『segakiyui短編集』

segakiyui

文字の大きさ
上 下
8 / 106

『落ちてきたものは』

しおりを挟む
「あ、雪」
 美並が掌を開くと、舞い落ちてきた白いものがふわりと着地した。
「すぐ溶けちゃうね」
 覗き込んだ京介が微笑む。
「まさかあそこで泣くとは思いませんでした」
 美並のつぶやきに京介が赤くなる。
「だって」
 悲しかったんだよ本当に。
「だから慰めて?」
 キスをねだる甘えん坊の瞳。
「人が来ますよ」
 ホールを振り返るとそこはもう夕闇に包まれて。
「ん…」
 重なる唇の向こう、窓から漏れる仄かな灯。

「なんだかほっとするな」
 ユーノは声を潜めてつぶやく。
「家々に灯があると、みんな無事だと思うから」
「やばい灯もあるぞ」
 イルファが笑う。
「いつかの山賊どものともした灯」
「でも」
 レスファートがユーノにすり寄りながら、
「おかしをやくかまどの火はすき」
 アシャは?
 尋ねられてユーノの髪についた木の葉を払い落とす。
 ついでにそっと額に触れて、
「俺を温める女性、だな」

 かさりと足下で鳴った木の葉をスープは見下ろす。
「シーン」
「ん?」
「なぜ木の葉は色づくんでしょう」
「……哲学的だな」
 そりゃそうか、張り込んで5時間動きがなけりゃ。
 苦笑しながら空を見上げる。
 冷たく澄んだ青空だ。
「誰かに見て欲しいからだろ」
「俺も色づいてます?」
「は?」
「あなたに見て欲しいって」
「う」
 生真面目な問いに一瞬詰まり、深々と吐息を漏らす。
「ああ……色づきすぎて時々困る」
 スープは微笑む。

「あのね、護王」
 漏らした吐息に相手がむくれた顔になる。
「そんな顔しないの」
「なんでこいつが俺とあんたの間におるん」
 洋子に向かって唇を尖らせる。
 指し示したのは二人の間に生まれた赤ん坊。
「だって一人じゃ冷えるでしょ?」
 並べた布団に川の字はここのところのお決まりだが。
「今夜ぐらいええやんか」
 護王はすねる。
「今夜ぐらいあんたを抱きしめててもええやんか」
 クリスマスやぞ?
「いっつもそいつばっかり抱いててもろて」
 不公平やんか。
「俺かて一人で寂しかった……んっ」
「これは護王だけよ?」
「………まあ……許したろ」
 ぱたりと抱かれた赤子の手が落ちる。

 滑り落ちた手を思わずしっかり握ってしまって、
ぽかりと開いた瞳にスライはうろたえる。
 漆黒の視線。
 睫毛に縁取られて、柔らかでまろい微笑に見惚れる。
「なに…?」
「ああ、その、つまりだ、手が」
「手が」
「寒そう、だったから」
「……」
 サヨコがくすりと笑って顔が熱くなる。
 愚かないい訳だ。
 だって二人とも暖炉の前で体を寄せあって座っている。
「寒かったかも」
「違う俺が」
 二人のことばが重なった。
「俺が?」
「寒かった?」
 顔を見合わせ苦笑する。
 窓の外は雪。

 落ちてきたものはなあに。
 落ちてきたものは。
 雪。
 窓の灯。
 木の葉。
 吐息。
 手。
 優しいあなたの、愛しい君の、大切なこのひととき。

 メリークリスマス。
 全ての人に幸いあれ。
しおりを挟む

処理中です...