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SSS97『宇宙(そら)より来たる』(2)
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3.変化
どうにかしてしまったに違いない。
問題は、あの夢だ。あの池に潜る夢、女に変わってしまう夢を見始めてから、何かが少しずつ狂っていっっている。
「裕也!」
僕は胸の中で呟きながら、目の前の順の顔から目を逸らせた。
「おい、聞いてるのか!」
順が珍しく声を荒げていた。
無理もない。話があるからと呼び出したのに、肝心の僕はまともに順を見ようともしない。話を聞く態度ではない。
「裕也!」
ぐいっと肩を掴まれ、体の向きを直されて、僕は思わずうわ、と小さく声を上げてしまった。
頼むから、止めてくれ。
胸の中で懇願しても順に聞こえるわけがない。なのに、僕は痛いほど意識してしまっている。放課後の教室に2人だけ。順と2人だけなんだ、と。
「いい加減にしろよ! 部活も休んでそそくさと帰るから、てっきり沙知と一緒だと思えば……この4
、5日、さちとデートしてないって聞いたぞ!」
はい、その通りです、だからその手を離して下さい。さっさと僕から離れて下さい。そう言いたかったが、順が激怒するのは目に見えている。そればかりか、どうしてそんなに変わったのかと問い詰められるだろう。これ以上接近され続けられると、正直なところ、自制心がもたなくなる。
「それに、噂によれば、お前、この間、呆けた顔で産婦人科の前に立っていたそうだな! 特に赤ん坊を抱いた女にニヤニヤいやらしく笑いかけてったって言うぞ!」
ああ、もう、どうにでもしてくれ。
僕は溜息をついた。
「順…」
「何だ! よっぽどの理由がないと納得しないからな、オレは!」
順はきつい目で僕を睨んで、それでも肩から手を離してくれた。その目をじっと見返すと、いつかの夜、突然痛みが襲った場所、胸の真ん中あたりから、疼くような甘い感覚が広がってくる。
順が欲しい、と思う。いや、そうじゃない。
子どもを宿すための性が欲しい、と思うのだ。
つまり、男なら誰でもいいから行為に及びたい。
わかっている。僕の性は紛れもなく「男性」で、子どもを宿すためには「女性」を求めなくてはならない。第一、どうしていきなり、赤ん坊が欲しくなってしまったのか、自分でもうまく説明できない。
ただ、それはきっと、あの夢と関連している。あの池に潜る夢を見て繰り返し女になるってことが。
最近では、夢を見るたび奇妙な焦りさえ感じてしまう。早く早く。子どもを宿さなくちゃ。子どもを宿そう、さあ、早く。そう囁き続けられているようにさえ思える。
現実の僕の体は子どもを宿すことなんてできやしないのに。
「順…」
「だから、何だって」
いらつく順にことばを呑む。
どうやって説明すればいいのだろう。女になる奇妙な夢を見ているうちに、心がすっかり女になってしまいました、今は「男」が欲しくてたまりません。だから部活も休んでます、火に油を注ぐようなものだから。
………納得してくれるとは思えない。きっと順は、僕が沙知と別れたがっていて、それでとんでもない理由をでっち上げてるんだと思うだろう。
「あのな、裕也」
順は黙ってしまった僕に、深い吐息を一つついて続けた。
「オレだって男だからさ、わかる気もするよ。沙知、高校に入って急に背が伸びたよな。可愛いって感じじゃなくなった。お前達が付き合いだした頃みたいじゃなくなったから、お前が他の女に魅かれてくってのもわかる」
他の男に、だけど。
そう言いそうになって、慌てて言った。
「沙知は……可愛いよ」
「無理すんなって。沙知も気づいてる」
何となく、どきんとした。
「何を気づいてるって…」
「この前のデートの時、髪の長い女に見惚れてたって言ってた。話しかけても気が付かないほど夢中で見てたって。その後、産婦人科の前で云々だろ? 沙知は、お前に好きな奴ができてて、それに自分が気づかなかっただけなんじゃないかって落ち込んでるよ。別の女と、深い付き合いをしてるんじゃないかって」
「深い付き合いって」
「言わせるなよ」
順はむっとした顔でそっぽを向いて、机に腰掛けた。
「そんなことない。他の女と付き合ってなんかいないよ」
「言われてみば、お前も少し変わったよな、トイレで物思いに耽ったり、鏡のてめえに見惚れてたり」
「違うって」
「何が違うんだよ。どこが違うんだ。沙知のためにも、きちんと説明しろよ」
「それは…」
何が沙知のためだ、半分は自分のためじゃないか。そう思いかけて、ふと気がついた。
順はなぜそこまで詳しく知っているんだろう。沙知が話したのか? 僕と沙知が付き合いだしても、結構沙知のことを気にしてた奴だから、そうかも知れない。
頭の中を、覚えている限りの沙知の泣き顔が駆け巡り、加えて、その泣き顔が順の胸に埋められる場面が浮かんでむっとした。
ふわふわして柔らかそうな沙知の唇に涙が零れる。順なら、いや、男なら、あれほど可愛い唇だもの、涙を拭ってやるふりで少し撫でてみたかも知れない。もっと気障に、キスで涙を吸い取ってやったかも知れない。
くそ、と体の奥で火が弾けた。
「あれ?」
次の瞬間、僕は声を上げた。
今、沙知のことを考えた場所と、順やその他の男達のことを考えた場所にズレがあったような気がした。そう思った途端、何かが体の中で動いた気がした。強いて言えば、透明な袋の中に潜り込んだものが出ようとして、慌ててもう一度隠れてしまったような感じ。同時に、ついさっきまで胸を苦しくさせていた順への気持ちが、拭ったように消えていた。
「何が、あれ、だ」
順は呆然としている僕に痺れを切らしたようだった。
「話す気がないんなら、こんなことしてても無駄だよな。ただな、沙知が嫌いになったんならはっきりしてやれよ。残酷だろ? ほら」
2枚、水色のチケットを差し出した。
「何だ?」
「プラネタリウム。今度の日曜。沙知体。秋から冬の星座の話だと。これならお前が来てくれるって言ったけど…」
僕はチケットを受け取った。沙知の丸めた肩とバッグの留め金を弄る仕草が浮かんだ。
「初デートがプラネタリウムだった……」
順はじっと僕を見た。やがて一言、言い捨てて背中をむけ、教室から出て行った。
「ひどい奴」
どうにかしてしまったに違いない。
問題は、あの夢だ。あの池に潜る夢、女に変わってしまう夢を見始めてから、何かが少しずつ狂っていっっている。
「裕也!」
僕は胸の中で呟きながら、目の前の順の顔から目を逸らせた。
「おい、聞いてるのか!」
順が珍しく声を荒げていた。
無理もない。話があるからと呼び出したのに、肝心の僕はまともに順を見ようともしない。話を聞く態度ではない。
「裕也!」
ぐいっと肩を掴まれ、体の向きを直されて、僕は思わずうわ、と小さく声を上げてしまった。
頼むから、止めてくれ。
胸の中で懇願しても順に聞こえるわけがない。なのに、僕は痛いほど意識してしまっている。放課後の教室に2人だけ。順と2人だけなんだ、と。
「いい加減にしろよ! 部活も休んでそそくさと帰るから、てっきり沙知と一緒だと思えば……この4
、5日、さちとデートしてないって聞いたぞ!」
はい、その通りです、だからその手を離して下さい。さっさと僕から離れて下さい。そう言いたかったが、順が激怒するのは目に見えている。そればかりか、どうしてそんなに変わったのかと問い詰められるだろう。これ以上接近され続けられると、正直なところ、自制心がもたなくなる。
「それに、噂によれば、お前、この間、呆けた顔で産婦人科の前に立っていたそうだな! 特に赤ん坊を抱いた女にニヤニヤいやらしく笑いかけてったって言うぞ!」
ああ、もう、どうにでもしてくれ。
僕は溜息をついた。
「順…」
「何だ! よっぽどの理由がないと納得しないからな、オレは!」
順はきつい目で僕を睨んで、それでも肩から手を離してくれた。その目をじっと見返すと、いつかの夜、突然痛みが襲った場所、胸の真ん中あたりから、疼くような甘い感覚が広がってくる。
順が欲しい、と思う。いや、そうじゃない。
子どもを宿すための性が欲しい、と思うのだ。
つまり、男なら誰でもいいから行為に及びたい。
わかっている。僕の性は紛れもなく「男性」で、子どもを宿すためには「女性」を求めなくてはならない。第一、どうしていきなり、赤ん坊が欲しくなってしまったのか、自分でもうまく説明できない。
ただ、それはきっと、あの夢と関連している。あの池に潜る夢を見て繰り返し女になるってことが。
最近では、夢を見るたび奇妙な焦りさえ感じてしまう。早く早く。子どもを宿さなくちゃ。子どもを宿そう、さあ、早く。そう囁き続けられているようにさえ思える。
現実の僕の体は子どもを宿すことなんてできやしないのに。
「順…」
「だから、何だって」
いらつく順にことばを呑む。
どうやって説明すればいいのだろう。女になる奇妙な夢を見ているうちに、心がすっかり女になってしまいました、今は「男」が欲しくてたまりません。だから部活も休んでます、火に油を注ぐようなものだから。
………納得してくれるとは思えない。きっと順は、僕が沙知と別れたがっていて、それでとんでもない理由をでっち上げてるんだと思うだろう。
「あのな、裕也」
順は黙ってしまった僕に、深い吐息を一つついて続けた。
「オレだって男だからさ、わかる気もするよ。沙知、高校に入って急に背が伸びたよな。可愛いって感じじゃなくなった。お前達が付き合いだした頃みたいじゃなくなったから、お前が他の女に魅かれてくってのもわかる」
他の男に、だけど。
そう言いそうになって、慌てて言った。
「沙知は……可愛いよ」
「無理すんなって。沙知も気づいてる」
何となく、どきんとした。
「何を気づいてるって…」
「この前のデートの時、髪の長い女に見惚れてたって言ってた。話しかけても気が付かないほど夢中で見てたって。その後、産婦人科の前で云々だろ? 沙知は、お前に好きな奴ができてて、それに自分が気づかなかっただけなんじゃないかって落ち込んでるよ。別の女と、深い付き合いをしてるんじゃないかって」
「深い付き合いって」
「言わせるなよ」
順はむっとした顔でそっぽを向いて、机に腰掛けた。
「そんなことない。他の女と付き合ってなんかいないよ」
「言われてみば、お前も少し変わったよな、トイレで物思いに耽ったり、鏡のてめえに見惚れてたり」
「違うって」
「何が違うんだよ。どこが違うんだ。沙知のためにも、きちんと説明しろよ」
「それは…」
何が沙知のためだ、半分は自分のためじゃないか。そう思いかけて、ふと気がついた。
順はなぜそこまで詳しく知っているんだろう。沙知が話したのか? 僕と沙知が付き合いだしても、結構沙知のことを気にしてた奴だから、そうかも知れない。
頭の中を、覚えている限りの沙知の泣き顔が駆け巡り、加えて、その泣き顔が順の胸に埋められる場面が浮かんでむっとした。
ふわふわして柔らかそうな沙知の唇に涙が零れる。順なら、いや、男なら、あれほど可愛い唇だもの、涙を拭ってやるふりで少し撫でてみたかも知れない。もっと気障に、キスで涙を吸い取ってやったかも知れない。
くそ、と体の奥で火が弾けた。
「あれ?」
次の瞬間、僕は声を上げた。
今、沙知のことを考えた場所と、順やその他の男達のことを考えた場所にズレがあったような気がした。そう思った途端、何かが体の中で動いた気がした。強いて言えば、透明な袋の中に潜り込んだものが出ようとして、慌ててもう一度隠れてしまったような感じ。同時に、ついさっきまで胸を苦しくさせていた順への気持ちが、拭ったように消えていた。
「何が、あれ、だ」
順は呆然としている僕に痺れを切らしたようだった。
「話す気がないんなら、こんなことしてても無駄だよな。ただな、沙知が嫌いになったんならはっきりしてやれよ。残酷だろ? ほら」
2枚、水色のチケットを差し出した。
「何だ?」
「プラネタリウム。今度の日曜。沙知体。秋から冬の星座の話だと。これならお前が来てくれるって言ったけど…」
僕はチケットを受け取った。沙知の丸めた肩とバッグの留め金を弄る仕草が浮かんだ。
「初デートがプラネタリウムだった……」
順はじっと僕を見た。やがて一言、言い捨てて背中をむけ、教室から出て行った。
「ひどい奴」
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