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97.『黄金を望むなかれ』(2)
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カザルは遠く輝く青い水滴を眺める。
そこにオウライカはまだ居るはずだった。
還りたいよ、オウライカさん。
死んじゃって、魂だけになってるはずなのに、どうして俺はここから離れられないのかな。
それとも、誰か呼んでくれないと、あそこにはもう戻れないのかな。
ふい、と自分の死体を見に行こう、とカザルは思いついた。
立ち上がる。
地上から吹き飛ばされて、こちらの地表に叩き付けられ埋め込まれ首がもがれたはずだった。随分酷い状態だろうけど、自分の姿を自覚しておいた方がいいと考えた。
施設に向かって歩き出す。地表に影は落ちなくて、それが無性に切なかったが、幻のオウライカに話し続けるよりは意味があるような気がして、施設の側までやってきて、きょろきょろと周囲を見回した。
人の死体はどこにもない。
走り出す。
かなりの衝撃だったから、きっと深く穴を穿ったはず、そう思って探し回るが、穴らしいものはどこにもない。周囲に緩やかに競り上がった崖を見上げ、ひょっとしてその上に転がっているのかと思う。
崖は簡単に登れた。空気よりも薄く軽くなっている体なのだろう、ぽんぽんと跳ね飛んで駆け上がり、現れた光景に瞬きした。
これ、何。
なお巨大な山脈と見えたのは一瞬だった。ごろりと転がった一塊の岩は間近で見るとただの山だったが、遠景から近寄ったカザルにはその造形がわかった。
竜の頭。
はっとして周囲に目を走らせて気づく、山脈はそのまま竜が背中から叩き付けられ埋め込まれた姿をしている。巨大な石の竜がどこからからこの地表に叩きつけられ、首が弾け転がって、跳ね飛んだ岩が凹みに造られた施設を叩き潰したのだ。
俺じゃない?
首に触れた。
俺じゃなくて、あれは俺が呑み込まれた竜の末路の感覚。
けれど、けれど。
混乱して両手足を広げて見つめる。
この薄くて儚い体は何だろう。
たましい。
「あ、あっ」
声が鳴り響いた。
二体の竜。
地上と天空に引き裂かれて、舞い上がったのがたましいならば、カザルの本体はひょっとして。
がたがた震えながら座り込んだ。青い水滴を見る。
「オウライカさん…っ」
叫ぶ。
「俺、そっちに居る…?」
囁きかける。
「トラスフィ…っ」
呼んで。
俺を呼んで。
「戻ってこいって、呼んでよ、オウライカさん…っっ!」
閃光のように理解が広がった。
竜を制御できた一族はきっと精神を、たましいを、人の内なる存在を竜に喰わせ、竜となったのだ。人の本体を残しながら、竜に同化し、そのエネルギーを支配したのだ。
今のカザルはちょうど中身を竜に喰われ、けれど本体との繋がりを失ってしまった状態。本来ならば繋がっているはずの何かを、カザルは繋いでおくことができず、内側を虚空に弾き飛ばしてしまったのだろう。
ならば本体に繋がる術を見つければ、竜を制御したまま、カザルとして生き返れるはずだ。
夢喰い。
「ひょっとして、あいつらのやってることって」
本体を残したまま中身を侵蝕していくあのやり方は竜の制御に酷似している。
オウライカがカザルを助けたやり方が、もし同じものだとしたら、オウライカは事実上、カザルを喰らったこの竜に、自分の一部を繋いだことにはならないのか。
体を震わせながら振り返る。
石像どころか、自然物と化している竜の片端に近寄る。
「俺がこの中にもう一回繋がれば、オウライカさんに繋がれるかも」
それにはまず……まず。
「……『紋章』…?」
心の奥底に入り込み、そこにある道を探せれば。
「俺の『紋章』って何…だったっけ…」
竜の体に額を当て、内側の姿に意識を集める。
青みがかった緑の巨大な瞳。
これがここに倒れている竜の目。
もう片方の瞳を知りたい。
「…んっ」
腰が疼いた。オウライカのなかに滾っていた真紅のうねり。猛々しく黄金を煌めかせて立ちのぼる。
黒い蝶が、ふいに視界全部を覆った。
カザル。
「オウライカさん…?」
甘い痺れに目を閉じる。
そこにオウライカはまだ居るはずだった。
還りたいよ、オウライカさん。
死んじゃって、魂だけになってるはずなのに、どうして俺はここから離れられないのかな。
それとも、誰か呼んでくれないと、あそこにはもう戻れないのかな。
ふい、と自分の死体を見に行こう、とカザルは思いついた。
立ち上がる。
地上から吹き飛ばされて、こちらの地表に叩き付けられ埋め込まれ首がもがれたはずだった。随分酷い状態だろうけど、自分の姿を自覚しておいた方がいいと考えた。
施設に向かって歩き出す。地表に影は落ちなくて、それが無性に切なかったが、幻のオウライカに話し続けるよりは意味があるような気がして、施設の側までやってきて、きょろきょろと周囲を見回した。
人の死体はどこにもない。
走り出す。
かなりの衝撃だったから、きっと深く穴を穿ったはず、そう思って探し回るが、穴らしいものはどこにもない。周囲に緩やかに競り上がった崖を見上げ、ひょっとしてその上に転がっているのかと思う。
崖は簡単に登れた。空気よりも薄く軽くなっている体なのだろう、ぽんぽんと跳ね飛んで駆け上がり、現れた光景に瞬きした。
これ、何。
なお巨大な山脈と見えたのは一瞬だった。ごろりと転がった一塊の岩は間近で見るとただの山だったが、遠景から近寄ったカザルにはその造形がわかった。
竜の頭。
はっとして周囲に目を走らせて気づく、山脈はそのまま竜が背中から叩き付けられ埋め込まれた姿をしている。巨大な石の竜がどこからからこの地表に叩きつけられ、首が弾け転がって、跳ね飛んだ岩が凹みに造られた施設を叩き潰したのだ。
俺じゃない?
首に触れた。
俺じゃなくて、あれは俺が呑み込まれた竜の末路の感覚。
けれど、けれど。
混乱して両手足を広げて見つめる。
この薄くて儚い体は何だろう。
たましい。
「あ、あっ」
声が鳴り響いた。
二体の竜。
地上と天空に引き裂かれて、舞い上がったのがたましいならば、カザルの本体はひょっとして。
がたがた震えながら座り込んだ。青い水滴を見る。
「オウライカさん…っ」
叫ぶ。
「俺、そっちに居る…?」
囁きかける。
「トラスフィ…っ」
呼んで。
俺を呼んで。
「戻ってこいって、呼んでよ、オウライカさん…っっ!」
閃光のように理解が広がった。
竜を制御できた一族はきっと精神を、たましいを、人の内なる存在を竜に喰わせ、竜となったのだ。人の本体を残しながら、竜に同化し、そのエネルギーを支配したのだ。
今のカザルはちょうど中身を竜に喰われ、けれど本体との繋がりを失ってしまった状態。本来ならば繋がっているはずの何かを、カザルは繋いでおくことができず、内側を虚空に弾き飛ばしてしまったのだろう。
ならば本体に繋がる術を見つければ、竜を制御したまま、カザルとして生き返れるはずだ。
夢喰い。
「ひょっとして、あいつらのやってることって」
本体を残したまま中身を侵蝕していくあのやり方は竜の制御に酷似している。
オウライカがカザルを助けたやり方が、もし同じものだとしたら、オウライカは事実上、カザルを喰らったこの竜に、自分の一部を繋いだことにはならないのか。
体を震わせながら振り返る。
石像どころか、自然物と化している竜の片端に近寄る。
「俺がこの中にもう一回繋がれば、オウライカさんに繋がれるかも」
それにはまず……まず。
「……『紋章』…?」
心の奥底に入り込み、そこにある道を探せれば。
「俺の『紋章』って何…だったっけ…」
竜の体に額を当て、内側の姿に意識を集める。
青みがかった緑の巨大な瞳。
これがここに倒れている竜の目。
もう片方の瞳を知りたい。
「…んっ」
腰が疼いた。オウライカのなかに滾っていた真紅のうねり。猛々しく黄金を煌めかせて立ちのぼる。
黒い蝶が、ふいに視界全部を覆った。
カザル。
「オウライカさん…?」
甘い痺れに目を閉じる。
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