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SSS91『ディアナの帰った日』
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「長、始まりますよ」
「うむ」
石造の神殿の窓から外を見ていた白髪の老人は、振り返って頷いた。顔の左半分を金属のマスクで覆った異様な風貌である。宝石と真珠で飾られた鈍い銅色のマスクの下の肌は、前の戦いでの火傷ーその戦いは地球文明を崩壊させ、人類の五分の四以上を死滅させたものだったーで、ケロイドとなった。彼はその戦いで奇跡的に生き残った人々の中で、最も知識があり判断力の優れた者だった。絶滅寸前の人類は生き延びていくために強力な指導者を必要とし、そうして彼が選ばれたのだ。月日は流れ、人類は復興への歩みを始め、対照的に彼は老いた。
(儂には時間がもうない)
長の目は暗く虚ろだった。素晴らしき人類の繁栄時代を知っている彼にとって、今の時代は未開すぎた。もう一度、あの繁栄の時代を命果てる前に目にしたかった。
「長、戦士達が集まって、お出でを待っております」
「分かっている」
答えながら、夜の闇に老人の唇が歪んだ。その脳裏に、数年前に見つけた古文書が過っていく。石に書かれた文章は、戦いで爆破された古代遺跡の地下数メートルで発見されたもので、幸いにも彼が読めるものだった。その古文書は、彼に一筋の希望を与えた。
『戦士を集めよ。彼らの想いはディアナを引き寄せる。ディアナは遥か昔、我らの母なる大地から宇宙に旅立ったもの。彼女こそ、全ての望み、全ての願い、全ての源。彼女こそ、大いなるエネルギーの元』
読み進むにつれ、『戦士』が『超能力者』あるいは『想いの強い者』を指すのを知った彼は、早速行動に移った。
遥か昔に宇宙へ旅立ったほどの科学力を持っていた『ディアナ』が個人名か団体名かは知らないが、彼女の科学力は、未開な地球に再び昔の繁栄を短時間のうちにもたらすだろう。もしそうならなくとも、彼一人ぐらいは、彼女の科学的な社会へ連れ帰ってくれるかも知れない。
簡単な道のりではなかった。だが、それだけに今日のこの日が嬉しい。
「長!」
「長!!」
どよめきが彼を迎えた。広場の『祈り台』に集まった顔は若く、最も幼い者は母親の腕に抱かれた2歳の子ども、最も年嵩の者でも20歳になるかならないかだった。そして、ほとんどが、戦いの時に母親の胎内にいた娘、あるいはその血筋のものから生まれている。
「それでは始めよ。我らが同朋『ディアナ』よ、戻りたまえと祈るのだ」
少年少女達は頷いて祈り始めた。炎に照らされ、幻想的な石造の建築物の影が揺らめく中、幼い顔が緊張し、強張り、気配が重く立ち上る。古文書によれば、『ディアナ』への呼びかけは、半日は続けねばならないはずだった。人々が見守る中、夜は更け、そしてゆっくり白んでゆく。星々は消え、青ざめていた月も、薄闇に姿を溶け込ませてゆく。
「長……まだなのですか」
「うむ」
空を見上げた長の顔は次第に厳しくなっていた。彼の求める姿は宇宙のどこにもない。
「長……そろそろ戦士達も限界です」
「……うむ」
長はいよいよ、天空を見つめた。食い入るように、丹念に空を過らせていく視線の先に、映るはずの船はやはりない。
(あれは、ただの祈りだったのか)
重い絶望感にやっと体を支えて、彼は空を見つめ続けた。白む空に何の変化も………いや、あれは?
(まさか……まさか…)
自分の目を疑う長の頭に、昔読んだ神話が蘇る。
(ダイアナ……ディアナは『月』の女神だ!!)
「やめろ、やめるんだ!!」
叫んだことばは虚しく消えた。強く激しくなる風と共に、今や誰の目にもはっきりと、『月』が迫って来つつあった。
終わり
「うむ」
石造の神殿の窓から外を見ていた白髪の老人は、振り返って頷いた。顔の左半分を金属のマスクで覆った異様な風貌である。宝石と真珠で飾られた鈍い銅色のマスクの下の肌は、前の戦いでの火傷ーその戦いは地球文明を崩壊させ、人類の五分の四以上を死滅させたものだったーで、ケロイドとなった。彼はその戦いで奇跡的に生き残った人々の中で、最も知識があり判断力の優れた者だった。絶滅寸前の人類は生き延びていくために強力な指導者を必要とし、そうして彼が選ばれたのだ。月日は流れ、人類は復興への歩みを始め、対照的に彼は老いた。
(儂には時間がもうない)
長の目は暗く虚ろだった。素晴らしき人類の繁栄時代を知っている彼にとって、今の時代は未開すぎた。もう一度、あの繁栄の時代を命果てる前に目にしたかった。
「長、戦士達が集まって、お出でを待っております」
「分かっている」
答えながら、夜の闇に老人の唇が歪んだ。その脳裏に、数年前に見つけた古文書が過っていく。石に書かれた文章は、戦いで爆破された古代遺跡の地下数メートルで発見されたもので、幸いにも彼が読めるものだった。その古文書は、彼に一筋の希望を与えた。
『戦士を集めよ。彼らの想いはディアナを引き寄せる。ディアナは遥か昔、我らの母なる大地から宇宙に旅立ったもの。彼女こそ、全ての望み、全ての願い、全ての源。彼女こそ、大いなるエネルギーの元』
読み進むにつれ、『戦士』が『超能力者』あるいは『想いの強い者』を指すのを知った彼は、早速行動に移った。
遥か昔に宇宙へ旅立ったほどの科学力を持っていた『ディアナ』が個人名か団体名かは知らないが、彼女の科学力は、未開な地球に再び昔の繁栄を短時間のうちにもたらすだろう。もしそうならなくとも、彼一人ぐらいは、彼女の科学的な社会へ連れ帰ってくれるかも知れない。
簡単な道のりではなかった。だが、それだけに今日のこの日が嬉しい。
「長!」
「長!!」
どよめきが彼を迎えた。広場の『祈り台』に集まった顔は若く、最も幼い者は母親の腕に抱かれた2歳の子ども、最も年嵩の者でも20歳になるかならないかだった。そして、ほとんどが、戦いの時に母親の胎内にいた娘、あるいはその血筋のものから生まれている。
「それでは始めよ。我らが同朋『ディアナ』よ、戻りたまえと祈るのだ」
少年少女達は頷いて祈り始めた。炎に照らされ、幻想的な石造の建築物の影が揺らめく中、幼い顔が緊張し、強張り、気配が重く立ち上る。古文書によれば、『ディアナ』への呼びかけは、半日は続けねばならないはずだった。人々が見守る中、夜は更け、そしてゆっくり白んでゆく。星々は消え、青ざめていた月も、薄闇に姿を溶け込ませてゆく。
「長……まだなのですか」
「うむ」
空を見上げた長の顔は次第に厳しくなっていた。彼の求める姿は宇宙のどこにもない。
「長……そろそろ戦士達も限界です」
「……うむ」
長はいよいよ、天空を見つめた。食い入るように、丹念に空を過らせていく視線の先に、映るはずの船はやはりない。
(あれは、ただの祈りだったのか)
重い絶望感にやっと体を支えて、彼は空を見つめ続けた。白む空に何の変化も………いや、あれは?
(まさか……まさか…)
自分の目を疑う長の頭に、昔読んだ神話が蘇る。
(ダイアナ……ディアナは『月』の女神だ!!)
「やめろ、やめるんだ!!」
叫んだことばは虚しく消えた。強く激しくなる風と共に、今や誰の目にもはっきりと、『月』が迫って来つつあった。
終わり
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