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「おい、近江、大丈夫か、おい!」
ゆさゆさと激しく揺さぶられて目が覚めた。
「ああ、大丈夫だ」
しわがれた村西の声に目を開いてぎょっとする。辺りが真っ暗だ。目の前には鼻の先まで塗り込められたような黒い空間しかない。
「村西?」
「え、おい!」
体を起こして手を伸ばしたとたんに空に浮いた。支えを失って前にのめり、どん、と激しく別の物に突き当たる。
「よせよ、なんだ、危ねえな」
うろたえた声とともに、肩が強く握られ起こされた。
「何ふざけてんだ?」
怒ったようにぼやく声。
「村西…」
手で探って相手の腕につかまる。
「今、夜、じゃないよな?」
尋ねるまでもなかった。
いくら夜が来ているにしても、すぐ側にいる相手の顔が見えないはずはない。なのに、必死に目をこらし声の方向を見つめても、見えるのはただただのっぺりとして平板な、広さのわからぬ黒い空間だけだ。
「どうしたんだ? まさか、目が見えないのか?」
相手の声が不安を帯びた。
間違いない、今度は視力の方から失ってしまったのだ。
「ここ、どこだ?」
俺は、村西に支えられて体を落ち着けると、手で座っている場所の周囲を探った。少し湿り気のある、平らに広がった布の感じ。弾力があって、端っこが丸い。
(ベッド、か?)
そういえば、どこかぷんと薬くさい空気が回りに漂っている。
「大学の保健室……って、覚えてないのか? 声かけたらいきなり倒れたんだぞ。さっき、お前があんまり妙な感じだったんで、こっちも宮内を探してたんだ」
「宮内? 今、ここに居るのか?」
「いない。けど、秋野のことはわかったぜ」
とくん、と心臓が跳ねた。
「何でも仕事を回したんだそうだ。秋野の方から、環境保護関係の仕事がないかって尋ねてきたらしい。宮内はバイト情報には詳しいからな」
(環境保護?)
俺は眉を寄せた。秋野さんがそんなことに興味を持っているとは知らなかった。
「で、一つあったから、秋野に頼んだそうだ。えーと、まてよ」
俺を無理やりベッドに押し込み横にさせてから、村西はがさがさと何枚かの紙をめくるような音をさせた。
「南大路製紙の環境問題に関する情報について、か。はあん、これだな。うん、昼間は流せないような廃棄物を夜中に流してるらしいってのか。その証拠集めをするっていうのがバイト内容らしいな」
村西は警戒するように声を低めた。
「確かにそりゃ、いい稼ぎだろうけど、宮内のやつ、無茶してやがるな、見つかりでもしたら、やばいぞ、これ」
体の奥の柔らかい部分、そこに堅くて鋭い針が突き刺されたような気がした。
「おい、待てよ」
ベッドを降りようとした俺に、村西があわてた声を出して、腕をつかむ。
「見えねえんだろ、何する気だよ」
「秋野さんが帰ってこない。何かあったんだ」
一瞬広がったかすかな安堵はすぐに恐怖に取って変わった。
もし、南大路製紙で秋野さんに何かあったのなら、彼女は俺を捨てたことにはならない。けれど、それは秋野さんの命の危険を意味している。
(それが俺の望んでいることなのか?)
もし、秋野さんが昨日は違う奴とデートしていただけなら、彼女は無事だ。そして、俺は遠からず秋野さんに振られて、どぶ川に流れていくことになる。
(だけど、それだけのこと、だ)
どちらがいい? どちらが楽だ?
(簡単なことじゃないか)
この数時間、俺は何を迷っていたんだろう。しぼみ切っていた体に、秋野さんのキスを受けたみたいな力が戻って来る気がした。
「ああ、まあそうだろうけどよ、こら、待てって。今のおまえに何ができるって言うんだ」
村西がいらだった声で制して、俺は凍りついた。
確かに、視力を失って、こうしてただ座っているだけでもエネルギーを削り取られて動けなくなっていく俺が、どうすれば秋野さんを助けられるというんだろう。自分一人を扱いかねているっていうのに?
「わかった」
村西がやれやれといった様子で息を吐いた。
「こうなったら仕方ねえ、付いていってやるから待ってろ。目が見えねえことがわかったら、ここから出してもらえねえから、おとなしくしてろよ。おまえを連れ出していいか、聞いてきてやるから」
「村西?」
「何だ?」
がさがさと辺りを片付けにかかっている相手に尋ねる。
「今、何時だ?」
「今? えーと、一時すぎだ。いいか」
戸口へ遠ざかりかけた声は警戒するように戻ってきた。
「待ってろよ、動くなよ」
「遅い」
ゆさゆさと激しく揺さぶられて目が覚めた。
「ああ、大丈夫だ」
しわがれた村西の声に目を開いてぎょっとする。辺りが真っ暗だ。目の前には鼻の先まで塗り込められたような黒い空間しかない。
「村西?」
「え、おい!」
体を起こして手を伸ばしたとたんに空に浮いた。支えを失って前にのめり、どん、と激しく別の物に突き当たる。
「よせよ、なんだ、危ねえな」
うろたえた声とともに、肩が強く握られ起こされた。
「何ふざけてんだ?」
怒ったようにぼやく声。
「村西…」
手で探って相手の腕につかまる。
「今、夜、じゃないよな?」
尋ねるまでもなかった。
いくら夜が来ているにしても、すぐ側にいる相手の顔が見えないはずはない。なのに、必死に目をこらし声の方向を見つめても、見えるのはただただのっぺりとして平板な、広さのわからぬ黒い空間だけだ。
「どうしたんだ? まさか、目が見えないのか?」
相手の声が不安を帯びた。
間違いない、今度は視力の方から失ってしまったのだ。
「ここ、どこだ?」
俺は、村西に支えられて体を落ち着けると、手で座っている場所の周囲を探った。少し湿り気のある、平らに広がった布の感じ。弾力があって、端っこが丸い。
(ベッド、か?)
そういえば、どこかぷんと薬くさい空気が回りに漂っている。
「大学の保健室……って、覚えてないのか? 声かけたらいきなり倒れたんだぞ。さっき、お前があんまり妙な感じだったんで、こっちも宮内を探してたんだ」
「宮内? 今、ここに居るのか?」
「いない。けど、秋野のことはわかったぜ」
とくん、と心臓が跳ねた。
「何でも仕事を回したんだそうだ。秋野の方から、環境保護関係の仕事がないかって尋ねてきたらしい。宮内はバイト情報には詳しいからな」
(環境保護?)
俺は眉を寄せた。秋野さんがそんなことに興味を持っているとは知らなかった。
「で、一つあったから、秋野に頼んだそうだ。えーと、まてよ」
俺を無理やりベッドに押し込み横にさせてから、村西はがさがさと何枚かの紙をめくるような音をさせた。
「南大路製紙の環境問題に関する情報について、か。はあん、これだな。うん、昼間は流せないような廃棄物を夜中に流してるらしいってのか。その証拠集めをするっていうのがバイト内容らしいな」
村西は警戒するように声を低めた。
「確かにそりゃ、いい稼ぎだろうけど、宮内のやつ、無茶してやがるな、見つかりでもしたら、やばいぞ、これ」
体の奥の柔らかい部分、そこに堅くて鋭い針が突き刺されたような気がした。
「おい、待てよ」
ベッドを降りようとした俺に、村西があわてた声を出して、腕をつかむ。
「見えねえんだろ、何する気だよ」
「秋野さんが帰ってこない。何かあったんだ」
一瞬広がったかすかな安堵はすぐに恐怖に取って変わった。
もし、南大路製紙で秋野さんに何かあったのなら、彼女は俺を捨てたことにはならない。けれど、それは秋野さんの命の危険を意味している。
(それが俺の望んでいることなのか?)
もし、秋野さんが昨日は違う奴とデートしていただけなら、彼女は無事だ。そして、俺は遠からず秋野さんに振られて、どぶ川に流れていくことになる。
(だけど、それだけのこと、だ)
どちらがいい? どちらが楽だ?
(簡単なことじゃないか)
この数時間、俺は何を迷っていたんだろう。しぼみ切っていた体に、秋野さんのキスを受けたみたいな力が戻って来る気がした。
「ああ、まあそうだろうけどよ、こら、待てって。今のおまえに何ができるって言うんだ」
村西がいらだった声で制して、俺は凍りついた。
確かに、視力を失って、こうしてただ座っているだけでもエネルギーを削り取られて動けなくなっていく俺が、どうすれば秋野さんを助けられるというんだろう。自分一人を扱いかねているっていうのに?
「わかった」
村西がやれやれといった様子で息を吐いた。
「こうなったら仕方ねえ、付いていってやるから待ってろ。目が見えねえことがわかったら、ここから出してもらえねえから、おとなしくしてろよ。おまえを連れ出していいか、聞いてきてやるから」
「村西?」
「何だ?」
がさがさと辺りを片付けにかかっている相手に尋ねる。
「今、何時だ?」
「今? えーと、一時すぎだ。いいか」
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「待ってろよ、動くなよ」
「遅い」
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