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SSS75『彼の瞳』
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不思議な眼だった。光が当たれば金茶色に輝くように思えたし、陰になれば黒に近く銀にも見えた。その眼をしばらく見つめていると、俗世間のことを全て忘れられそうな、妙な安堵感を持たせる眼だった。
事実、彼の瞳を覗き込むと忘れるのだ、記憶一切を。一瞬見れば一瞬だけ、5分見つめれば5分だけ、自分がどこの誰か、いや人間だったかどうかも忘れてしまう。
それに気づいた彼は、たいていサングラスをかけていたが、ドジな奴で、よく鏡をサングラスを外して眺め、自分で自分を記憶喪失にしてしまった。そうなると面倒なもので、自分の眼が人間の記憶を失わせるということまで忘れてしまい、何日でも、他人がサングラスをかけてやるまで、阿呆のように鏡を見つめている。そうするとますます記憶が薄れて……という具合だ。それでオレが『いつも』サングラスをかけてやる。何せ彼は鏡が好きだったんだ。
そうそう鏡と言えば、今日も彼はドジった。建てられたばかりの研究所の近くを通りがかったんだが、建物の一部が鏡張りになっていて、その美しさに思わずサングラスを遠くに放り投げて見つめ始めた。お決まりの記憶喪失……だが今回は建物の中に居た男まで一緒に記憶喪失になってしまった。なぜって? その鏡はマジックミラーだったんだ。おまけにそいつは彼の瞳に見とれて椅子に座り込む前に、『世界破滅爆弾』のスイッチを押してしまった。
中では大慌てさ。何せ装置を動かせたのは、その男だけだったからね。そいつはマジックミラー1枚隔てて彼と見つめ合っている。テコでも動きやしないだろうし、たとえ動かしたとしても『いろいろなこと』を、そう例えば爆弾のスイッチの解除方法なんかも綺麗さっぱり忘れちまっている。
オレは仕方なしに昔からの友人である人類を救ってやろうと、放り投げられたサングラスを拾いに走った。やっと見つけて、いざ拾おうとした途端、オレの首に縄がかかった。
「捕まえた!! こいつも一緒に放り込んでくれ!」
荒っぽい扱いの後、オレは檻の中に放り込まれた。ちぇっ。人間という奴は、どうしてこう間抜けなんだ? オレは呆れ果てて諦め、長々と床に寝そべった。
オレを乗せた野犬狩りのトラックは研究所から遠ざかって行く。これで人類は滅ぶだろう。他の生物には一種族に数匹、オレのような高度な思考力と判断力を持ったミュータントが居て、仲間を何とか助けるだろう、だが人類は。
もうわかってもらえただろうか? オレは犬一族のミュータント、人間風に言えば超能力者だ。仲間からは呆れられたが、昔からのよしみでミュータントの存在しない人類を助けてやるつもりだったのだが、人類は自らの手で自分達が助かる唯一の方法を断ち切ってしまった。
人類は滅ぶ。しかしまあ、それはそれで仕方ないのかも知れない。オレは欠伸をした。オレ達ミュータントの生命力は極めて強い。数千年は死なないだろう、たとえ意図的に殺されようとも。
非常警報が街に鳴り響き始めた。どこにも逃場のない人間に、危険を知らせたところで意味はないだろうが、そう考えないのもまた人間の特性だ。心の中のもう一人のオレは、彼の瞳を覗き込んで、人類滅亡の瞬間を忘れたいと感傷的に叫んでいる。まだまだオレも幼いということだ。だが、ひょっとしたら。オレは思って首を持ち上げ、既に街の光景に埋もれてしまった研究所を見やった。
ひょっとしたら、彼は生き残るかも知れない。
人類の持つ忌まわしい愚かさを、残されたものが忘れるために。
終わり
事実、彼の瞳を覗き込むと忘れるのだ、記憶一切を。一瞬見れば一瞬だけ、5分見つめれば5分だけ、自分がどこの誰か、いや人間だったかどうかも忘れてしまう。
それに気づいた彼は、たいていサングラスをかけていたが、ドジな奴で、よく鏡をサングラスを外して眺め、自分で自分を記憶喪失にしてしまった。そうなると面倒なもので、自分の眼が人間の記憶を失わせるということまで忘れてしまい、何日でも、他人がサングラスをかけてやるまで、阿呆のように鏡を見つめている。そうするとますます記憶が薄れて……という具合だ。それでオレが『いつも』サングラスをかけてやる。何せ彼は鏡が好きだったんだ。
そうそう鏡と言えば、今日も彼はドジった。建てられたばかりの研究所の近くを通りがかったんだが、建物の一部が鏡張りになっていて、その美しさに思わずサングラスを遠くに放り投げて見つめ始めた。お決まりの記憶喪失……だが今回は建物の中に居た男まで一緒に記憶喪失になってしまった。なぜって? その鏡はマジックミラーだったんだ。おまけにそいつは彼の瞳に見とれて椅子に座り込む前に、『世界破滅爆弾』のスイッチを押してしまった。
中では大慌てさ。何せ装置を動かせたのは、その男だけだったからね。そいつはマジックミラー1枚隔てて彼と見つめ合っている。テコでも動きやしないだろうし、たとえ動かしたとしても『いろいろなこと』を、そう例えば爆弾のスイッチの解除方法なんかも綺麗さっぱり忘れちまっている。
オレは仕方なしに昔からの友人である人類を救ってやろうと、放り投げられたサングラスを拾いに走った。やっと見つけて、いざ拾おうとした途端、オレの首に縄がかかった。
「捕まえた!! こいつも一緒に放り込んでくれ!」
荒っぽい扱いの後、オレは檻の中に放り込まれた。ちぇっ。人間という奴は、どうしてこう間抜けなんだ? オレは呆れ果てて諦め、長々と床に寝そべった。
オレを乗せた野犬狩りのトラックは研究所から遠ざかって行く。これで人類は滅ぶだろう。他の生物には一種族に数匹、オレのような高度な思考力と判断力を持ったミュータントが居て、仲間を何とか助けるだろう、だが人類は。
もうわかってもらえただろうか? オレは犬一族のミュータント、人間風に言えば超能力者だ。仲間からは呆れられたが、昔からのよしみでミュータントの存在しない人類を助けてやるつもりだったのだが、人類は自らの手で自分達が助かる唯一の方法を断ち切ってしまった。
人類は滅ぶ。しかしまあ、それはそれで仕方ないのかも知れない。オレは欠伸をした。オレ達ミュータントの生命力は極めて強い。数千年は死なないだろう、たとえ意図的に殺されようとも。
非常警報が街に鳴り響き始めた。どこにも逃場のない人間に、危険を知らせたところで意味はないだろうが、そう考えないのもまた人間の特性だ。心の中のもう一人のオレは、彼の瞳を覗き込んで、人類滅亡の瞬間を忘れたいと感傷的に叫んでいる。まだまだオレも幼いということだ。だが、ひょっとしたら。オレは思って首を持ち上げ、既に街の光景に埋もれてしまった研究所を見やった。
ひょっとしたら、彼は生き残るかも知れない。
人類の持つ忌まわしい愚かさを、残されたものが忘れるために。
終わり
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