『segakiyui短編集』

segakiyui

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SSS79『シッディ』

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「シーッディーッ」
 僕の声が緑の丘陵に吸い込まれて消えていく。見渡すばかりの平原、地平線の端に薄紅色の空が輝いている。その上の空はライト・ブルー、その上はブルー……やがて頭上では濃紺になる空。広々と晴れ渡った空の下に広がる薄緑、黄緑、緑、深緑……ありとあらゆる光線を跳ね返して輝く草原。
 小高い丘の中腹辺りに、一つの人影があった。
「シッディ!」
 呼びかけても、その人影は膝を抱えたまま動かない。ゆっくり中腹へ登って行く僕の右腰で、冷たい塊が揺れた。
「シッディ」
 僕がすぐ側に立っても、彼女は虚ろな視線を暮れていく地平線に彷徨わせていた。グレイがかった銀色のワンピースの肩に、優しい茶色の髪の毛がさらさらと音を立てている。
「知らなかったのよ、あたし」
「シッディ…」
「その名前、嫌。知らなかったわ、CD(コンピューター・ドール)0500……それがあたしなのよね」
 うふふ、と微かに嗤って、シッディは肩を竦めた。
「あたし、どの教科でもトップだったわ。社会学の論文形式だって、数学の計算式だって、満点なんて楽に取れた。…うふ……当たり前だったのね。あたしのアタマの『コンピューター』にとって簡単なことだったんだわ」
 風が草を波立たせて吹き寄せてきた。ふわりとそよいだシッディの髪の下の瞳に、一杯の涙が溜まっていた。
「…だから、卒業の時、どのコースでも選べると思ってたのよ。……小説家になろうと思っていた。
……でも、あたしのコースはとっくに決まっていたのね………生まれた途端……いいえ、それよりも前から…」
 空は見事な薔薇色に染まっていきつつあった。素晴らしいこの世界。公害も犯罪も戦争もない。ただ、年の数人の少年少女が永遠の枷をつけられただけのことだ。
 この世界を保つために『CD(コンピューター・ドール)』は続々と生み出された。人間とそっくり同じ外観、組織を持ち、基礎課程の学業を普通の人間と一緒に受けて、彼らは人間社会というものの特徴を掴み、人間の思考方法を学んだ。彼らは完全に人工物であり、人間に奉仕するためにのみ、生み出されたのだ。
「シッディ」
 自分の声が震えているのがよくわかった。
「いいのよ、シッド。いいえ、CD0408 。政府命令を果たせばいいわ。あなたはこのコースでやっていける、でも、あたしは駄目なの」
 彼女の声は澄んだ悲しみを湛えていた。空は今しも、天上の大伽藍の内部のように表現しがたい色に染め上げられていく。僕は無言で、右腰の銃を取り出した。
「いい風……それにあの空……全てが音楽のよ…」
 シッディのことばが途切れた。ゆっくりと仰け反っていく。額の中央にぽつんと黒い穴が空いていて、薄紫の煙が立ち上っていた。
「終わったな」
「どうしよう、こいつ」
「次のCDに回せるぜ。『自動分解』する前に本部へ送ろう」
 処理班の連中がドヤドヤとやって来て、シッディを担ぎ上げ、車に乗せた。呆然と立ち竦む僕に何の感情も含まぬ視線を向けて、彼らは去って行く。
「…そうだね、シッディ………僕らはどこかでステップを間違えたんだ」
 僕のことばは果てしないように続く鮮やかな緑に飲み込まれていった。

                                    終わり
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