『segakiyui短編集』

segakiyui

文字の大きさ
128 / 148

SSS97『宇宙(そら)より来たる』(2)

しおりを挟む
3.変化
 どうにかしてしまったに違いない。
 問題は、あの夢だ。あの池に潜る夢、女に変わってしまう夢を見始めてから、何かが少しずつ狂っていっっている。
「裕也!」
 僕は胸の中で呟きながら、目の前の順の顔から目を逸らせた。
「おい、聞いてるのか!」
 順が珍しく声を荒げていた。
 無理もない。話があるからと呼び出したのに、肝心の僕はまともに順を見ようともしない。話を聞く態度ではない。
「裕也!」
 ぐいっと肩を掴まれ、体の向きを直されて、僕は思わずうわ、と小さく声を上げてしまった。
 頼むから、止めてくれ。
 胸の中で懇願しても順に聞こえるわけがない。なのに、僕は痛いほど意識してしまっている。放課後の教室に2人だけ。順と2人だけなんだ、と。
「いい加減にしろよ! 部活も休んでそそくさと帰るから、てっきり沙知と一緒だと思えば……この4
、5日、さちとデートしてないって聞いたぞ!」
 はい、その通りです、だからその手を離して下さい。さっさと僕から離れて下さい。そう言いたかったが、順が激怒するのは目に見えている。そればかりか、どうしてそんなに変わったのかと問い詰められるだろう。これ以上接近され続けられると、正直なところ、自制心がもたなくなる。
「それに、噂によれば、お前、この間、呆けた顔で産婦人科の前に立っていたそうだな! 特に赤ん坊を抱いた女にニヤニヤいやらしく笑いかけてったって言うぞ!」
 ああ、もう、どうにでもしてくれ。
 僕は溜息をついた。
「順…」
「何だ! よっぽどの理由がないと納得しないからな、オレは!」
 順はきつい目で僕を睨んで、それでも肩から手を離してくれた。その目をじっと見返すと、いつかの夜、突然痛みが襲った場所、胸の真ん中あたりから、疼くような甘い感覚が広がってくる。
 順が欲しい、と思う。いや、そうじゃない。
 子どもを宿すための性が欲しい、と思うのだ。
 つまり、男なら誰でもいいから行為に及びたい。
 わかっている。僕の性は紛れもなく「男性」で、子どもを宿すためには「女性」を求めなくてはならない。第一、どうしていきなり、赤ん坊が欲しくなってしまったのか、自分でもうまく説明できない。
 ただ、それはきっと、あの夢と関連している。あの池に潜る夢を見て繰り返し女になるってことが。
 最近では、夢を見るたび奇妙な焦りさえ感じてしまう。早く早く。子どもを宿さなくちゃ。子どもを宿そう、さあ、早く。そう囁き続けられているようにさえ思える。
 現実の僕の体は子どもを宿すことなんてできやしないのに。
「順…」
「だから、何だって」
 いらつく順にことばを呑む。
 どうやって説明すればいいのだろう。女になる奇妙な夢を見ているうちに、心がすっかり女になってしまいました、今は「男」が欲しくてたまりません。だから部活も休んでます、火に油を注ぐようなものだから。
 ………納得してくれるとは思えない。きっと順は、僕が沙知と別れたがっていて、それでとんでもない理由をでっち上げてるんだと思うだろう。
「あのな、裕也」
 順は黙ってしまった僕に、深い吐息を一つついて続けた。
「オレだって男だからさ、わかる気もするよ。沙知、高校に入って急に背が伸びたよな。可愛いって感じじゃなくなった。お前達が付き合いだした頃みたいじゃなくなったから、お前が他の女に魅かれてくってのもわかる」
 他の男に、だけど。
 そう言いそうになって、慌てて言った。
「沙知は……可愛いよ」
「無理すんなって。沙知も気づいてる」
 何となく、どきんとした。
「何を気づいてるって…」
「この前のデートの時、髪の長い女に見惚れてたって言ってた。話しかけても気が付かないほど夢中で見てたって。その後、産婦人科の前で云々だろ? 沙知は、お前に好きな奴ができてて、それに自分が気づかなかっただけなんじゃないかって落ち込んでるよ。別の女と、深い付き合いをしてるんじゃないかって」
「深い付き合いって」
「言わせるなよ」
 順はむっとした顔でそっぽを向いて、机に腰掛けた。
「そんなことない。他の女と付き合ってなんかいないよ」
「言われてみば、お前も少し変わったよな、トイレで物思いに耽ったり、鏡のてめえに見惚れてたり」
「違うって」
「何が違うんだよ。どこが違うんだ。沙知のためにも、きちんと説明しろよ」
「それは…」
 何が沙知のためだ、半分は自分のためじゃないか。そう思いかけて、ふと気がついた。
 順はなぜそこまで詳しく知っているんだろう。沙知が話したのか? 僕と沙知が付き合いだしても、結構沙知のことを気にしてた奴だから、そうかも知れない。
 頭の中を、覚えている限りの沙知の泣き顔が駆け巡り、加えて、その泣き顔が順の胸に埋められる場面が浮かんでむっとした。
 ふわふわして柔らかそうな沙知の唇に涙が零れる。順なら、いや、男なら、あれほど可愛い唇だもの、涙を拭ってやるふりで少し撫でてみたかも知れない。もっと気障に、キスで涙を吸い取ってやったかも知れない。
 くそ、と体の奥で火が弾けた。
「あれ?」
 次の瞬間、僕は声を上げた。
 今、沙知のことを考えた場所と、順やその他の男達のことを考えた場所にズレがあったような気がした。そう思った途端、何かが体の中で動いた気がした。強いて言えば、透明な袋の中に潜り込んだものが出ようとして、慌ててもう一度隠れてしまったような感じ。同時に、ついさっきまで胸を苦しくさせていた順への気持ちが、拭ったように消えていた。
「何が、あれ、だ」
 順は呆然としている僕に痺れを切らしたようだった。
「話す気がないんなら、こんなことしてても無駄だよな。ただな、沙知が嫌いになったんならはっきりしてやれよ。残酷だろ? ほら」
 2枚、水色のチケットを差し出した。
「何だ?」
「プラネタリウム。今度の日曜。沙知体。秋から冬の星座の話だと。これならお前が来てくれるって言ったけど…」
 僕はチケットを受け取った。沙知の丸めた肩とバッグの留め金を弄る仕草が浮かんだ。
「初デートがプラネタリウムだった……」
 順はじっと僕を見た。やがて一言、言い捨てて背中をむけ、教室から出て行った。
「ひどい奴」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

「魔物の討伐で拾われた少年――アイト・グレイモント」

(イェイソン・マヌエル・ジーン)
ファンタジー
魔物の討伐中に見つかった黄金の瞳の少年、アイト・グレイモント。 王宮で育てられながらも、本当の冒険を求める彼は7歳で旅に出る。 風の魔法を操り、師匠と幼なじみの少女リリアと共に世界を巡る中、古代の遺跡で隠された力に触れ——。

あなたの片想いを聞いてしまった夜

柴田はつみ
恋愛
「『好きな人がいる』——その一言で、私の世界は音を失った。」 公爵令嬢リリアーヌの初恋は、隣家の若き公爵アレクシスだった。 政務や領地行事で顔を合わせるたび、言葉少なな彼の沈黙さえ、彼女には優しさに聞こえた。——毎日会える。それだけで十分幸せだと信じていた。 しかしある日、回廊の陰で聞いてしまう。 「好きな人がいる。……片想いなんだ」 名前は出ない。だから、リリアーヌの胸は残酷に結論を作る。自分ではないのだ、と。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

どうやらお前、死んだらしいぞ? ~変わり者令嬢は父親に報復する~

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「ビクティー・シークランドは、どうやら死んでしまったらしいぞ?」 「はぁ? 殿下、アンタついに頭沸いた?」  私は思わずそう言った。  だって仕方がないじゃない、普通にビックリしたんだから。  ***  私、ビクティー・シークランドは少し変わった令嬢だ。  お世辞にも淑女然としているとは言えず、男が好む政治事に興味を持ってる。  だから父からも煙たがられているのは自覚があった。  しかしある日、殺されそうになった事で彼女は決める。  「必ず仕返ししてやろう」って。  そんな令嬢の人望と理性に支えられた大勝負をご覧あれ。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

処理中です...