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10.淡き夢みし

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 翌朝早く、俺とルトは里岡家を出て行くはずだった。はずだった、というのは、昼近くになってもまだ、俺は里岡の家に、正確に言うと『直樹』の部屋に居たからだ。
 実は、あの後『直樹』は夜中過ぎに発熱し、今朝は見事に床から起きあがれなくなってしまったのだ。
 里岡夫妻は今日の会合を抜けるわけにはいかず、かといって、他に別荘に残る人間が居るわけもなく、通いで来ている家政婦は、今日は昼すぎからしか来られない。
 一人で大丈夫か、と尋ねられた『直樹』は、いつもの通り、大丈夫です、そう答えるはずだったんだろうが、今日は控えめに、家政婦が来るまでの数時間だけ、俺についていてほしいと言い出した。
 もちろん事情がある里岡は渋ったし、俺もできればさっさと出て行きたかったが、熱のある潤んだ目で「駄目ですか」と不安そうに見上げられては、他に手立ても見つからない。
 家政婦が到着次第、家を出て行くということで俺は『直樹』に付き添うことになった。
 佇まいにふさわしく、というか、額に張り付けるジェル製冷却剤一つないと言われて、与えられたのはタオルと洗面器、それに氷枕。
 冷水で絞って冷やしたタオルはすぐに熱を含んで重くなる。
「……すみ、ません」
 汗の滲んだ額にタオルを載せてやると、『直樹』は掠れた声で謝った。
「気にすんな」
 今さら謝るぐらいなら引き止めなきゃよかっただろう、と苦笑すると、『直樹』ははにかんだように笑った。
「本当にそうですね…でも」
 一人で寝てるの、今日は嫌だったから。
 くたりと布団に身を任せたまま、『直樹』が眉を寄せて見上げてくる。
 それはいつかの寺で、同じように布団に横になっていた周一郎を思い出させた。
「……滝さんに居てほしかったから」
「……」
 きっと、あいつはそんなことを死んでも言わないだろうが。
 どれほど一人が辛くても、どれほど竦むような思いをしていても、周一郎は助けなど絶対求めてこない。こっちが捜しまわって倒れているのを見つけるまで、自分では動けなくなるまで平然と、苦痛などは感じていないという仮面を被り続けるだろう。
 ならば、そういうことだけでも、自分が必要なときに助けを求められるなら、『直樹』のほうがいいのかもしれない。いや、きっと人間としては、いい、はずだ。
「…ん…っ」
「どうした?」
「……どこかへ……落ち…込みそう…」
 急に『直樹』が手にすがってきて覗き込むと、真っ青な顔をして喉を鳴らしている。
「吐き……そう……」
「気分が悪いのか」
「…めまい……が…して………」
「めまい? ああ」
 俺は慌てて周囲を見回した。確かに昼間なら照明も要らないほどの明るい部屋、当たり前の人間には気持ちいい場所だろうが、体調が崩れている時にこの光の中に居るのは周一郎にとってきついはずだ。
「ちょっと待ってろ」
「たき…さん…っ」
 必死にしがみついてくる手をそっと解いて、額のタオルを広げて目元まで覆ってやる。それから、立ち上がって窓の障子を閉め切り、雨戸がついているところはできる限り閉めていった。
「『直樹』くん?」
「…は…い」
「もう少ししたら楽になるから」
 白くなった唇を震わせている相手の目元を掌で押さえてやる。
「…………あ…れ…」
 やがて浅い呼吸を繰り返していた『直樹』がゆっくりと落ち着きを取り戻してきた。枕元に胡座を組んで座った俺にしがみつきそうだったのが、少しずつ丸めていた体からも力を抜く。
「…ほんと…だ……」
「だろ? ここはまぶしすぎんだよな」
 目は閉じたままでいろよ、そうつぶやいて、温まってしまったタオルを絞り直してもう一度載せようとすると、『直樹』がそろそろと目を開けた。
「こら、また気分が悪く」
「どうして……?」
「は?」
「……どうして、こうすると、楽だって、知ってるんですか」
 ふわりと急に開いた瞳にまぎれもなく周一郎の表情が過って、一瞬ことばを失った。
「それは」
 ほら、俺も風邪とかで寝込むと、あんまり明るい部屋とかに居たくないしさ。
「でも……滝さん……知ってたみたいだ」
「何を」
「……こうすると、僕、は楽になるんだ、って」
「う」
「まぶしいって…言わなかったのに」
 すぐに部屋を暗くしてくれた、と『直樹』はじっと俺を見た。
「他の誰も、してくれなかった」
 僕がまぶしいって言うまで。
「どうしてわかったんですか? 僕がまぶしいのが、つらいんだって」
「あ~……それは……」
 まっすぐで曇りのない瞳に凝視されて口ごもる。こういうときに限って、ルトは側に居てくれない。今ごろあちこち探索しているのだろうが。
「……勘、だ」
「勘?」
「そうだ、勘」
「……僕を周一郎さん、と間違えたのも?」
「……勘だ」
「……あてにならないんじゃないの」
「そうかもしれん」
「そうかもって…」
 くす、と『直樹』が微かに笑う。苦しいのがずいぶんおさまってきたようで、血色も戻ってきてほっとした。
「おかしな…人だなあ」
「ほっとけ」
 年上捕まえて失礼だろうが、そう唇を尖らせると、今度は目を閉じてタオルを載せられた『直樹』が、手も下さい、とねだった。
「気持ちいいから」
「わかった」
 タオルの上から掌を重ねる。そんなことをしたらすぐにタオルが温まるよなあ、と思いながらも、まあ相手がいいって言うならいいか、と思い直す。
「………滝さん」
「うん?」
「……何か…話して」
「何かって」
「………周一郎、さんのこと、とか」
「はぁ?」
「……だって興味あるもん……僕とそっくりなんでしょう?」
「あ…ああ」
「世の中に同じ顔の人が三人居るって……その一人なのかな」
「そうかもな」
「……おんなじ?」
「え?」
「……中身も……おんなじ? 僕と」
「…さあ」
 一瞬なんと言っていいのかわからないものが腹の中で捩じれた。
「さあ?」
「……俺は……君をあんまり知らないから」
「……そ…か」
 『直樹』は残念そうに溜め息をついた。
「……昨日会ったばかりだもんね」
「…そうだな」
「……でも……おかしいんだよ、滝さん」
 ずっと前から知っているような気がする。
 そう呟かれて、思わずどきりとした。
「僕…本当は他人は苦手なんだけど……滝さんは違う」
 『直樹』は低い声で続けた
「凄く……安心する……なんでだろう」
「なんでかな」
「……滝さんは大丈夫だって……そう思うんだ」
 胸が、詰まった。
 周一郎の声で、周一郎のことばで、それを伝えて欲しかった、そう思った。
「そう、か」
「………だから……熱…下がらないといいのにって……思ってる」
「は?」
「……熱下がらないなら……滝さんが居てくれるでしょう…?」
「『直樹』くん…」
「………………………でも……」
 駄目だよね。
 小さく囁いて、『直樹』は微笑んだ。
「……周一郎さん……探さなくちゃ、駄目だもんね」
 だから、僕の側にずっと居ることはできないよね。
 もう、見つかっている。けれど、二度と見つけちゃダメなんだ。
 そう叫びたくなるのを堪えた。
「うん……なるべく早く……探してやりたいんだ」
 一世一代の演技を始める。
「寒い思い、してるかもしれないから」
 そんなことはない。
「さみしがっているかもしれないから」
 そんなこともない。
「一人で待っているかもしれないから」
 幻の、周一郎が背中を向けて去っていく、そんな気持ちが広がってつらくなる。
 大丈夫だ、もう一人でも、寒くも、さみしくもない、はずだ。周一郎に戻らない限り。
「………いい、なあ」
「……え?」
「……僕も……」
 タオルを指でそっと押し上げて、『直樹』が目を細めた。
「そんな風に探してもらいたい、な」
「…そうか…?」
「うん……きっと絶対、滝さんを待ってるよ」
 確信するように笑う顔がさすがに辛くて、タオル温まっちまったな、と絞り直すふりをして凝視から逃れた。
「だって……きっと喜んでた」
「何を」
「滝さんが、居てくれること」
 あやうく絞ったタオルを落としそうになって、慌てて握り直す。
「そうかな」
「うん…きっと凄く嬉しかったはずだ。うんと……安心してたはずだ」
 『直樹』がどこかあやふやになっていく口調で繰り返す。
「絶対……待って…る……」
「『直樹』くん?」
 戻ってきたのは微かな寝息だけ。
 同時に背後の襖がそっと開いて、家政婦です、と小さな声が響いた。
「あ……今眠ったみたいで」
「そうですか、ありがとうございました」
 部屋はこのままにしておいてやって、元気になるまであんまり光をいれないで、と頼んで立ち上がる。うなずく家政婦の足下からルトが飛び込んできた。
「行こうか、ルト」
 猫に話し掛ける俺を奇妙な目で見ながらも、相手は駅の方向を教えてくれた。
「なぅ?」
「……戻るぞ、朝倉家に」
 そして俺は、できるだけ早くあそこからも出て行こう。
 ずきずきしながらそう思った。

 昼過ぎの嵐山駅はまだ込み合っていた。
 電車から降りてくる人の波に押されながら、それでものろのろと順番を待って改札を通り、ふいに誰かに呼ばれたような気がして振り返るけれど、そこには誰もいない。
 そういうことを何度か俺は繰り返した。
「……いないんだなあ」
 溜め息をついて首を振り、
「いなくなったんだ、な」
 言い直した。
 他でもない俺が、周一郎を里岡家に置いてきた。
 何かの拍子に自分が何に関わっているのかを知ったとしても、『直樹』なら里岡家として為すべきこと、耐えしのぐべきこともちゃんと見極めるだろう。
 後は記憶が戻ってこないように祈るだけだ。
 缶コーヒーを買って、人気の失せたホームの椅子に座る。隣に置いたボストンバッグの中でごそごそとルトが身動きして、にぃ、と不愉快そうに鳴いたから、周囲を見回してちょっとだけだぞ、とチャックを開けてやった。
 暗がりにきらりと光った瞳にまっすぐ見上げられて、その向こうにまだ周一郎の視線が繋がっているように思えて辛くなる。
「責めんなよ」
 ぼやいた。
「お前だって、あっちのほうが幸せそうだと思ったろ?」
 ふん、とルトは鼻息で応じた。
「何なら、お前だってあっちに飼ってもらえばよかったんだ」
「な、ぁ?」
「……あ、そっか、へたに刺激しちゃ、まずいのか」
 ルトがじろりと睨み上げてくる。
「そっか……俺はお前からも周一郎を取り上げちまったのか」
「な~う」
「……すまん」
 とりあえず謝って、軽く振った缶コーヒーの蓋を開ける、と。
「どわ!」
 ぶしゅしゅしゅしゅと中身がいきなり泡と茶色の液体を吹き零した。止める間もなく思いっきり服に浴びて、慌てて立ち上がったせいでなおさら周囲に中身をぶち撒く。
「何だよ、これ、コーヒーじゃないのか? ……は?」
 ぶしゅぶしゅと景気の悪い音をたてながら、ようやく噴出がおさまってきた缶をまじまじ見つめて呆気に取られた。
「微炭酸ですので振らないで下さい……? 微炭酸? コーヒーの微炭酸?」
 何だよ、それは。
「新感覚飲料あなたの頭を刺激する……? ………刺激してくれなくていいって」
 思わずげんなりして缶をゴミ箱に捨て、茶色まだらに汚れたジーパンとシャツに顔をしかめた。
「これで帰るのか……?」
 余りにも目立つ……ってか、正直こんなに汚れてちゃ、座席に座るってのもはた迷惑な気が。
「はた迷惑よね」
「うぎゃ」
 ジーパンの股間を覗き込んでいた矢先、背後から耳元に囁かれて飛び退いた。
「お…由宇」
「一人なの?」
「……あ……うん」
「置いてきちゃったの、『里岡直樹』」
「うん……って、えええっ」
 知ってたのか、と叫ぶと、まあいろいろとね、でも昨日よ、確認したのは、と相手はロングヘアを揺らせて上品に笑った。

「なんだか、なあ」
 とにかくその格好じゃ帰れないでしょう。
 お由宇はそう言って、前にも世話になった家へ連れ帰ってくれた。
「お前も京都に別荘があるのか」
 そんなセレブだとは知らなかった、ととりあえず渡されたバスローブを掻きあわせながら、淹れてもらったコーヒーを飲む。
「馬鹿ね、違うわよ、ここは知り合いの家。一時的に借りてるだけ」
 洗濯機で俺の服を洗ってくれながら、お由宇はお腹空いたでしょ、とトーストを焼いてくれる。
「前になんで京都に居るのかって聞いたら、ちょっとね、で済まされたけど」
「ちょっとね」
「おい」
「……と言うわけにも、いかないか」
 はい、と焼き上がったトーストにマーガリンを添えられて、手を伸ばした。ルトも足下でミルクをもらって、あれだけでかい家の猫にしては好みがうるさくないというのか、文句一つ言わずに食事を続けている。
「『SENS』って……知ってるわよね?」
「……おい」
「恐い顔しないの、使うわけないでしょ」
「…そりゃ…そうだろうけど」
「そんなものなくても、私には世の中は十分刺激的よ」
 お由宇はくすくす笑って、自分もカップを取り上げた。
「『SENS』を追っているのは叔父のほう」
「麻薬系…だったっけ?」
「違う。仲のいい同僚の配下がそれに関わっていて、もう少しで綾野の尻尾を掴めるって時に馬鹿馬鹿しい連絡ミスがあってね、彼は死ぬ羽目になった」
「うん?」
 いや、それはいいんだが、お前は一般大学生じゃなかったっけか。
「その配下は三条良紀、って言うんだけど」
「!」
「知ってるわよね?」
「知ってるも何も……え、え?」
「彼はこっち側から綾野の方に潜り込ませていた人間で、今度確実な証拠を持ち帰ってくるはずだった。叔父と同僚はこちらでちゃんと彼を確保して、そこで警察内部で彼と証拠の安全を守る予定だった」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
 何が、何だか?
「なのに、その情報が漏れてて、空港でへたな大捕り物、挙げ句に追い詰められた良紀を捕まえかけたのは、綾野と通じているかもしれないと疑われていた警官」
「う…」
「証拠も、自分の安全も守られない可能性があるばかりか、綾野側に利用されるかもしれないと良紀は考えた」
「だから…自殺…?」
「表向きはね。けれど、ばたばたしていた時に良紀を突き落としたという目撃情報もある」
「……じゃあ、なんで」
 そこまでわかっていて綾野を追い詰めなかったんだよ、と唸ると、
「証拠が消えちゃったのよ」
「は?」
「良紀が持っていたのは手帳だけ。そこに周一郎の名前があったから、こちらも動かざるをえなかったけれど」
 上層部じゃ周一郎は今回ほとんど関わっていないと見ている。
「けれど、肝心のものがない。可能性があるとしたら、直前に良紀が周一郎に頼まれたものに紛れ込ませて送ったか、妹か家族に託したか」
 実のところ良紀の正体は結構早くに綾野に見抜かれていたようで、そっちの牽制含めて京都の実家が妙な強盗に襲われて家を壊されたりしてるんだけど、それは聞いてた?
 お由宇に尋ねられて、京子が家を改装している、そう言ったことを思い出した。
「でも……良紀はそれで逆に覚悟を決めたみたいね」
 妹にまで手を出してくるようならば、追い詰めない限り安全はない。だから一気に大勝負に出て、綾野から確実な証拠を奪って日本へ逃げようとした。
「あっちをうろうろしている間に知り合った女の子がいたみたい。その彼女が『SENS』の中毒で死んだとも聞いてる」
 良紀を泳がせ、そこに周一郎を接触させて、綾野は全てを絡めて始末しようとしていた。日本の警察権力が周一郎を追い詰められなくても、周一郎が周一郎であるかぎりその相手には追い詰められる、たった一人の女性を利用して。
「……清を…」
 ふいに『直樹』が手にかざして見せた、翻る桜色の舞扇を思い出した。
 表は穏やかな春の景色、豊かに咲く桜に舞い飛ぶ蝶の艶やかさ。
 けれど、その裏には同じ桜が黒と金の散る花弁を纏い、激しい光が視線を焦がす。
 全く違う風景が表と裏で背中合わせに存在するその不思議さは、『直樹』の指先にひらひらと動かされる扇が山を谷に、谷を山に変えていく光景と重なっている。
 周一郎そのものもあの扇のようだ、と思った。
 『直樹』のような素直で優しい顔と、冷酷に人を操る『周一郎』の顔の二つを背中合わせに抱えている。
 人は真実のそれぞれの面を見ているに過ぎず、真実そのものを見ているわけではない、そう言ったのはどこの国の文豪だったか。
「……もの、は…まだ見つかっていない」
 お由宇は初めて苦々しい顔になった。
「細工するにしても、扇は仕上げるまでに二十以上の工程を必要とする手間暇かかったものだから、急に誂えることなんてできなかったはずだし……」
「そうなのか?」
 微かな違和感に首を傾げた。
「骨にだあっと糊つけて、絵を描いた紙を張ればいいだけなんだろ?」
「あのね」
 お由宇はやれやれと言いたげに立ち上がり、何処からか一本の扇を持ってきて広げてみせた。
 淡い薄い紙が張られた華奢なものだ。
「これは夏扇だけど、造りは同じよ。ここが親骨、中骨、要、地紙の天と地、山と谷」
 ひらりと指先で翻して、静かな口調で続ける。
「扇には世界が載っているというのはこの天地、山谷が含まれるから。で、この竹の部分は扇骨、和紙の部分は地紙と言うの。それぞれを作るのも二つを一緒にするのも、専門職がいる手間ものなのよ」
「へえ……」
 じゃあ一、二日で仕上がるもんじゃないんだな、そう思ったとたん、また『直樹』の扇を思い出す。
「でも、あれは」
「あれ?」
「ああ。里岡のところで見た扇。凄く綺麗だったけど、『直樹』がデザインしたってのは辻褄が合わないんじゃないかと」
『大本の図案があったのを急ぎ仕上げた』
 確か里岡はそう言っていた。
 けれど、どんなに大本の図案があったとしても、急に仕上がるものじゃないはずだ。ましてや、昨日今日見つかった『直樹』がデザインしたなんてことは不可能なはずだ。
 それとも、誰かとっくにあれを仕上げていた人間が居て、『直樹』がそう思い込まされているのだろうか。
「『直樹』のデザイン……?」
「瑞々しい感性とかなんとかで、里岡の跡継ぎとしてお披露目かなんかが今日あって、本当はそれに出るはずだったんだ」
 体調を崩して寝込んでしまいさえしなければ。
 あれほど嬉しそうに喜んでいたのに、と眉を寄せると、お由宇が、
「どんな図案か覚えてる?」
「ああ、えーと、桜を描いたやつで、綺麗な蝶が飛んでるんだ」
「……蝶…」
「もっと凄いのが裏でさ、同じような絵柄なのに、そっちは黒と金の花びらが散ってるやつで」
「金の、花びら?」
 お由宇が目を細めた。
「志郎」
「なんだ?」
「『SENS』は絵柄が決まってる、必ず蝶が描かれている」
「…え」
「そして、薬が塗り込められているのは、そこに舞い散る金色の花弁なのよ」
 俺は大きく目を見開いた。
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