『segakiyui短編集』

segakiyui

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SSS90『終末の日の魔女』

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「!」
 眉を顰めて、朱野は身を反らせた。
「? この曲、嫌い?」
 悠司が不思議そうにイヤホンを手にしたまま尋ねた。お人好しそうな笑みが、揶揄うように朱野に向けられる。
「ううん、そうじゃないけど」
 冷たくなった頬に触れながら、朱野は弱々しく笑って見せた。無意識に腕に触れ、鳥肌を立てているのに気づく。
「真っ青だよ」
 今度は少し心配そうに悠司は言った。
「本当? どうしたのかしら……」
「すごい顔してたぜ。何か……とても嫌なものを見たみたいだったな」
「嫌なもの? …ん…そうね………何が嫌だったのかな……その曲の音、かな」
「音? メロディか?」
「ん…」
 朱野は唇を噛んだ。メロデイ? ううん、音、に近い。何か……ぞっとする音。
 何か起こりそうな、起こってはならないことが起こってしまいそうだった。だからきっと、無意識に身を退け反らせてしまったのだ。
「おかしな奴だな」
 悠司はくすりと笑って時計に目をやり、ガバッと身を起こして、TVのスイッチに手を伸ばした。
「何?」
「銀河戦隊、ドッガーさ」
「…じゃあ、あたし、上に上がってくるわ」
「どうして? これ、今評判いいんだぜ。アニメとしての質も良いしさ」
「ん、それはわかるんだけど……何となく見たくないの」
「結構な大人も見てるし、子ども騙しでもないし」
「そうじゃないの、何となく」
「ふうーん」
 悠司は首を傾げて画面に見入った。微笑を投げて朱野は二階へ上がっていく。悠司は少々頼りないけど、朱野の気持ちを分かってくれるから、安心して側に居られる人間の一人だった。ほんの時々見せる、妙に隙のない鋭い瞳は気になったけど、言ってみれば、それも魅力だと思う。
 だけど、なぜあの曲が嫌だったんだろう? それに銀河戦隊ドッガーも。たかがアニメのことなのに、朱野はどうしても、あの番組が見られなかった。いや、一度だけ見たことがあるのだが、何となく呆けて闇に落ち込んでいくような感覚に悪酔いしてしまって、それから一度も見たくない。あの感覚を他の誰も気づかないのかしら、と朱野は不審を抱く。評判がいい、なんて。
「朱野ーっ」
「何よ!」
「ちょっと!」
 何だろう、と朱野は階段を降りた。TVの音がしないので、ほっとして居間に入っていく。と、ソファに寝そべっていたはずの悠司が、すぐ側に立っていた。
「え?」
 きょとんとしている朱野をあっという間に引っ張り込んで、悠司は乱暴にTVの方へ向けさせた。カチッとリモコンが音をたて、画面に銀河戦隊ドッガーの呼び物の一つ、主人公の超能力者が悪人の良心を目覚めさせる力を使って、悪人の心の中へインナー・トリップを行うシーンが広がった。
「あっ…」
 朱野はびくっと体を震わせた。暗い宇宙に次々と歪んだ方形が流れてゆき、捻れて吸い込まれる。白、水色、青の方形、黄、黄緑、緑の楕円形が中央の水平線上の一点から吐き出され、後方へと飛び去る。輝線がパッパッと色々な形を作って閃き、画面を駆け抜けていく。
 震える朱野の瞳にそれらが写り煌めいている。暗い絶望感、底なしの闇に意識が吸い込まれてゆく。BGMが耳から鼓膜を震わせ脳髄へと食い込んできた。嫌な音、身震いが止まらない。冷や汗が。
「や…嫌だ…」
 がくっと膝が砕けた。悠司が支える。意識を解放せよ、イシキヲカイホウセヨ、いしきをかいほうせよ、ISHIKIWOKAIHOSEYO……奥底のドロドロしたものが叫び出した。やっと培った自制心と理性が打ち破られて、散り散りに、粉々に、闇へ消えていく。ちょうど画面の悪人の悪い心と同じように。時が来たんだ。さあ、解放おし、全開に。震えが止まった。悠司の手が緩む。
「どうして……」
 朱野の唇からポツリとことばが漏れた。
「どうして私を目覚めさせたの………まだ終末になっていないわ。まだ人類絶命の日じゃないって言うのに、どうして今?」
 ゆっくりと振り向いた目に、悠司の肩から伸びた漆黒の天使の翼が映った。
「お前は魔女だ。その日に災害をもたらすためだけに生まれた魔女だ。僕はその日まで待ち、お前を目覚めさせる大役を仰せつかっていた……人間への神の大いなる試練となるように」
 悠司の頬にお人好しそうな笑みが仄かに広がった。と同時に、瞳に鋭い輝きが宿ったが、悠司はいつもの調子でことばを継いだ。
「でもね、僕は暇を持て余してしまった。だから、あんなアニメを作らせて、朱野を目覚めさせようとゲームを始めたんだけど、朱野は全然気づかなかった。それで、こんな行動に出てしまったわけ」
 ふわりと悠司の翼が広がり、壁を突き抜けた。もう既に他次元の存在となった彼は、あっさりと言った。
「じゃ、ね。またいつか」
 翼を羽ばたかせて天井を突き抜け、遥かな天空へと帰っていく悠司をぼんやりと見送っていた朱野は、静かに深く溜息をついた。
「そりゃ、あんたはいいわよ。そこで勝手に抜けられるんだから」
 視界を揺らめかせて涙の粒が膨れ上がり、ポタポタと落ちる。
「でも、私はどうするのよ、こんな時に目覚めちゃって……何をしてりゃいいのよ!」
 夕方のざわめき、往来の音、近所のおしゃべり、子ども達の笑う声。
 終末の日までまだ数十年、魔女は人間の中で一人立ち竦んでいた。

                                 終わり
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