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『ワンピース・オバサン』(7)
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6.さようなら
「あれ?」
「キョーコ、来たの? へええ」
下駄箱の所で、早速あきちゃんとヒロくんに会った。昨日、平田先生の代わりに新しい先生が来て、何とか学校に来れないかと言ったから、教室でも今日から鏡子が来ると言ったのだろう。
鏡子は二人を無視して、下駄箱を開けた。
今は何も入っていない。綺麗に拭かれてピカピカしている。名札も新しいのに貼り直してある。
そこへ黙ったまま、上靴を入れた。
「新しいのだねー」
「きたなーくなるんじゃない」
「きたなーいキョーコのだもんねえ」
ぴしゃ、と音がして、鏡子は振り返った。
今日初めて着て来た、白いワンピースに泥跳ねが飛んでいる。あきちゃんがくすくす笑って、手にしていた小さなコップをちらちら見せた。茶色の泥が、まだ少し中に残っていた。
「ほら、やっぱり汚れた」
鏡子はワンピースの染みを見た。真っ白なワンピースにべったりとした茶色。いつかの公園で、片桐サンのスカートもこんな風に汚れていた。それでも片桐サンは平気だった。
片桐サンは、平気だった。
鏡子はきゅっと唇を噛んで、あきちゃんを睨んだ。つかつかと相手に近寄って、思いっきり手を振り上げ、あきちゃんの頬を叩いた。
ぱあん!!
「あっ」
あきちゃんもヒロくんも目を大きく見開いていた。鏡子がしたことが何だったのか、わからないと言う顔だった。周りは静かだった。
鏡子はあきちゃんを叩いた手で、ワンピースを握った。
「もう、こんなことをしないで」
ゆっくりと丁寧に言った。
「あたしは、こんなことを、されるのは嫌」
「う…わああっ…」
あきちゃんが泣き出した。ヒロくんが真っ青な顔になった。
「何、すんの! 叩くなんてひどい!」
「泥を詰めるのはひどくないの? 机にゴミを入れるのはひどくないの? 上靴を破くのはひどくないの?」
「あっ、あたしじゃないもん!」
あきちゃんが泣き泣き言った。
「とっ、友達にっ、こっ、こんなことっ」
「もう、友達じゃないよ」
鏡子は言った。ひくっとあきちゃんが息を吸った。廊下の向こうから、先生達が駆けてくる。ヒロくんがきょろきょろ、あきちゃんの落としたコップと先生を代わりばんこに見ている。
「何だ! どうしたんだ!」
鏡子は少し黙った。ワンピースを掴む。
したいこと。
片桐サンの声がする。
もう、いない、片桐サンの声が。
あの日、鏡子を『家』に連れて言ってくれたあの日の夜、片桐サンはいなくなってしまった。お気に入りの白いワンピースを着て、さっさと出かけてしまった。
とても高い、天の彼方へ。
したいことは全部した?
もう一度、片桐サンの声がした。
「あきちゃん、ヒロくん、もう、友達じゃないんだ。そうでしょ。だから、さようなら」
鏡子はぺこりと二人に頭を下げた。それから、新しい担任の先生に向き直った。
「この人が、ここに落ちているコップで、あたしのワンピースに、泥をかけました。理由は知りません。この人に聞いて下さい」
担任の先生がコップを拾った。中を覗いて泥を見つけ、眉を顰めてあきちゃんを見る。
「ほんとなのか」
「あっ、あたしっ」
うわああああ、とあきちゃんが泣き出した。
「どうなんだ」
ヒロくんは困って俯いている。
鏡子はゆっくり周りを見回した。幾つもの顔が、幾つもの目が鏡子を見ている。笑っていたり、嫌な顔していたり、知らない顔をしていたりする。
「ちょっと、来てみなさい」
わあわあ泣き続けているあきちゃんとおどおどしているヒロくんの後について、鏡子は歩き出し、ふと、校庭の隅にひょろひょろした細い木に気がついた。
公園のポプラほど立派じゃない。けれども何だかとても、光っていて綺麗だ。職員室での話が済んだら、あの木を見に来よう、と鏡子は思った。泥で汚れたワンピースであの木の下に立ったなら、あの日の片桐サンのように見えるだろうか。
鏡子は溢れた涙を慌てて拭いた。
終わり
「あれ?」
「キョーコ、来たの? へええ」
下駄箱の所で、早速あきちゃんとヒロくんに会った。昨日、平田先生の代わりに新しい先生が来て、何とか学校に来れないかと言ったから、教室でも今日から鏡子が来ると言ったのだろう。
鏡子は二人を無視して、下駄箱を開けた。
今は何も入っていない。綺麗に拭かれてピカピカしている。名札も新しいのに貼り直してある。
そこへ黙ったまま、上靴を入れた。
「新しいのだねー」
「きたなーくなるんじゃない」
「きたなーいキョーコのだもんねえ」
ぴしゃ、と音がして、鏡子は振り返った。
今日初めて着て来た、白いワンピースに泥跳ねが飛んでいる。あきちゃんがくすくす笑って、手にしていた小さなコップをちらちら見せた。茶色の泥が、まだ少し中に残っていた。
「ほら、やっぱり汚れた」
鏡子はワンピースの染みを見た。真っ白なワンピースにべったりとした茶色。いつかの公園で、片桐サンのスカートもこんな風に汚れていた。それでも片桐サンは平気だった。
片桐サンは、平気だった。
鏡子はきゅっと唇を噛んで、あきちゃんを睨んだ。つかつかと相手に近寄って、思いっきり手を振り上げ、あきちゃんの頬を叩いた。
ぱあん!!
「あっ」
あきちゃんもヒロくんも目を大きく見開いていた。鏡子がしたことが何だったのか、わからないと言う顔だった。周りは静かだった。
鏡子はあきちゃんを叩いた手で、ワンピースを握った。
「もう、こんなことをしないで」
ゆっくりと丁寧に言った。
「あたしは、こんなことを、されるのは嫌」
「う…わああっ…」
あきちゃんが泣き出した。ヒロくんが真っ青な顔になった。
「何、すんの! 叩くなんてひどい!」
「泥を詰めるのはひどくないの? 机にゴミを入れるのはひどくないの? 上靴を破くのはひどくないの?」
「あっ、あたしじゃないもん!」
あきちゃんが泣き泣き言った。
「とっ、友達にっ、こっ、こんなことっ」
「もう、友達じゃないよ」
鏡子は言った。ひくっとあきちゃんが息を吸った。廊下の向こうから、先生達が駆けてくる。ヒロくんがきょろきょろ、あきちゃんの落としたコップと先生を代わりばんこに見ている。
「何だ! どうしたんだ!」
鏡子は少し黙った。ワンピースを掴む。
したいこと。
片桐サンの声がする。
もう、いない、片桐サンの声が。
あの日、鏡子を『家』に連れて言ってくれたあの日の夜、片桐サンはいなくなってしまった。お気に入りの白いワンピースを着て、さっさと出かけてしまった。
とても高い、天の彼方へ。
したいことは全部した?
もう一度、片桐サンの声がした。
「あきちゃん、ヒロくん、もう、友達じゃないんだ。そうでしょ。だから、さようなら」
鏡子はぺこりと二人に頭を下げた。それから、新しい担任の先生に向き直った。
「この人が、ここに落ちているコップで、あたしのワンピースに、泥をかけました。理由は知りません。この人に聞いて下さい」
担任の先生がコップを拾った。中を覗いて泥を見つけ、眉を顰めてあきちゃんを見る。
「ほんとなのか」
「あっ、あたしっ」
うわああああ、とあきちゃんが泣き出した。
「どうなんだ」
ヒロくんは困って俯いている。
鏡子はゆっくり周りを見回した。幾つもの顔が、幾つもの目が鏡子を見ている。笑っていたり、嫌な顔していたり、知らない顔をしていたりする。
「ちょっと、来てみなさい」
わあわあ泣き続けているあきちゃんとおどおどしているヒロくんの後について、鏡子は歩き出し、ふと、校庭の隅にひょろひょろした細い木に気がついた。
公園のポプラほど立派じゃない。けれども何だかとても、光っていて綺麗だ。職員室での話が済んだら、あの木を見に来よう、と鏡子は思った。泥で汚れたワンピースであの木の下に立ったなら、あの日の片桐サンのように見えるだろうか。
鏡子は溢れた涙を慌てて拭いた。
終わり
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