 けれど今、校庭を横切ったあの少女は、最後の扉をあなたに向けて開くための残滓、ただ一つの鍵穴。
 ………ああそうか?
 ……………彼女は助かっています?
 助ける前に助かっている?
 …………何を言っているのですか、『疾走』くん?
 ……『疾走』くん?
 ………いえ。
 ……私は、何も。
 ……そのような敬意を向けられることは、何も。
 ………………次期講座、お会いできないのは残念です?
 ………………。
 ………ああ。
 …………そういうことですか。
 ……私はまだ、教えようとしていましたか。

 
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