『segakiyui短編集』

segakiyui

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『あなた向きの罠』(1)

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 気がつくと、男は平らな地面に立っていた。
 ただし、地面と呼ぶのが適切なのかどうかは疑問だ、といつもの癖で分析した。理由、と心の中で項目を挙げる。
 その1。この地面は乳白色をしている。それも、白っぽい地面とか土とかではなくて、ただ限りなく同じ光度と明度の乳白色がべったり、目の前の空間を埋めている。
 その2。四方どちらを向いても、見えるのは1本の横線。感じる限りでこぼこのない真っ直ぐな線。最も、何を基準として真っ直ぐなどと考えること自体がおかしいのだが。その横線が地平線だと言う証明もできない。その横線の上も同じような乳白色で塗り込められているからだ。上を向いた時と下を向いた時だけ、『風景』が変わる。何の区切りもない乳白色の色の壁に………それは、極めて不変な光景だ………自分の立っている足下がぐらぐらと揺れてくるほどに。
 なかなか、よくできた光景じゃないか。
 男は乳白色の中に1本引かれた黒い横線を見ながら呟いた。
 罠へ飛び込む入り口としては、申し分ない光景だ。
 罠。
 そう、この光景のどこかに罠が仕掛けてある。気を許すと引っかかるのだ。この光景に疲れ果て、緊張が解けた時が問題だ。
 注意深い1歩。
 何事も起こらない。
 次の1歩。
 何事もない。
 次の1歩。何事もない。
 次の1歩。何事もない。
 次の1歩。何事もない。
 次の1歩。
 次の1歩。
 次の1歩。
 そして、次の1歩。を、踏み出した途端、足下がぶにゃりと沈んだ。水を吸ったスポンジをスパイクだらけの靴で踏み破った。そんな拍子抜けの感覚で、平面を踏み破る。
 落ちる、落ちる、落ちていく。
 あれほど注意していたのに、引っ掛かったのか、と男は苦笑する。周囲が次第に灰色がかり、暗闇へと変わっていく。長い長い落下の時間、落ちる感覚さえ麻痺していくほどの。風だけが耳元で唸る。目を開けている意味がない、鼻先に押し付けられる暗闇の色。
 うまいもんじゃないか。
 再び男は1人ごちた。思い出す、あの男の台詞。
 いいですか、悪い事を考えない方が身のためです。もっとも、その辺りはあなたの方がよくご存知でしょうが。心理的負担の限界をあえて試してみなくてもいいでしょうし。くれぐれも、悪い事は考えないで下さいね。
 悪い事? これ以上の悪い事って……。
 そこへ近づけば落ちてしまうよ、と言われた崖へ足を滑らせていくように、男の思考はゆっくりと固まっていく。
 ……そうだな……下に得体の知れないものの口……大きく開いて待っている。
 ぐお…と真下の空間が男を吸い込むように裂けた。紅の、口。口の中へ落ちていく。
 うまいもんじゃ……ないか。
 男はことさらそう呟いた。
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